Case File No.004-11

 デモフの種子が密輸された件は陸上捜査第三班が正式に任務受諾してしまったので、気にはなったができることは何もなかった。


 そのまま忘れて司令部に戻り、どうでもいい書類仕事をしていた熊吉だったが、定時まで残り一時間を切ったところで横須賀市警から応援要請の連絡が入った。


 至急ということなので、警邏車パトカーの使用が許可された。


 同じく暇を持て余していた佐倉少尉を連れ、サイレンを鳴らしながら市内の現場に急行する。


 場所は中津横須賀可入斗いりやむべしのワンルームアパートだった。


 熊吉達が駆けつけた時には、横須賀市警の刑事が第一発見者である女子高生から事情を聞いていた。


「どうも。第三警備区特別検査隊の山田です」


「同じく佐倉です」


 アパートの前で聞き込みする刑事に向かって、熊吉達は警務官手帳を提示する。


「あ、どうもすみません。中津横須賀市警察、刑事部捜査課、強行犯係の小鴨こがもです」


 定年間際の老刑事といった風体の小鴨は、白髪しらがが目立つ頭を下げて、警察手帳を提示する。


 このように警務官と警察官は、挨拶代わりに手帳を見せ合う。

 捜査情報を部外者にもらさない為の措置だ。


 時空保安庁と中津横須賀市警察との間で交わされた捜査協力協定に従って、一般の保安官には事情聴取以外の捜査協力は行われない。


 真の意味で、捜査に協力できるのは、警察職務の主たる執行者である警務官に限定される。


 手帳の確認は単なる挨拶というわけではなく、情報共有の資格を有していることをお互いに確認する上で重要な作業でもあるのだ。


「ろくな説明もせずにお呼び立てして申し訳ありません。百聞は一見にしかず、まずは現場を見てもらいたいのですがよろしいでしょうか?」


 ペコリと頭を下げる小鴨刑事の横で、酷く怯えた様子の女子高生がフルフルと首を横に振る。


 学級委員長然としたお下げの女子高生は、自分も連れて行かれるのではないかと思って軽くパニックになっているようだった。


「佐倉、おまえは彼女から話を聞いておいてくれ」


「いいんですか?」


「適材適所だよ。女の子の相手は得意だろ?」


「得意かどうかはわかりませんが、頑張ってみますよ」


 と言いつつ、さりげなく肩に手を回して女子高生を警邏車パトカーに連れて行く佐倉少尉は、やはり、手慣れている感じだった。


 女子高生も、現場を見ずに済んだだけでなく、イケメンにエスコートされ、かなり落ち着きを取り戻している。


「それじゃあ、いきましょうか」


 小鴨刑事の案内で、二階建てアパートの角部屋に行く。


 表札の文字は、可愛らしい書体で遠藤琴美と書かれていた。


 そこで、熊吉は自分が呼び出された理由を初めて知った。


「ガイシャの名前は遠藤琴美。中津横須賀女子高等学校に通う十七歳の女子高生です。先日、中央で起きた強制猥褻事件では、あなたと同居されている女神様が、警邏中のうちのものと対処に当たったそうなので、一応、お声がけをした次第でして」


