Case File No.005-10

 陸戦準備の号令で、陸戦隊となる精鋭が右舷の第一揚艇機前に集まる。


 集まった精鋭は、熊吉、伯爵、パトラッシュ、大谷大尉の四人だけだ。


「陸戦隊というものが少数であることは知っていましたが、これちょっと数が少ないような気が……」


 パトラッシュが至極まともなことを言う。


 正直、この人数では作業艇を降ろすだけで精一杯だ。


 それは熊吉もわかっている。


 だから、もっと乗組員を借りられないかと、竹林大尉に交渉してみたのだが、部下を無駄死にさせたくない、と言われ、断られてしまった。


「おう、集まっとるな」


 老骨にむち打って揚艇機ダビットの垂直梯子はしごを昇ってきた黒島大尉は、何故か士官用の戦闘服に着替えていて、さも当然のようにまだ降ろしていない作業艇に乗り込んできた。


「司令づきもいらっしゃるおつもりですか?」


「邪魔じゃなければ見学させてもらうよ。本当は対地戦闘も見学したかったが、長官より君のことを頼まれているからな」


「よろしいのですか? これから行くのは恐らく地獄ですよ?」


「もちろん、知っておるとも。私も地獄から戻った身だ。何が起ころうと覚悟はできている」


「忠告はしましたからね」


「君もくどい男だな。ほら、ここでじっとしているから、さっさと降ろし方の用意を進めたまえ」


 どうやら黒島大尉は本気のようだ。


 相変わらず、何を考えているのか、よく分からない。


 でも、悪い人ではない、とも思う。


 昔はともかく今の黒島大尉は、ちゃんと人話に耳を傾けているような気がする。


「あの爺さん、連れてって大丈夫なんすか?」


 大谷大尉が近づいてきて小声で訊いてくる。


「ああ、見えて地獄帰りだからな。ってか、俺はおまえの方が心配なんだが……」


立検たちけん相棒バディに対して冗談きついっすよ」


 大谷大尉の言う立検たちけんとは立入検査のことである。


 ふねによっては複数人が乗艦する場合もある警務官だが、少なくとも『いかづち』に乗るのは熊吉だけだ。


 しかし、立入検査は非常に危険な任務である為、二人以上で行動することが義務づけられている。


 そこで、乗組員に手伝ってもらって、二人一組ツー・マン・セルで検査を行っている。


 その相棒バディによく選ばれるのが、戦闘時以外は何も船務長、と言われる大谷大尉である。


 副長である竹林大尉の差し金なのだが、ぶっちゃけていい厄介払いと熊吉は思っている。


「大谷、艇長はパトラッシュにやってもらうから、おまえが艇首見張り員バウメンをやれよ。俺は機関長やるからさ」


「あれ? あの人って小型船舶持ってるんすか?」


「安心しろ。おまえより腕はいはずだ。それより、降ろし方の手順を忘れてないだろうな?」


「俺は元一分隊ですよ。艇首見張り員バウメンなら散々やらされたんで任してくださいよ」


「おまえが任せろっていう時ほど不安なんだよな……」


 作業艇降下はさほど難しい作業ではないが、危険な作業であることに違いはない。


 手順を間違えなくても負傷することだってある。


 揺れる海の上では、搭載するボートを降ろすのだって簡単ではない。


「警務官!」


 呼ばれた熊吉が真下を見ると、運用員の因幡いなばいたる三曹が台車に乗せた武器、弾薬と共に待機していた。


「時間ないんで先に積んどいてもらえますかー」


 因幡いなば三曹が台車を指さす。


「下から策を投げるんでー、受け取ってくださーい」


 直後、因幡いなば三曹が弾薬箱に括り付けられたロープを上に向かって投げた。


 上手く投げるコツは長めのロープわがねていくつかの輪っかを造り、それをまとめて放り投げること。


 こうすると、絡まることなく長い距離を飛ばすことができる。


「はい、受け取ったー」


 先端が艇内に届いたので、重みで落ちる前に捕まえる。


 あとはただひたすら引き上げるだけだ。


 こんな風に人力に頼る場面は少なくない。


 食糧を積むのだって、冷蔵庫前まで人が並んでの流れ作業だ。


 だが、事情を良く知らない人は省力化できたのだから、人数を減らすべきだという。


 全ての作業が機械化されたわけでもないのに人数を減らせば、省力化できていない部分の作業負担は増大する。


 なので、時空保安庁では、定員を定める際、その八割をもって全ての作業がとどこおりなく終わらせられる人員が確保されている。


 戦後も引き続き戦い続けてきた時空保安庁は、地上の自衛隊のように机上論だけで人員削減することは決してない。


