Case File No.005-12

 CICで戦闘指揮を行えるのは、艦長、副長、先任士官たる船務長及び砲雷長の四人である。


 この四人の中の誰かが戦闘指揮官となって指揮を執る必要がある。


 地上の海上自衛隊では艦長が直接指揮を執ることも多いが、時空保安庁では戦闘時でも艦長が指揮を執ることは滅多にない。


 艦長は常に艦橋にあって、総合的に必要な判断を下すことが優先されるからである。


 と言うより、CICにいても、うん、はい、了解、行え、くらいしか言わないのでいる意味がないというのが本音だ。


 それだったら判断を任せっきりにしてしまった方が指揮系統はすっきりする。


 不要な承認は求めず、出来る限り現場の判断を優先させるという時空保安庁の考え方は、時に秒単位の対応が求められる戦闘では有利に働くことが多い。


「一番砲、二番砲及び誘導弾発射機、射撃準備良しレディー・トゥー・ファイヤー! 各部、攻撃準備良し!」


 攻撃指揮官たる砲雷長の緒方大尉が声高に叫ぶ。


「第一回射撃を行う。攻撃目標は大鉢山おおばちやま要塞、南脱出口付近の敵」


 副長の竹林大尉が落ち着いた様子で指示を出す。


「第一回、攻撃目標、了解。以後、この目標をフォックストロットワンと呼称する。使用武器はロケット弾。弾数は二つ」


「目標、フォックストロットワン。使用武器、ロケット弾。弾数、二つ」


 ミサイル士の北風少尉が緒方大尉の命令を復唱し、その横にいる射撃管制員の古武ふるたけ将範まさのり二等兵曹が慌ただしく動き始める。


「攻撃始め!」


 緒方大尉の号令で、古武ふるたけ二曹が射撃に入る。


「発射用意……てー!」


 古武ふるたけ二曹が発射ボタンを押す。


 八四式九連装誘導弾発射機ミサイル・ランチャーの近くにあるカメラ映像で、正常に発射されたことを確認する。


「発射確認」


 飛翔するロケット弾が霧の中へと消えるのを見届けて竹林大尉はさらに指示を出す。


「第一回射撃の攻撃評価は行わない。続いて、第二回射撃を行う。攻撃目標は大鉢山おおばちやま要塞、北脱出口付近の敵」


 霧があるので攻撃評価はできない。


 当たっているかどうかの確認はせず、次の目標が指示される。


 なお、どちらの脱出口が用いられるかは不明なので、それぞれに一回ずつ攻撃することとなった。


「第二回、攻撃目標、了解。以後、この目標をフォックストロットツーと呼称する。使用武器、弾数は先程と同じ」


 敵の攻撃は止む気配が無く、ロケット弾が無事着弾するかどうかは不明だ。


 途中で撃ち落とされる可能性の方が高いかもしれない。


 それでも信じて撃つしかない。


 敵は二十三万もいるのだ。


 無事着弾すればきっと被害を与えてくれる。


「目標、フォックストロットツー。使用武器、弾数、同じ」


 今は粛々と攻撃するしかない。


 CICにいる誰もがそう思っていた。


 しかし、それは少し甘かったようだ。


 雷撃時とは比べ物にならない衝撃と爆発音が艦全体を駆け抜け、前後左右に大きく揺すぶられる。


 艦外を映すカメラの映像は全て一瞬で砂嵐に変わった。


 機器の異常を示す警報が鳴り始める。


 辛うじて電源喪失は免れたが、電圧低下により再起動してしまった機器もあたようだ。


 大型ディスプレイも再起動中の文字が躍っている。


「被害報告! みんな無事か?」


 CICはそのほとんどが座って仕事をしている。


 立っていられないほどの衝撃でも転倒する者はいない。


 でも、頭を機器にぶつけることはあるので、一応、確認する。


「全員無事ですが機器の一部が再起動中の為、攻撃の続行は困難です」


 緒方大尉が報告をまとめて竹林大尉に報告する。


 と、その直後、また大きな爆発音が響き、艦が揺れた。


「誘爆している……? 誘導弾発射機のロケット弾か……?」


 二回、三回と続く爆発は甲板上で起きているように感じられた。


“医務長、看護長、艦橋急げ!”


