Case File No.005-15

 真雪は涙が止まらなかった。


 泣く場面じゃないっていうのはわかっている。


 わかっているけど止まらない。


「作業艇、降下! 本艦を離れます!」


 右舷のウイングから作業を見ていた運用長の河合中尉が報告する。


「負傷した者のほか、帽振れ!」


 真雪は席を立ち、帽子を取って頭の上で回す。


 負傷して立ち上がれない者以外が全員、それに倣った。


「皆さん、どうか御無事で……」


 祈るような気持ちで見送った真雪は、応急隊と呼ばれるダメージコントロールチームの持ってきた担架で運ばれていく咲を見る。


「まだ出ますよ、きっと……」


 艦内放送のマイクを握る野口中尉が言った。


 真雪はその言葉の重みを奥歯で噛み締める。


「伝令、CIC、砲身が焼き付くまで射撃を継続。本艦の全力を以て敵の注意を引きつけよ」


 悲しみを乗り越え、真雪は命令する。


 辻村兵長がその言葉をCICに伝える。


「艦長、CICが〇三まる・さん霊子りょうし反応弾の先制使用を求めています」


 〇三まる・さん霊子りょうし反応弾は時空保安庁が二〇〇三年に制式化した新型砲弾だ。


 神の力を封じた勾玉まがたまを弾頭に用い、その圧倒的な霊力を純粋な物理エネルギーに変換することで、相手を吹き飛ばす強力な砲弾だ。


 凄まじい威力は時に魂魄さえも破壊してしまうことから、使用に際しては魔法効果反転魔法付対魔法徹甲弾MERMS以上の慎重さが求められる。


 通常、艦長に使用の可否を決める権限は与えられていない。


 でも、真雪は特別にその権限の委譲を受け、同時に三発の搭載を認められていた。


弔砲ちょうほう三発、もう出し惜しみは無用です。遠慮無くどうぞと伝えてください」


 真雪にもう迷いはない。


 敵の注意を引きつけるのなら派手にやった方がい。


「今から五〇秒間隔で三度の射撃を実施するそうです! すぐに終わらせるので窓から離れて身を屈ませろって副長が言ってます!」


 辻村兵長の言葉に全員が素早く反応する。


「オートパイロットに切り換え! 舵長だちょうも操縦員も、その場に伏せ!」


 航海指揮官の指示でオートパイロットに切り替えた二人が、操舵盤と操縦盤の影に隠れるようにして身を屈ませる。


 これで艦長席に座る真雪以外は全員が耐衝撃姿勢をとったことになる。


「私は見届けますよ」


 真雪はこの時の為に用意していたゴーグルをズボンのポケットから取り出して素早く装着する。


「第一射、十秒前!」


 辻村兵長が艦橋の床に伏せながら叫ぶ。


「五…四…三…二…一…てぇーーー!!!」


 〇三まる・さん霊子りょうし反応弾の発射音は通常弾と変わらない。


 九六式一二七ミリ単装速射砲の通常弾使用時砲弾初速は毎秒八一二メートルで、その最大有効射程は約十六キロと言われている。


 仮に、最大有効射程まで初速が維持され続けるとすると、到達に要する時間はおよそ十九秒になる。


 だが、実際の島との距離はそれより遙かに短い。


 何処どこを狙っても六秒以内には着弾するはずだ。


「弾着!」


 ふねは島を左に見ながら進んでいるので、左舷正横せいおうの先に強烈な光が走る。


 直後、大きな衝撃と共に爆音が続き、霧が吹き飛んだ。


 一瞬、島の姿が現れる。


 だが、敵の姿は遠すぎて視認できない。


 見えないまま再び霧に覆われていく。


「この威力なら攻撃評価なんて必要なさそうですね」


 涼しい顔で言う真雪だが、爆風と共に飛んできた硝子ガラスで頬を切ってしまった。


 流れる血を指で払って第二射を待つ。


 ぬぐいきれなかった血が頬を伝って口許くちもとに落ちてきた。


 真雪はそれを舌で嘗め取り、はやる気持ちを必死に抑える。


 もう、できることは少ない。


 あとは慎重に一つ一つ実行していくだけだ。


「さあ、我等が女神を殺した罪をしっかり償っていただきますよ」


 ピアノコンクールを遙かに上回る緊張の中、真雪の冷静さは益々磨きがかかっていた。




 パトラッシュの運転技術と伯爵の魔法のお陰で、熊吉達の乗る作業艇はどうにか転覆を免れた。


「あっぶねぇー! 俺等じゃなかったら、今の確実にやばかったっすよ!」


 大谷大尉が作業艇前部の床に転がりながら叫ぶ。


「次、来るぞ! そのまま転がっとけ!」


 熊吉の言葉通り、すぐに次の砲撃が行われる。先程と同じ規模の爆発が起こり、爆風が大きな波を伴って作業艇を襲う。


 着弾時に発生する衝撃波は戦術核兵器並だ。


 〇三まる・さん霊子りょうし反応弾。


 日本の神々が与えた切り札は、駆逐艦クラスの小口径砲で、戦艦クラスが持つ大口径砲の威力を実現する。


「波を正面に受けて飛びますよ!」


 パトラッシュは爆発の起こった方向に艇首を向ける。


 本当は面積の多い真横で受けた方が衝撃は少ないが、それだと転覆の恐れがあるので、真正面から受けてサーフィンよろしくジャンプするしかない。


 ただ、そもそも船はジャンプするようにはできていない。


 着水の衝撃で、船体だけでなく、主軸が曲がることもあるからだ。


 だから、普通はやらない。


 しかし、小さな船の場合、海が荒れているとまれに起こることがある。


 完全にジャンプするわけではないが、プロペラが空転するのを経験する船乗りは少なくない。


「やれやれ、我が輩達のことは完全に失念しておると見える」


 前部にいると波をもろに被る為、後部へとやってきた伯爵は床に爪を立ててペタッと張り付いている。


 ちょっと情けない姿だが、作業艇の底面に衝撃を受け流す魔法を使ってもらっているので笑うわけにもいかない。


「これが〇三まる・さん霊子りょうし反応弾か。確かにすごい威力ではあるが、二十三万の敵が相手では焼け石に水だな」


 床にどっかと胡座あぐらをかいて座る黒島大尉は、持ってきた双眼鏡めがねを正面に向ける。


「でも、千は確実に倒せたんじゃないんですか?」


 同じく床に座る熊吉の言葉に黒島大尉は渋い顔をしてみせる。


「千か…難しいな……」


「あの攻撃で千も削れていないって仰るんですか?」


「狡猾な敵が水際阻止を目的に海岸保に戦力を集中しているとは思えん。戦力を程良く分散した縦深防御がとられていると考えるなら、一点を狙った攻撃はほとんど効果がないとみるべきだろう」


「司令づきは慎重に過ぎると思います」


「慎重に過ぎるか……。確かにその通りだな……。この臆病な性格はいつも情けなくなる……。もっと大胆であれば要らぬ犠牲を生むこともなかったのかもしれない……」


 黒島大尉の顔に強い無念と後悔が表れる。


「昔のことを思い出しているんですか?」


「いや、今し方の後悔だ。私は敵が対魔法徹甲弾を使用することを想定していた。その上で対処法について考えていた。だが、敢えて艦長には伝えなかった。その結果、神が死ぬことになること知りながら敢えて伝えなかったのだ」


