Case File No.004-20

 大笠原おおがさわら群島は第十三警備区の部隊が警備を担当し、その警備本部は親父島おやじじまに置かれている。


 親父島おやじじまは地上で父島と呼ばれる場所であるが、全島が要塞化され、民間人は居住していない。


 ここには大笠原おおがさわら群島に属する島嶼とうしょに展開する陸上警備部隊の司令部である大笠原おおがさわら陸上警備部も置かれ、大笠原おおがさわら警備兵団隷下れいかの父島警備旅団が展開している。


 その親父島おやじじまの南にある御袋島おふくろじまには、海上警備部隊の司令部である第十三艦隊司令部が置かれている。


 海防艦クラスの小さな警備艦艇以外は、全てこの御袋島おふくろじまを母港としている。


 ここも全島要塞化され、御袋島おふくろじま警備旅団が展開し、鉄壁の護りを誇示している。


 第十三警備区が誇る要塞はこの二つだけではない。


 この他にもう一つ要塞化された島がある。


 それが覇王島はおうとうである。


 覇王島はおうとうの地上での名前は硫黄島いおうとうになる。


 硫黄島いおうとうの名を覇王島はおうとうに改めたのは栗林忠道ただみち中将だ。



 武をもって悪をらしめ、世に安寧あんねいと平和をもたらす真の覇道をここから歩まん。


 今よりこの地は真の覇道を歩む王者の島である。



 時空保安庁最強と呼ばれる第一〇九機動警備兵団の編成式での訓示がその由来となった。


 最強部隊の拠点となる覇王島はおうとうは、その雄々しい名前に相応ふさわしい堅牢さを誇り、地上では擂鉢山すりばちやまと呼ばれる大鉢山おおばちやまに築かれた要塞は、約二万人の兵力が居住できるだけでなく、無補給で二ヶ月間行動させることが可能な物資が備蓄されている。


 民間人こそいないが、要塞内部はまるで一つの街のようだ。


 迷路のように入り組んだ通路で繋がる区画には、蜂嬢島並に充実した施設が整っている。


 だが、肝心の第一〇九機動警備兵団がここに駐留している時間はそう長くはない。


 機動警備兵団は異世界への派遣を前提とした海兵隊のような存在であり、第一〇九機動警備兵団も忙しく異世界を駆け回っているからである。


 一応、出撃ローテーションのようなものは存在するが、待機中はほぼ休暇処理に使われ、本土に戻ってしまうので覇王島はおうとうに残る者はほぼいない。


 たまに、任務が途切れ、訓練待機となることもあるが、それは極めてまれなケースと言えるだろう。


 結果、時空保安庁最強部隊の拠点であるにもかかわらず肝心の部隊はほとんど駐留していないということになる。


 そこで、要塞施設の維持管理と防衛を目的に、覇王島はおうとう警備旅団が展開し、留守を預かっている。


 この覇王島はおうとう警備旅団も第一〇九機動警備兵団に劣らぬ精鋭部隊だ。


 島嶼とうしょに展開する警備旅団は総じて規模が小さいものが多いが、覇王島はおうとう警備旅団に限っては本土に展開する警備旅団とほぼ同等の規模を持つ。


 ただし、大鉢山おおばちやま要塞の固定砲や島内各所に設置された垂直発射装置VLS近接防御火器システムCIWSによる自動迎撃を前提としている為、機甲部隊や砲兵部隊は存在しない。