「おーい、武器と弾薬を積むんで手伝ってくれー」


 熊吉はパトラッシュと大谷大尉に向かって言ったつもりだったが、黒島大尉も手伝ってくれたので作業は呆気なく終わってしまった。


 作業艇の後部には小銃や機関銃とその弾薬が積み込まれるが、元々、ふねに積んでいる量が少ないので足の踏み場に困るということはない。


「八九式重擲弾筒てきだんとうみたいなものはないのだね」


「グレネードランチャーですか? そんなものは積んでませんよ」


「人員不足な上に火力不足だな」


「敵の数が見積もれない以上、まず行うべきはその把握です。戦闘は二の次と考え、情報の収集に尽力するべきです」


「いや、それはもっともなのだが、内火艇うちびていと小銃、機関銃だけでそれができるのかということだよ」


「それはやるしかありませんよ」


「最初に行っておくが、無謀と判断される行為を行った場合には、直ちに行動中止とする権限を艦長から頂いている」


「つまり、司令づきは私のお目付役ということですか」


「まあ、有りていに言えばそういうことになるな」


 真雪ちゃんは真雪ちゃんなりに気を遣っているのだろう。


 咲のこともあるだろうが、優しいなので単純に無茶をして欲しくないだけなのかもしれない。


 何れにしてもそれは理解できる。


 理解できないのはその命令に従おうとする黒島大尉だ。


 昔の黒島大尉なら、そんな命令や指示には従わなかったはずだ。


「真雪ちゃんはともかく貴方あなたがそれを引き受けるとは思いませんでしたよ」


 少し嫌味っぽく言ってしまったことに気付いた瞬間、足下にいた伯爵にそでを引っ張られた。


「今の態度はよくないぞ。黒島大尉に謝れ」


 可愛い姿をしているが、怒った時の伯爵は妙な凄みがある。


 数多あまたの英雄と行動を共にし、数えきれぬ人々を救ったその武勇伝を伯爵は決して自慢したりしない。


 死の番人、常世とこよからの使者、闇をべる者……。


 伯爵の英雄譚を語る人々は、常に異なる称号を伯爵に送り続ける。


 伯爵はこう見えて歴戦の勇士なのだ。


 その視線に凄みがあるのは当然のことだと言える。


「すみません」


「熊吉君、謝る相手が違うぞ」


 伯爵に言われた熊吉は、黒島大尉に頭を下げる。


「申し訳ありません……」


「いや、別に構わんよ。それより、降ろし方の手順は昔と変わっていないのだろう? 機関の試運転をしておかなくてもいいのかね?」


 と、黒島大尉は作業艇の真ん中に積んであるディーゼルエンジンを指さした。


 このエンジンは地上ではいすゞ・やまとエンジンとして知られるやまとエンジンが作った6B型と呼ばれるもので、過給器ターボのみの6BG1Tと給気冷却器エア・クーラー付の6BG1TCの二種類がある。


 『いかづち』搭載の作業艇、正式名称『十一メートル搭載艇』に使用されているのは6BG1Tの方だ。


 同じ十一メートル搭載艇であっても、6BG1TCを採用しているものもあるが数は少ない。


 両者は出力性能に違いはあるものの、ぶっちゃけ微々たるものである。


 速力性能に影響することも殆どないのだが、6BG1TC搭載した警備艦の機関科員は何故かそのことを自慢したがる。


「では、早速、やってしまいましょうか」


 熊吉は気を取り直してエンジンの点検を始めた。




 熊吉達が作業艇で準備をしていた頃、艦橋では通信士こと妖精ちゃんが魔法での通信を試みていた。


「フォートカイザー(覇王島要塞)、フォートカイザー(覇王島要塞)。ディス・イズ・ライトニング(こちら警備艦『いかづち』)。ディス・イズ・ライトニング(こちら警備艦『いかづち』)。レイディオ・チェック・オーバー(感度どうか?)。レイディオ・チェック・オーバー(感度どうか?)。アクナリッジ(感度あれば応答せよ)。アクナリッジ(感度あれば応答せよ)」

 最初に英語で呼びかけを行う。


 英語を積極的に使用するのは、国際感覚を失わず、各国沿界警備隊との連携を円滑にする為だ。


 霊波通信機で二回呼びかけるが応答はなかった。


応答無しノー・コンタクト。引き続き、日本語で呼びかけます」


 ヘッドセットをつけた妖精ちゃんが真雪に確認する。


「はい。行って下さい」


 真雪の言葉で妖精ちゃんが再び呼びかける。


「覇王島要塞、覇王島要塞。こちら警備艦『いかづち』。こちら警備艦『いかづち』。感度を確認する。感度はどうか? 感度を確認する。感度はどうか? 感度あれば応答せよ。感度あれば応答せよ」