 タイミング良く三発目の霊子りょうし反応弾が着弾する。


 作業艇が波間を飛ぶ一瞬で、熊吉は黒島大尉に飛びかかり、馬乗りになっていた。


「どういうことです? 事と次第によっては許しませんよ?」


「参謀の仕事は勝ちいくさを作ることにある。その為には手段を選ばない。私がそういう男だと君も知っているはずだ」


「あんたって人は!」


 熊吉が拳を振り上げるので、艇首側から大谷大尉が飛んできて後ろから羽交い締めにする。


「クマさん、それは不味まずいっすよ! ってか、そんなことしてる場合じゃないですって!」


 大谷大尉が必死に止めてくれるので熊吉は拳を下ろせない。


「やめろ、熊吉君! 確かに咲様は崩御されたが、それは参謀殿の本意ではない! こらえよ! こらえるのだ!」


 伯爵の言葉を聞いた熊吉は、振り上げた拳を静かに下ろした。


「咲を感じたんです……。いるはずのない咲の温もりがあったんです……」


 熊吉は脱力し、天を仰ぐ。


「ねぇ、伯爵、これで二度目ですよ……。俺が気付かないわけないじゃないですか……」


 言った瞬間、熊吉の目から涙が溢れ出した。


「司令づきが悪くないこともわかっています……。悪いのは俺です……。護ってやれなかった俺なんです……」


 魔法効果反転魔法付対魔法徹甲弾MERMSの恐ろしさを知りながら、それを事前に伝えられなかったのは熊吉の落ち度だった。


 思い出したくなかったなんて言い訳にもならない。


「わかっておったのなら、何故なにゆえ、別れを告げなかったのだ?」


 伯爵の問いに答える前に熊吉は涙を拭いた。


 腕でごしごしと拭いてから決然と答えた。


「咲が地獄に行くなら地獄に、天国に行くなら天国に会いに行きます。何年かかろうと絶対に会いに行きます。だから、さよならは言わないんです」


 大谷大尉が羽交い締めをやめる。


「クマさん……。あんたおとこだよ……。おとこの中のおとこだよ……」


 大谷大尉の声は涙声になっていた。


「司令づき、すみません。この作戦が終わったらちゃんと罰を受けます」


 熊吉は黒島大尉の上から降りると、すぐ横で正座し、頭を下げた。


「君の怒りは至極真っ当だ。それに、罰を受けるべきは私の方だ。でも、一番に罰せられるべきが敵であることを忘れてはいけないよ」


 黒島大尉は起き上がって熊吉の肩を叩く。


「司令づき……」


 熊吉が顔を上げると、黒島大尉は力強くうなずいて見せた。


「君の罪は全て私が引き受けよう。だから、敵に容赦はするな。これから起こる全ては村岡式の教えの外にあることと思い給え」


「それでよいのでしょうか?」


「命を取れ、とは言わない。私闘とか復讐とか難しいことも考えなるな。果断に村岡式の教えを叩き込む。いつも君がやってきたことを続けろと言っている」


 敵を殺せとは言わない黒島大尉に、熊吉は師の面影を見る。



 壊せざるを壊し、救われざる救い、以て世を照らす光とならん。


 天地あめつちを照らす日の本の光がごとくに。



 村岡聖慧まさとし機関中佐と共に村岡式の開発に携わった息子の村岡聖龍まさたつ機関大尉は、戦後、この父の言葉に疑問を持ち、村岡式をより実戦的な殺人術へと昇華させるべくたもとを分かった。


 綺麗事だけじゃ人々は救えない。


 武器を壊す前に、それを使う人を壊すべきだと主張し、病床の父を捨てて世界に旅立ったのだそうだ。


 熊吉は地獄を旅立つ時に、師の最後の教えとして、先の言葉と共に、聖龍まさたつのようにはなるなと言われた。