 小鴨刑事の言葉に、すうっと血の気が引いていくのを感じた。


 でも、どうにか踏みとどまって仕事だと割り切ってみせる。


「先日、私の家に遊びに来ていました。一体、彼女の身に何が起きたんですか?」


「正直申し上げて、何が起きたのかはよくわかりません」


「どういうことです?」


「とにかく、中を見てもらえば言葉の意味がご理解いただけるでしょう」


 小鴨刑事が部屋の扉を開けると、せ返るような血の臭いが部屋の奥から漂ってきた。


 それだけで異常事態だとわかったが、中に入った瞬間、飛び込んできた光景に全身の毛が逆立った。


 同時に、強い吐き気を感じるが、唾と共に飲み下し、どうにかこらえながら靴を脱いで部屋に入る。


 たった一つの部屋の真ん中にあるのは、もはや、どこがどの部位かもわからないくらいに潰れた肉の山だった。


 骨も内臓も皮も目玉もよくわからない、あか一塊ひとかたまりになってそこに鎮座している。


 一瞬、琴美の成れの果てかとも思ったが、それにしては量が多すぎるような気がした。


 小さな部屋のフローリングにまるでピラミッドのようにうずたかく積み上げられた挽肉ミンチの山を見た熊吉の思考は完全に停止していた。


「詳しく調べてみないとわからないそうですが、鑑識の話では犬猫などではなく、全て人間ではないかということです」


 小鴨刑事の言葉で熊吉は我に返る。


 これだけの挽肉ミンチが全て人間だとすると、一体何人が殺害されたのだろうか。


 大人なら優に三人は超えそうな勢いだが、子供ならば犠牲者の数はさらに増えることだろう。


「ガイシャは一人ではないということですね?」


「恐らくは。子供のものと思われる歯もありましたので、正直、何人が犠牲となったのかは見当もつきません。先程はこの部屋の居住者である遠藤琴美の名を出しましたが、彼女が犠牲者なのかもよくわかりません」