 ノイズ混じりに艦内放送が流れる。


 竹林大尉はすぐに伝令を通して艦橋に問い合わせを行った。


「艦橋、傷者多数! 神は昏倒! 艦長も負傷の模様!」


 CIC伝令である松本上等の言葉が衝撃となって駆け抜ける。


「神の防御が抜かれた……?」


 想定外のことにさすがの竹林大尉も驚きを隠せない。


「副長、これは一体……?」


 緒方大尉の質問に一瞬答えを失う。


 でも、すぐに何が起きたのか、理解した。


魔法効果反転魔法付対魔法徹甲弾MERMSか!」


 MERMSマームスことMagic Effect Reversal Magic Shellは、対魔法徹甲弾の一種である。


 英国沿界警備隊が開発したこの砲弾は、魔法の持つ構造的特性を利用し、魔法的防御を貫徹する。


 それが魔法逆転効果(AMEエイム:Adverse Magic Effect)または魔法効果反転魔法(MERMマーム:Magic Effect Reversal Magic)と呼ばれるものである。


 魔法は一種の言語である。


 どの世界においても共通の構造を持っている。


 その構造的特性もまた共通である。


 故に、ごく僅かな書き換えで、その効果を反転させることができる。


 防御時に発生させる力のベクトルを内向きに変更させることも不可能ではない。


 言語的浸徹しんてつによってこれを実施するのが、魔法逆転効果AMEまたは魔法効果反転魔法MERMと呼ばれるものなのである。


 言語的浸徹しんてつはともかく魔法逆転効果AMEまたは魔法効果反転魔法MERM自体は魔法の持つ構造的問題を利用しているに過ぎない。


 命令の上書きという単純さ故に、更なる魔法で打ち消すことができないのがその最大の特徴となっている。


 開発から既に十年以上が経過したが、現在でも有効な対策法は存在しない。


 命中したら最後、自分の魔法で押し潰されることになる。


 その効果がもたらす結果があまりにも悲惨な為、時空保安庁を始めとする各国の沿界警備隊ではその使用を厳しく制限している。


魔法効果反転魔法付対魔法徹甲弾MERMSってチート小僧を一瞬でミンチにするあれですね?」


 緒方大尉の言葉に竹林大尉はうなずく。


「魔法室も大変なことになってるだろうが……」


 艦橋にいる咲が一番の被害を受けたことは想像に難くない。


 あの美人の咲がぐしゃりと潰れるのを想像したのだろう。


 緒方大尉の顔から血の気が失せていく。


「すまん、緒方。ここは任していいか?」


 竹林大尉は戦闘指揮官席から立ち上がる。


「艦橋に上がるのなら垂直梯子はしごとハッチを使ってください」


 緒方大尉が部屋の隅を指さす。そこには非常脱出口としても用いられる垂直梯子はしごと丸形ハッチがある。


 滅多に使われないが、それを使えば部屋の外にある階段ラッタルで行くより早く移動することができる。


 因みにCICは第二甲板で、艦橋は〇三ゼロサン甲板にある。


 船体の最上層に当たる上甲板を一階とするなら、CICは地下一階で、艦橋は四階ということになる。


 そのまま上に一つの垂直梯子はしごを作ると長くなるので一階分ずつに区切られ、各階に繋がる扉が設けられている。


 この為、万が一、落下しても、四階分の高さを落ちるということはない。


「機器の復旧後、可能であれば主砲でフォックストロットツーにも火力投射しろ。あとは予定通りだ。海岸線に沿って火力投射を続けながら右回りに島を一周する」


 竹林大尉は戦闘指揮官がつける腕章をとって緒方大尉に放り投げる。


「了解です。艦長達のこと、頼みます」


 緒方大尉が受け取った腕章をつけるのを見届け、竹林大尉は部屋の隅へと移動した。


 垂直梯子はしごに手をかけ、タン、タン、タンと小気味よいリズムを刻みながら昇っていく。


 気がいてしまうが、梯子はしごを掴み損ねたり、踏み損ねたりすれば転落しかねない。


 慌てず確実に急ぎながら昇っていく。


 緊急脱出口なので、ハッチは開くと跳ね上がり、自動的にバネでピンが刺さり固定される。


 第一甲板と〇三ゼロサン甲板の二つにハッチがある。


 丸い形をしていて、真ん中のハンドルを回すとバネで跳ね上がる。


 よく整備されていれば片手で回り、開けるのは一瞬だ。


 二つあったとしても艦橋まで上がるのに一分とかからない。


「真雪いぃっっ!!!」


 最後のハッチを開けて艦橋に飛び出した瞬間、竹林大尉は思わず名前を叫んでしまった。


 艦長と認めたのにまたこのざまだ。