 部隊を構成するのは、通常の軍隊で歩兵に相当する戦闘官のみ。


 しかし、ただの戦闘官ではない。


 高い能力を有する強者つわものが揃っている。


 高火力の固定武装を配置した要塞に精強な部隊が常駐する覇王島はおうとうの護りは鉄壁と言えるだろう。


 にもかかわらず、要塞司令部の中央指揮所は、今、大混乱に陥っていた。


 原因は、突如、上陸してきた謎の生物群の襲撃だ。


 自動迎撃システムが機能し、第一波は何とかしのぐことができたが、押し寄せる敵の物量は圧倒的で、第二波、第三波の攻撃に耐えられる可能性は低い。


 覇王島はおうとう要塞司令官である市丸いちまる利之助りのすけ中将は、第一波を退しりぞけた時点で冷静に状況を判断。


 覇王島はおうとう警備旅団の一個大隊と自動迎撃システムの運用に必要な最低限の人員を除く、全ての人員の撤退を指示。


 残留部隊に海岸線を警戒させつつ、飛行場の輸送機に人員を搭乗させた。


 搭乗する順序は、階級や序列を無視し、女性と若年者を優先。


 最終的に残ったのは旧軍出身者のみとなる。


 大型の輸送機は全て飛び立ったが、飛行場にはまだ連絡機が待機しており、引き続き二十名程度の撤退が可能となっていた。


 大鉢山おおばちやま要塞の最深部にある中央指揮所で指揮を執っていた市丸いちまる中将は既に自決の覚悟を決めていた。


 ただ、部下を自分の我がままに付き合わせることは忍びないと思い、最後まで中央指揮所に残ってくれた司令部要員に退去を命じた。


 連絡機を飛行場に待機させていたのはこの為だった。


「皆、よくやってくれた。ここの後始末は私一人で充分だ。今すぐ退去し、飛行場に向かいたまえ」


 市丸いちまる中将の言葉に、司令部要員は誰一人として動こうとしない。


「これは命令だ! 早く席を立ちたまえ!」


 恫喝どうかつごとく声を張る市丸いちまる中将だったが状況は変わらない。


 皆、聞こえなかったふりをして各々おのおのの仕事を続けていた。


「やはり、こうなりましたか……」


 と、溜息混じりに呟きながら中央指揮所入ってきたのは、第一三五警備連隊第一大隊長の大花梅雄うめお少佐だった。


 大花少佐は、迷彩の陸上戦闘服に耐弾耐刃防護衣ボディーアーマーとプロテクターを付け、零式小銃を吊れつつの状態で肩に下げていた。


 旧軍出身者らしく身長は高くないが、鉄帽ヘルメットの下にある顔は現代風の優男で、見た目の年齢は二十二歳のはずなのに十代の少年のような雰囲気がある。


あとは我々だけで対応できますので司令官も司令部要員と共に退去をお願いします」


 大花少佐が片手を上げると、背後にいた彼の部下が司令官席に座る市丸いちまる中将の両脇を抱えて無理矢理立たせた。


「やめろ! 私はここに残るのだ! 君は私に生き恥をさらせと言うのかね?」


「敵に包囲され、籠城ろうじょうするむなしさは司令官もよく御存知のはず。今は一人でも多く生き延び、捲土重来けんどちょうらいを期するべきかと思います。それに司令官が退去されないと遠慮される方々も多いようですので……」