 小鴨刑事は困惑気味に溜息を吐く。


 この惨状を見て溜息一つで済ませられるくらいには色々なものを見てきたのだろう。


 初老の刑事は至って落ち着いていた。


「何かお気づきの点はありませんか?」


 小鴨刑事に訊かれて、肉塊に近づくが、少なくとも個人を特定できそうなものは発見できない。


 迂闊うかつに触ることもできないから、飽くまでも外観による判断だが、滴る血の量が少ないことに気付いた。


 部屋を見渡しても、床以外に血痕はない。


 恐らく、この状態になったのは別の場所なのだろう。


挽肉ミンチにしたのは風呂場ですか?」


 床の血痕が玄関脇の部屋へと続いているのを見て熊吉はすぐに思い当たった。


「だと思うんですがねぇ。こちらもひどい有様ですよ」


 釘を刺すように言われるが、この肉塊を見た後では何が来ても大丈夫のような気がした。


 熊吉は足下の血痕をたどるように玄関脇に戻り、そこにある扉を開けるとさらに濃い血の臭いが開け放たれた瞬間に漂ってきた。


 まるで、生き物のようにまとわりつく血の臭いに当てられながら中に入ると、トイレと洗面台と浴槽が一緒になった部屋の一面に血と細かな肉片が飛び散っていた。


 浴槽の中は、肉片から搾り取った血が溜められている。


 洗面台の中には、潰す前にとったであろう目玉が集められ、血の中に泳いでいた。


「ガイシャは女性のようですね」


 熊吉の言葉に小鴨刑事がうなずく。


 犠牲者に若い女性が二人いることは確実なようだ。


 小振りな乳房が二つと、平均的な大きさの乳房が二つ、風呂場の物干し竿に針金で洗濯物よろしく吊してある。


 切断面から鋭利な刃物で切り取ったというより、もぎ取ったという感じの乱雑さだった。


「確かにこれはひどい有様ですね」


「私も色んな現場を見てきましたが、ここまでひどいのは初めてです」


「でも、行きずりとか、無差別な猟奇殺人とかでもなさそうですね」


 そう思わせる言葉が、洗面台の鏡に血で書かれていた。




 七生報国。


 我が戦争は静かに続き未だ終わらず。




 どう考えても書いたのは旧軍出身者だろう。


 そして、この戦争とは、第二次大戦として語られる大東亜戦争に他ならない。


 どうやら、熊吉が呼び出された理由は、遠藤琴美との接点だけではないようだった。


「何が戦争は終わらずだ……」


 若い女性を二人も殺して戦争も糞もあったもんじゃない。


 だが、戦争がきっかけとなって内に秘めたる狂気が発言すること自体は珍しいことではない。


 地上で戦後まもなくに起きた連続強姦殺人事件である小平事件もそうだ。


 犯人の小平義雄は、海軍の下士官だった経歴がある。

 小平の軍歴は短かったが、従軍時、かなりの凶行を働いていたと述懐している。


 無論、それが帰国後の凶行と直ちに結びつくものではないだろう。

 最初から凶暴な気質の持ち主であった可能性はある。


 ただ、それでも大陸で民間人を殺してしまったことが、その後の凶行のハードルを引き下げたと考えるのは妥当ではないだろうか。


 当時の日本軍は、高い金を払ってまで慰安所に行くよりは、ただで現地調達する方がいいという風潮がまかりとおっていた。


 上層部はこれを把握しつつ、事実上、黙殺していたわけだ。


 そこからエスカレートして非人道的行為に及ぶ者もいたわけだが、それが日本だけの特別な事情と思ってはいけない。


 表立って強姦しろとは言わないが、個人的に隠れてやるのは仕方がないという考え方は基本的に万国共通である。


 そして、そのように安易に性処理をしていた者が、戻ってきてすぐにそれを忘れられるわけがなく、中には普通の性行為では興奮できないほど歪んでしまうのもまた世界中どこでも起きている悲劇なのだ。


 戦後七十三年が経ち、さすがにそういうやからはいなくなったと思っていたのだが、どうやらここに一人、極めつけの馬鹿が生き残っていたらしい。


「本件は元軍人による犯行である可能性が極めて高いと思われます。我々としては捜査協力協定にのっとり、時保さんと共同捜査本部を立ち上げたいと考えています」


 中津日本なかつひのもとの治安を預かる天上警察官らしからぬ弱気な発言に熊吉は驚かされた。


 少なくとも十年前はこんなに下手に出られることはありえなかった。


 まだ辛うじていた戦中派の元警官が自分達の領分をかたくなに護っていたからだ。


 これが十年前なら、たとえ元軍人が相手であろうと一歩も退かず、合同捜査本部を設置して指揮権を奪いに来ていたに違いない。


 だが、小鴨刑事の口から出たのは、指揮権を一元化しない共同捜査本部だった。


 その消極的な姿勢は、なるべくこちらの顔を立て、最大限の情報を引き出したい思惑が見て取れる。


 というより、時保側の主体的捜査を期待しているのかもしれない。


 いずれにしても、どう対処すべきか迷っているのは確実のようだ。


「捜査の方針については上の方が決めることなので私から申し上げることはありませんが、遠藤琴美とは個人的に繋がりを持っていますので、私個人として出来る限りの協力はさせていただきます」


「助かります。市警に勤務してもう二十年以上になりますが、こんな事件は初めてでして」


「まあ、そうでしょうね。私も保安官になって結構、色んな修羅場を見てきましたが、これはかなり酷い部類に入るでしょう」


「ということは、これ以上に凄惨な場面にも出会でくわしたことがあるのですか?」


中津日本なかつひのもとのように治安の良いところは少ないので、それなりに経験はしていますが、そのほとんどは魔物と呼ばれる異形いぎょうの存在が絡んだものになります。人の手による拷問や虐殺も確かにありますが、ここまでのものは見たことがありません」


「そうですよね。私もこれが人間の仕業だとは思いたくないです」


「世の中には人の姿をした鬼もいるということでしょう」


 認めたくはないが、それが現実なのだ。


 自分以外の生命に、微塵の敬意も払わないやからは確実に存在する。


 それが、自分と同じ旧軍出身であることに熊吉は激しいいきどおりを感じざるを得ない。


「ところで、鑑識の方々はもう引き上げられたのですか?」


 この部屋にも、外にも鑑識の姿が見えなかったことが少し気になった。


「うちは黒横浜市警のような大所帯ではありませんから、遺体回収の準備をする為、署の方に戻っています。今頃、どうやって運ぼうか思案の真っ最中だと思います」


 小鴨刑事の言うとおり、これはどうやって運ぶべきか悩むところだ。


 普通なら遺体袋に納めて終わりだが、ここまで原形をとどめていないと、ゴミ袋で分割して運んだ方が早い気もする。


 まあ、どちらにせよ、作業をする鑑識の皆さんにはお気の毒としか言いようがない。


「そういえば、横須賀市警さんには、魔法を使える方はいらっしゃいましたっけ?」


「黒横浜市警にはいるそうですが、うちにはおりません。やはり、こういう場合は協力を仰いだ方が良いのでしょうか?」


「一瞬で犯人を捜し当てるほど万能ではありませんが、通常の鑑識よりも有力な手がかりを得られることも多いのは事実です。ただ、うちの魔法官はほとんどが戦闘に特化しているので、捜査に協力できる人材となると限られます」


