Case File No.005-07

 武器用高圧気蓄器は通常の気蓄器より高い圧力の圧縮空気を貯める為、安全装置として必ず安全弁が取り付けられている。


 元機関士である熊吉は、戦闘配置の時に操縦室で待機することが多く、安全弁故障の報告を聞いて現場に駆けつけた。


 武器用高圧空気圧縮機と同気蓄器の置かれる第二機械室に入ると、確かに安全弁が吹いてピーという音が鳴っていた。


 エンクロージャー越しに聞こえるガスタービンエンジンの高い音にも負けないくらい高い音を響かせる安全弁の前には既に数名の機械員が集まっていた。


 安全弁というのは、規定圧力以上になると、圧力を逃がす為に開く。


 厄介なことにこの安全弁というものは一度開いてしまうと中のバネが伸びてしまい、圧力を下げても規定圧力でバルブが開いてしまうことがある。


 今回の故障はまさにそのケースで、バイパス弁が漏れていた為に、正規のラインだけでなく、予備のラインの安全弁もやられてしまって、結果、気蓄器に上手く空気を貯めることができなくなってしまったのだ。


 故障を直すには武器用高圧空気圧縮機を停止させ、武器用高圧気蓄器の残圧を抜いて吹いてしまった安全弁を全て交換するしかない。


 それだけなら作業時間は大したことはない。


 だが、熊吉はそれだけで済む問題ではないとすぐに見抜いた。


 第二機械室の機械員をまとめる二機長ふたきちょう長谷川はせがわ國夫くにお一等兵曹も、それに気付き、武器用高圧空気圧縮機の方を点検をした結果、圧力開閉器にも噴気した形跡があったことを認めた。


 こちらは同じ機関科でも電気員の領分となる。


 そこから電気員に頼んで圧力開閉器を点検してもらい、マグネットの溶着があったことを確認した。


 直ちに部品交換となるわけだが、そこに倉庫があるわけではないのでまず倉庫まで走らなければならないし、倉庫の中から部品を見つけなければならない。


 交換後は正しく作動するかを見る為に試運転する必要もある。


 焦ってしくじっても何もいことはないので、熊吉はとにかく皆が慌てないように様子を見続けるしかない。


 しかし、いつまでも時間が許すわけでもない。


 敵の攻撃があるからだ。


 ただ、陸上からの砲撃は直接照準による平射でない限りはそうそう命中しない。


 間接照準による曲射は、味方が伝える敵の位置を頼りに大凡おおよその見当を付けた場所に山形やまなりで砲弾を飛ばす。


 動かない目標でさえその位置が正しいかどうかわからない上に、山形やまなりで砲弾を飛ばすので弾着はほぼ点となる。


 だから、間接照準による曲射には広範囲に広がる榴弾が用いられるのだ。


 ただ、艦艇同士の砲戦は装甲を破る必要があるので徹甲弾が使用される。


 この場合は本当にただの一点をめがけて砲弾が落ちていく。


 当然、数を撃たなければ当たらない。


 だから、電波探信儀レーダーが発達していない頃は、命中率の低さを砲門の数でカバーしようとした。


 昔の軍艦に連装砲が多く採用されていたのにはこういう経緯がある。


 砲戦花の撃ち出す種も、榴弾と徹甲弾の二種類があるに違いない。


 そして、ほぼ確実に徹甲弾を使用してきているはずだ。


 元が駆逐艦であっても榴弾でやられるほど脆くはないし、魔法防御も崩せないだろう。


 敵がある程度こちらの情報を知っていれば、逆に当たらない徹甲弾を選ぶ可能性は高くなる。


 潜水艦を持っていて、雷撃をしてくる敵が、こちらの情報を知らないはずはない。


 だから、陸上からの砲撃は速さでかわせるはずなのだ。


 問題は点ではなく線で攻撃する魚雷の方だ。


 ほぼ垂直に落ちてくる砲弾と違って、こちらは進行方向さえ間違わなければ、その直線上にいる敵に必ず命中する。


 つまり、角度が合うだけで命中してしまうのだ。


 敵の魚雷が無誘導魚雷であっても、角度が合ってしまえば避けることはできなくなる。


 まして、その角度を変更しながら追いかけてくる誘導魚雷は簡単にけることができない。


 方法としては囮魚雷MODを撃つしかないのだが、それがまさに出来ない状態になっているというわけだ。


 復旧を急がなければ次発装填した敵潜の攻撃をまともに受けることになる。


 水中爆発は、空中爆発よりも伝わるエネルギーが大きく、受ける被害も増す。


 当然、防御を担当する咲への負担も大きくなるので、何としても攻撃を受ける前に敵潜を沈める必要がある。


 一昔前の対潜ミサイルは無誘導方式であり、実質、弾頭に魚雷を持つロケット砲に過ぎなかったが、最新式は慣性航法装置INSを使ったプログラム誘導だけでなく、命中精度を高める為に電波による補正を追加している。


