第7話 エピローグ 怨霊

「『桐の花』には、松濤家の過去の犯罪ばかりでなく、宮輝氏の自責の念、刑罰を受ける恐ろしさなどまで予告されていた」と、去水は指で、“哀しくも”から“死ぬばかり”までをくるりと囲った。

「そして、宮輝氏をそこまで追い込んだ怨霊の気配に怯えている様子が“閨をうかがひ”とか“一寸坊”とかいったあたりさ。宮輝氏は完全に憑かれていた。短歌研究の途中でこれらの短歌を発見し、全てがここに書かれていると認めてしまった宮輝氏は、全てを、書かれた通りに、遂行しなければならない、との強迫観念に駆られたのだ」

「そ、それでその怨霊とは何だったのかね?」

 城熊警部がたずねた。去水は黙って、冒頭の歌を指さした。


“南風薔薇ゆすれりあるかなく斑猫飛びて死ぬる夕暮れ”


「斑猫はミチオシエともいわれているのは知っているだろう。そして、実際には斑猫は毒を持たないが、ツチハンミョウ科のミドリゲンセイには、暗殺に使用されるほどの毒があって、漢方薬の「斑猫」の元になっている。死してなお猛毒を持って道を示した父親清輝。宮輝氏の研究によればそれは、万葉から連綿と続く祖霊達の巨大な怨嗟だったのさ」

 書斎に、楢林を吹き抜けるかのような執事のむせび泣きが響き、それはやがて慟哭へと変わっていった。  



(了)


出典

講談社 豪華版日本現代文学全集 14 北原白秋、三木露風、日夏耿之介

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『桐の花』殺人事件 新出既出 @shinnsyutukisyutu

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