 日本語でもこの内容を二回繰り返した。


 だが、相変わらず応答がない。司令席に座る咲が不安げに妖精ちゃんを見つめる。


 ひょっとしたらという思いが真雪の脳裏に浮かび始めた時だった。


“……ニング。……トニング。ディ……イズ…フォー………ザー……”


 酷いノイズ混じりの声が途切れ途切れに聞こえ始めた。


「フォートカイザー(覇王島要塞)、ディス・イズ・ライトニング(こちら警備艦『いかづち』)。レイディオ・チェック・オーバー(感度どうか?)」


“ユア・ボイス・ベリー・ウィーク・アンド・ベリー・ノイズィー(感度低い)”


 聞き取れるレベルにはなったが雑音がひどく、声が小さい。


「ライトニング、ラジャー(警備艦『いかづち』、了解)。ERSAMエルサム、キャスト・オン(霊波信号増幅魔法を実施する)。チューニング、スタート(調定開始)。レイディオ・チェック・オーバー(感度どうか?)」


 妖精ちゃんは通信強化系の魔法を使って再度の感度チェックを行う。


“感度良好! すげぇな! ばっちりだぜ! ちゃんと聞こえるからもう普通に日本語でいいぞ!”


 若い男の声で砕けた返事が返ってくる。


「私は警備艦『いかづち』通信士、ティル・ウェルム少尉です。貴官の官職及び姓名をお答え下さい」


“俺は第一三五警備連隊第一大隊長の大花梅雄うめお少佐だ。せっかく来てもらったところ申し訳ないが状況は最悪だ。この島に上陸した敵戦力は推定二十三万人と見積もられている。俺達はその一部に包囲され、完全に身動きがとれない状態だ。迎えを寄越よこしてもらっても無駄になるだけだろう。気持ちはありがたく受け取ったので、直ちに帰投することをオススメする”


 懐かしい兄の声を聞いた咲は司令席の上で涙を流していた。


 唇を噛み締め、声は出さないようにしているが、ぼろぼろと流れる大粒の涙はとまらない。


「通信士、替わってもらえますか?」


 真雪の言葉を聞いた妖精ちゃんは小さく頷いてヘッドセットを渡してくれた。


「私は警備艦『いかづち』艦長、工藤真雪少佐です。警備艦隊司令部発行動命令乙種第一九〇三〇三三号に基づき、これより本艦搭載艇が貴隊の回収に向かいます。こちらが得た情報が正しければ主要通路の充填封鎖後も二本の脱出路が確保されているはずです。どちらか、一方の脱出口に対し、全力火力投射を行い脅威を排除します。火力投射後、貴隊は速やかに要塞内部を脱し、自力で指定された回収地点に向かって下さい。なお、脱出後、本艦は敵の注意を引きつけるべく海岸保の敵に対し、火力投射を継続します。以上が本作戦の内容です。臆病風に吹かれ、要塞に引き籠もるだけの警備大隊長には困難なミッションではありますが、全力で支援致しますのでどうかご決断のほどお願い致します」


 二十三万の敵と聞いて、真雪は、正直、絶望的だと思った。


 これは無理だとはっきり感じた。


 その動揺は艦橋全体に広がっていた。


 あまりの状況の悪さに、誰もが皆、慄然りつぜんとしていた。


 でも、それと同じくらい奮い立たされるものがあったのだろう。


 少なくとも艦長である真雪がここで諦めるわけにはいかない。


 精一杯強がって挑発してみたが声は驚くほど震えきっていた。


“いい女だな、あんた。よし、一つその挑発に乗っかってやろうじゃないか。その代わり見事撤退したら必ず抱かせろよ。それくらいの餌は用意してくれてもいいんじゃねぇか?”


「彼氏いない歴=年齢の私でよければお相手します」


“ってことはまだ処女ってわけか。いいねぇ。処女を食うのは久しぶりだ。俄然、やる気が出てきたぜ。ちゃんと生き残ってやっから、しっかり体を磨いて待っとけよ。で、早速で悪いんだが俺達は………の……路を……”


 と、急に感動を失い肝心の所で通信が途切れてしまう。


通信途絶ディスコネクションです。信号が全く受信できなくなったので要塞の通信設備に問題が発生したものと思われます」


 妖精ちゃんが艦橋の霊波通信機を操作しながら説明する。


「兄さんがつまんないことを言うから……。恥ずかしい……」


 咲が手で顔を覆う。


「どうしましょ、これ?」


 真雪はとりあえず竹林大尉に意見を求める。


「さあ? とりあえず風呂の用意でもさせましょうか?」


 という竹林大尉の声はいつになく不機嫌だった。

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