 厄介なことに例の霧は電波補正を不可能にするだけでなく、慣性航法装置INSの回路にまで影響を与え、正しい飛翔を困難にしてしまう。


 そうでなければ、今頃は覇王島に多数の弾道誘導弾が撃ち込まれていたはずだ。


 それができないからこうしてここにいるわけだし、そもそも最初から使えないものを持ってきても意味がない。


 今回、誘導弾発射機には対潜誘導弾は搭載されていない。


 代わりに持ってきたのは無誘導の対地ロケット弾だ。


 それが全ての発射筒に格納されている。


 なので、対潜攻撃は短魚雷発射管に頼るしかなかったわけだが、肝心の発射管が撃てなければ話にもならない。


「なんでもかんでも文明の利器に頼るからだ……」


 無誘導の対潜ミサイルを完全に廃棄してしまったことは間違いだったのかもしれない。


 想定外の事態に対する小さな愚痴は、誰にも聞かれることなくエンジン音にかき消された。




 機械室の修理状況は逐一ちくいち艦橋に届いていた。


 思ったよりも時間がかかりそうだということもわかった真雪は、即座に思考を切り換え、落射器の設置に全てをかけることにする。


 必要な見張りを減らし、運用員も使って落射器の設置と魚雷の運搬を急がせた。


 同時に、操艦位置を艦橋に戻した。


 CICのコントロールスティック操艦より、機関操縦員と操舵員が配置された艦橋操艦の方が細かな運動が指示できるからだ。


 ただ、そのままだと何も見えないので、暇な通信士をCICに向かわせ、魔法で溝口一曹の頭の映像を読み取り、真雪の頭に送ってもらうことにした。


 何となく出来るんじゃないかと思って通信士に訊くと、たぶんイケる、という答えが返ってきたので早速実行に移した。


 送ってもらった映像はかなり鮮明なものだったが、速度の関係で曳航えいこう水中聴音機ソナーが使えない為、艦首装備式水中探信儀バウソナーの探知範囲に限定される。


 固定装備式の水中探信儀ソナーには、艦底装備式水中探信儀ハルソナーというものもあるが、このふねに装備されているのはあくまでも艦首装備式水中探信儀バウソナーだけで、貼付式フランクアレイを使った艦底装備式水中探信儀ハルソナーは装備されていない。