 自分自身の弱さに腹立たしさを覚えながら竹林大尉は周囲を確認する。


 艦橋にある窓という窓が割れ、硝子がらすがそこら中に散乱している。


 艦橋の見張り員はそれをまともに浴びてしまったのだろう。


 皆、目を押さえながらその場にうずくまっている。


 その中には瞼を切った者もいるようだ。


 押さえる手の隙間から血を流している者も多い。


 下手をしたら眼球が傷ついているかもしれない。


 でも、すぐに死ぬという怪我ではなさそうだ。


「お願いっ! 動いてっ!」


 真雪の声がしたので視線を向けると、司令席の近くの床に咲が寝ていた。


 既に心肺停止状態なのだろう。


 真雪が小さい体で一生懸命、心臓マッサージを行っていた。


 大きく開かれた目は充血し、涙のように血が流れている。


 鼻も耳も、そして、口からも血が流れている。


 とても生きているように見えない。


 しかし、真雪は諦めることなく、心臓マッサージを続ける。


「艦長、AEDを使います!」


 野口中尉が艦橋の自動体外式除細動器AEDを持ってくる。


 真雪はマニュアル通り心臓マッサージを継続し、野口中尉が寝ている咲の服をはだけさせ、肌を露出させる。


 女性の場合、ブラジャーの金具を気にする人もいるが、電極パッドがブラジャーに触れていなければ問題はない。


 スイッチを押し、音声ガイドの手順に従って、粛々と装着する。


 なお、電極パッドの装着部位が血などで濡れいている場合は乾いた布やタオルでよく拭く必要がある。


 衛生科の士官である補給長の野口中尉も当然、そのことを知っている。


 一緒に持ってきたタオルで体の血を拭き取っていた。


「艦長、離れてください!」


 野口中尉の合図で真雪が心臓マッサージを中断し、咲から離れる。


 自動的に心電図の解析が開始される。


 訓練などではこの後に定番のメッセージが流れ、電気ショックが開始されるのだが……。


「ショックは必要ありません」


 無慈悲なガイドメッセージが流れ、心肺蘇生を行っていた二人が呆然となる。


心静止アシストリーだ……。心臓が完全に止まっちまってる……。だが、心臓マッサージは有効だ。俺が替わろう」


 竹林大尉は動けなくなった二人と交代して心臓マッサージを行う。


 でも、蘇生の可能性は極めて低い。


 心静止アシストリーは、心停止の中でも一番最悪の状態だ。


 心電図で見ると、横一本のフラットラインになっている状態だ。


 普通は不可逆的な状態で、蘇生の可能性は低い。


 でも、全くないわけではないので、医務長の手塚大尉が到着するまで続ける必要がある。


要救助者ヴィクティム何処どこだ!」


 時間にして三分くらいで手塚大尉が到着した。


「はい! こちらです!」


 野口中尉が手を上げると、メディカルバッグを持った手塚大尉が看護長の植本うえもと郁実いくみ二等兵曹と共に走ってくる。


「看護長、副長と心肺蘇生CPRを交替してくれ」


 手塚大尉の指示で植本うえもと二曹が竹林大尉の前に座り、マッサージの姿勢をとる。


「替わります!」


 植本うえもと二曹はマッサージを途切れさせることなく一瞬で交替する。


 交替した竹林大尉は手塚大尉と入れ替わるようにして後ろに下がる。


要救助者ヴィクティムに対し、エピネフリンを投与する」


 手塚大尉は持ってきたメディカルバッグから注射器を取り出し、咲の静脈にエピネフリンを1㎎を投与する。


「あとは我々にお任せ下さい」


 と、手塚大尉に言われた竹林大尉は、泣きそうになっている真雪の肩に手を置いた。


「後は医務長の仕事だ。俺達は俺達の仕事をするぞ」


 真雪が噛み切ってしまいそうなほど強く唇を噛み締める。


「真雪いいっっっ!!!!」


 竹林大尉が叫ぶと、真雪はようやく唇を噛むのを止めた。


 目に浮かんだ涙を指で払い、真っ直ぐに竹林大尉を見つめる。


「頬を叩いてもらえますか?」


何故なぜだ?」


「気合いを入れる為です」


「手加減はしないぞ。いいか?」


「はい、大丈夫です」


 真雪が歯を食いしばったのを見て竹林大尉はその頬を平手打ちした。


 バチーンという音共に真雪の小さな体が蹌踉よろめく。


「警告無しに非人道的兵器を使用した敵を私は絶対に許しません!」


 闘志を燃やす真雪に竹林大尉も同意する。


「その意気です、艦長」


 竹林は気丈に振る舞う真雪に救われる思いがした。

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