 大花少佐は肩をすくめる。


 中央指揮所では市丸いちまる中将以外の残留者も次々と席を立たされていた。


「一中隊長、司令官と司令部の皆さんを飛行場までご案内してさしあげろ」


「了解」


 市丸いちまる中将は抵抗しようとするが、両脇を屈強な戦闘官に固められているので、逃げ出すことはできない。


「放せ! 放さんか! 馬鹿者共が!」


 大声で必死に抵抗しつつも退去させられた司令官席に大花少佐が座ると、他の残留者は抵抗することなく誘導に従って退去を始めた。


「本部中隊各員は引き続き、自動迎撃システムの維持に専念。飛行場へと続く通路を除く全ての通路は、直ちに隔壁を閉鎖し、充填封鎖を行え」


 充填封鎖の素材は、ベークライトの名前で馴染みのあるフェノール樹脂だ。


 これを閉鎖された隔壁と隔壁の間に流し込んで敵の侵入を防ぐ。


 硬化までの時間はかかるが、何重もの鋼鉄の隔壁を破らないと充填封鎖区画には辿たどり着かない。


 自動迎撃システムが十全に機能し、弾薬が尽きることが無ければ、隔壁に到達することさえできないはずだ。


 何処どこまで持つかは不明だが、充填封鎖さえ完了すれば完全に孤立しても、かなりの時間を稼ぐことができる。


 さすがに一週間は無理だろうが、三日か四日くらいは敵の侵入を阻止できるだろう。


「海岸線を警戒中の二中隊、三中隊は飛行場まで後退。飛行場の四中隊、五中隊と合流し、連絡機の離陸まで、引き続き周辺の警備を実施せよ」


 憧れの司令官席の座り心地は中々のものだったが、この緊迫した状況ではそれを味わう余裕は何処どこにもない。


「どうですか、司令官席から見える景色は?」


 副大隊長の宮前正輝まさてる大尉に声をかけられ、大花少佐は不敵な笑みを浮かべる。


「俺達は年を取らない代わりに出世が遅いからな。座ろうと思っても座れない場所に座れるってのは悪い気分じゃないな」


 大花少佐は鉄帽ヘルメットを脱いでひたいに流れる汗を拭う。


 中央指揮所は稼働する機器が熱暴走しないように寒いくらいの温度設定になっている。


 それでも止まらない汗は、慣れない重責に座る緊張がもたらす精神性発汗と言われるものだ。


「充填封鎖が突破される前に助けはくるでしょうか?」


 宮前大尉の言葉に大花少佐は険しい表情を浮かべる。


「来てもらわなくては困る。でも、覚悟は決めておいた方が良さそうだ」


 大花少佐は第一〇九機動警備兵団にいた経歴の方が長く、幾つもの修羅場を潜り抜けてきた。


 それ故に、分かることもある。


 それは宮前大尉も同じようだ。


 第一〇九機動警備兵団ではないが、彼もまた機動警備兵団に籍をおいていた者の一人だからだ。


「やはり、ただの敵性生物ではないのでしょうか?」


「少なくとも、第一波で来た奴は本命じゃない。威力偵察が精々せいぜいだろうな」


「あれで威力偵察ですか……。あれだけ厚みのある攻撃がただの偵察だとは思いたくありませんが……」


「第一波で橋頭堡きょうとうほを築かずに退いてくれたのは、こちらの火力が相手の見積もりを上回ったからじゃない。押し切れるとわかったから無駄な戦力の損耗を避けたんだ。つまり、相手は馬鹿じゃないってことだ」


「見た目はそこまで利口そうに見えませんでしたけどね」


「兵隊は、な。でも、指揮官は優秀かもしれないぞ。それを即座に見抜いたうちの司令官も充分すぎるほど優秀だけどな。やはり、硫黄島いおうとうで戦った人は何かが違う気がするよ」


「横一特の一人であった大隊長がそれを言いますか」


 横一特は、横須賀鎮守府第一特別陸戦隊の略称だ。


 同部隊は、帝国海軍の空挺部隊として知られている。


 その主力は、サイパン島でアメリカ軍と戦い、全滅した。


 残念ながら空挺作戦で戦果を上げることはなかったが、今で言う特殊部隊の先駆けであることは間違いなく、隊員の一人であった大花少佐が優秀であったことは疑いようのない事実である。


「俺は単に小さくて軽いから選ばれただけだよ」


「今時の奴に比べればでしょう。当時としては標準的だと思うんですがね。まあ、大隊長が童顔なのは認めますけど」


「一番気にしているところに触れてくるな」


「やはり、気にされてたんですね。でも、年下のお姉さん方におもてになるんですから、いいじゃないですか」


「年下は別にいんだよ。問題は子供扱いされるってことだ。あれだけはどうにも我慢ならん。今年で九十六にもなるってのに未だに小僧扱いだ。まあ、布団の中でいつも主導権を握られるのは楽と言えば楽なんだがな」


 何だかんだ言ってモテることを否定しない大花少佐に対し、宮前大尉は口笛を吹いて冷やかしてみせる。


「生き延びたら一人紹介してくださいよ」


「おう、生き延びたら、な」


 それが難問であるからこそ大花少佐は気軽に応じる。


「絶対ですからね。飛び切りの上玉をお願いしますよ」


 宮前大尉の言葉は冗談ではなく生き延びる気満々に聞こえた。


「任せておけ。妹の咲に負けないくらいの器量しを紹介してやる」


 サイパン島で散った元横一特の大花少佐は在りし日の妹の姿を思い浮かべる。


 彼は妹が中津日本なかつひのもとにいることをまだ知らない。

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