 これらを組み合わせて使い分ければ、距離や深度に関係なく探知することも可能だが、たった一つではその能力は限定されてしまうということだ。


 当然、探知範囲外に出られたら目標は失探ロストすることになる。


 なので逃がさないように、艦首を敵の方へと向けるように操艦する必要がある。


 通信士と溝口一曹の協力があれば、恐らく不可能ではないだろう。


 問題は敵が攻撃してきた時にどう防ぐかだった。


「副長、ちょっと試したい戦術があります」


 真雪は自分の考えを述べて、竹林大尉に意見を求める。


「どうでしょうか?」


「面白いことを考えたな。まあ、似たようなことを実戦でやった例もある。試してみる価値はありそうだ」


 絶対に馬鹿にされると思ったが、竹林大尉の反応は意外にも好感触だった。


「命、あずけてくれますか?」


 恐る恐る訊いた真雪に対し、竹林大尉は急に真面目な顔になった。


「全乗組員を代表し、この命を艦長に預けます」


 乗艦以来、絶対に認めなかった副長が初めて呼んでくれた艦長という言葉に思わず涙腺が緩み、涙が零れる。


「艦長、泣くのは敵を沈めてからでも遅くはありませんよ」


 竹林大尉はニコッと笑って、さり気なくハンカチを差し出してきた。


「ありがどお……ごじゃいまふぅ……」


 真雪は鼻水を啜りながらハンカチを受け取るのだった。




 CICで荒れていた大谷大尉だったが、艦橋から新たな命令が伝えられると、ようやく落ち着きを取り戻して、CIC操艦コンソールが前に置かれた戦闘指揮官席についた。


 戦闘指揮官はCICのトップである船務長が務める。


 その下に攻撃指揮官として砲雷長が置かれるのだが、砲雷長が砲術畑の人だった場合は水雷長が、水雷畑だった場合は砲術長が得意分野で戦闘指揮を補佐する。


 これを分任攻撃指揮官と呼ぶ。


 警備艦『いかづち』の場合、攻撃指揮官である砲雷長の緒方おがた航太郎こうたろう大尉は砲術畑だ。


 なので、分任攻撃指揮官として水雷長のはた宗介そうすけ中尉が配置され、その下に分任攻撃補佐官としてミサイル士の北風きたかぜ海人かいと少尉が配置されている。


 因みに海上自衛隊はミサイルと砲を区別しないので、ミサイル士はミサイルに強い砲術士の通称に過ぎない。


 しかし、時空保安庁ではミサイルと砲を区別しているので、役職としてミサイル長やミサイル士が存在する。


「よっしゃあ、気合い入れて行くぞ!」


 大谷大尉は自分の頬を叩いて気合いを入れ直す。


「分任攻撃指揮官、対潜戦闘用意だ! 絶対に沈めろよ、いいな!」


「了解。対潜戦闘配置につけます。対潜戦闘用意!」


 対潜戦闘は水雷長が担当する。


 その号令で艦内に対潜戦闘用意のマイクが入り、警報が鳴り響く。


 配置につくと言っても、合戦準備からずっと戦闘配置についているので、その位置が変わるわけではない。


 おもにCICに詰める人間の仕事の内容が少し変わるだけだ。


「あのぅ、魚雷発射不可で、探知も始めている状態ですので、やることがないんですが……」


 CIC後方の水測室から水雷長のはた中尉の声が聞こえる。


 水測室とCICは繋がっていてカーテンで仕切られているので、普通にしゃべれば声が届く。


「じゃあ、即時待機」


「適当っすね」


「俺が適当じゃなかったことがあったか?」


「ないっすね。すんません」


 本来なら探知、攻撃、回避というサイクルを撃沈するまで繰り返すのだが、探知は既にしているし、攻撃はできないし、回避も艦橋で独自に行うということだったので本当にやることがなくなっている。


 大谷大尉に訊くまでもなく、即時待機のまま待つしかない。


「あのぅ……」


「何だよ、寂しいのか?」


「いや、それはないです。そうじゃなくて、まだ命令内容を訊いてないんですが、艦橋は何て言ってきたんですか?」


「知らん」


「あ、そうですか……って、ええっ!!!」


 はた中尉が驚きの声を上げて席を立ち、カーテンから顔を覗かせる。


「知らないってどういうことです?」


「上から来たのは、これから対潜戦するんでよろしくお願いしますってのと、操艦は艦橋で行うのでもういいですってことだ。そういや、あと一つなんか言ってた気もするが、正直、俺の出番はなくなったんでどうでもいいや」


「どうでもよくないっすよ。いっつもそれで大変なことになっちゃうんですからね。訓練指導官にぼろくそに言われたのをもう忘れたんすか?」


 リフレッシャー訓練で大谷大尉は一番怒られていた。


 最後は切れた訓練指導官が、やる気がねぇんなら降りろって言って拳骨げんこつを食らわせていたことをはた中尉は忘れていなかった。


「つまんねぇこと覚えやがって……」


「僕も一緒に怒られたんですからね。敵役の潜水艦に十回中九回も撃沈されたのはおまえらが初めてだって言われて超ショックでしたよ」


「おまえ、途中から逃げたじゃねぇかよ!」


「僕、悪くないですもん! 訓練指導官もちょっと僕に同情してましたからね!」


「何だと、この野郎! 俺が全部悪いって言いてぇのかよ!」


「船務長なのに出しゃばりすぎなんですよ! 一体、何分隊だと思ってるんすか!」


「おう、上等だ! 表出ろ、この野郎!」


 言い争う二人を見て、砲雷長の緒方おがた大尉が溜息を吐き、喧嘩けんかを止めようとしたまさにその時だった。


「オオタニ、うっさい死ねっ!」


 可愛い声で水測室から叫んだのは、妖精ちゃんの愛称でおなじみのウェルム少尉だった。


「集中できないでしょ! このアンポンタン!」


 めっちゃ一生懸命に叫んで切れまくるウェルム少尉に、誰もが驚き、声を失ってしまう。


「次、騒いだら死の精霊を呼び出すからね!」


 物騒な言葉が冗談ではないことはさすがの大谷大尉も理解したようだ。


「わりぃ……」


「ごめん……」


 はた中尉も一緒に謝って一触即発の事態は収束する。


 この状況で喧嘩けんかをする二人が同レベルの馬鹿なのは言うまでもない。

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