 救うべき者を見誤るな。


 村岡式の可能性を閉ざすな。


 目指すは闇ではなく光。


 全てを許し、包み込む慈悲の輝きであることを忘れるな。


「熊吉君はそれでよい。それでよいのだ」


 伯爵はそういいながら島のある方を睨む。


「だが、咲様をしいし、我が朋友に涙させたこと……断じて許さぬ!」


 伯爵の小さな体が怒りに震え、全身の毛が逆立ち始める。


弔砲ちょうほうが三発だけというのは寂しかろう。どれ、この我が輩も、一つとむらいの鐘を響かせるとするか……」


 伯爵は虚空からステッキを取り出すと、バトンのようにくるりと回して床にトンと立てる。


彼方かなたよりきたる者、星の海を渡りし者、原初の支配者にして命の導き手たる古き者共よ」


 伯爵がいつもの猫語ではなく人の言葉で呪文を唱える。


「我、契約によりその叡智の一部をここにあらわさん。言葉を持たぬ愚者共に、情理を知らぬけもの共に、滅びの教えを授けんことを」


 人の言語を使うのは構造がより複雑だからだ。


 伯爵は前に教えてくれた。


 魔法は一種の言語であり、どんな言葉でも唱えることはできる。


 だが、その構造が複雑であればあるほど多くの情報を載せることができる。


 情報は魔法にとっての蛇口となる。


 その量が多ければ多いほど一度に引き出せる魔力は大きくなる。


 小さな奇跡を起こすのなら大量の魔力は必要ない。


 だから、必然的に使われる蛇口も小さくなる。


 その方が効率的なので、伯爵は猫語を使って詠唱する。


 それを敢えて人の言葉に切り替えた理由は一つしかない。


「闇に飲まれ、無に帰すがよい! 暗黒破壊衝動ダーク・デストルドー!!!」


 呪文を唱え終わった瞬間、伯爵は膝をつく。


「失敗ですか……?」


 何も起こらないことに不安を覚えた熊吉が訊く。


「案ずるな……。成功だ……」


 作業艇の周囲の霧が晴れ、海面にいくつもの魔法陣が浮かぶ。


 薄気味悪い文字の中から、汚泥の塊のような黒い物体が姿を現す。


 真っ黒なそれには目も口もない。


 ただ無数の触手が一塊ひとかたまりとなったような姿だ。


 それが魔法陣から這い出て空に浮かび上がる。


「これは……?」


暗黒破壊衝動ダーク・デストルドー……。黒の哲学大全たいぜんに収められた破壊に関する記述を集め、具現化したものだ……。貪欲なる破壊の使者……。君達が悪魔と呼ぶ存在ものの原型がこれだ……」


 伯爵が辛そうな顔で説明してくれる。


 その間も海上から浮かび上がった暗黒破壊衝動ダーク・デストルドーは全部で十二個。


 その大きさは作業艇の倍以上もある。


 それらはしばらく作業艇の周りの空に浮かんでいたが、伯爵が杖で床を叩くと、海面すれすれに移動し、周囲の霧を消しながら島の方へと飛び去っていった。


「あれは行く手にあるものを全て破壊し尽くす……。上手うまく行けば万の敵も削れるだろう……」


 伯爵がついに倒れる。


「伯爵!」


 熊吉がその体を抱え起こすと、伯爵は今にも消え入りそうな声で言った。


「次は…君の番だ……」


 伯爵がついに気を失う。


「託されたな」


 黒島大尉の言葉に、熊吉はうなずく。


「はい、色々と託されてしまいました」


 でも、やることは何も変わらない。


 変えちゃいけない。


 それでいんだよね?


 熊吉は咲に心の中で静かに語りかけていた。

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