「そうですか……」


 この状況ではわらにもすがりたい気分なのだろう。


 司法解剖に回したところで、この状況ではわかることも限られる。


 犠牲者ごとに遺体を分けるだけでも相当な骨だろう。


「こういうのは死霊術師ネクロマンサーに依頼するのが一番なんですけどね」


死霊術師ネクロマンサー?」


死霊魔法ネクロマンシーと呼ばれる死霊や死体を専門に扱う魔法の使い手です。民間協力者でよければ紹介できますがどうされます?」


「その方は信頼できるのでしょうか?」


 小鴨刑事は捜査情報を漏らす心配をしているのだろう。


 熊吉と死霊術師ネクロマンサーとの付き合いは長い。

 捜査情報の漏洩に関しては心配しなくてもいい。


「紹介できる死霊術師ネクロマンサーとは三十年来の付き合いです。幾度となく捜査にも協力してもらっているので信頼は出来ます」


「なら、是非、お願いします。ちなみに、その方はすぐに来てもらえるのでしょうか?」


「あと一時間ちょいで日没になります。それまで待っていただければ可能です」


「日没後じゃないと駄目なんですか?」


「実は彼、吸血鬼なんです。多分、呼び出したら、ここにある血をわけて欲しいって言われると思います。まあ、どの道、捨てるものなんで、目を瞑ってもらえれば色々と協力してくれるはずです」


 小鴨刑事がちょっと微妙な表情を浮かべる。


 吸血鬼というだけでも気味が悪いのに、ここにある血を飲ませろというのだから当然の反応だ。


「彼の能力なら遺体を復元することもできますよ」


「本当ですか!」


「ただ、あまりにも綺麗に復元してしまうので、証拠も何も残らなくなります。まあ、身元を割るのは楽になりますし、遺族に引き渡す際の心証も改善されることは間違いないでしょう」


「魔法って便利なものなんですね」


「確かに便利ですが、それだけに悪用されると厄介です。科学捜査の手の及ばないレベルで完璧に証拠を隠滅することもできてしまいますからね。だから、我々は中津日本なかつひのもとに入国する異世界人の魔法行使を制限したり、監視したりしているわけです」


「時保さんがそうして頑張ってくれているおかげで我々は楽できるというわけですな」


「いえいえ、各市警さんがしっかり働いて下さるから、我々は安心して任務に励めるのです。立場が違うだけでどちらが楽ということはないと思いますよ」


 中津日本なかつひのもとの治安が良いのは、地域に根ざした木目きめの細かな対応をする各市警と、全国規模で治安の維持に当たる連合警察が、その職責を充分に全うしているからである。


 帰るべき場所がしっかりと護られているから、時空保安官は後顧の憂い無く任地に赴けるのだ。


 熊吉は一人の保安官として、日々、中津日本なかつひのもとの治安を護る彼らには感謝している。


「それで、どうされますか? 連絡するのなら早い方がいと思いますが?」


「貴方が信頼される方でしたら大丈夫でしょう。すぐに連絡をとっていただけると助かります」


「わかりました。もうそろそろ起きていると思いますので電話してみます」


 熊吉は携帯を取りだして、死霊術師ネクロマンサーでもある吸血鬼の知人に連絡する。


 ちょうど起きたところだという知人はひどく眠たそうだったが、若い女の血が飲み放題だと言ったらすぐに駆けつけると言ってくれた。


 熊吉は小鴨刑事にそのことを伝え、部屋の外で到着を待つことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます