Case File No.004-08

 通勤時間帯だったのをすっかり忘れていた。


 八時台でも京急は普通に込んでいる。


 そこに完全装備で乗り込めばどうなるかは簡単に予想できたはずだった。


 熊吉は己の愚かさを呪ったが完全にアフターフェスティバルだった。


 突き刺さるような好奇の視線にさらされること約五十分。


 中津日本なかつひのもと大通おおどおり駅で下車し、足早に黒横浜税関本館へと向かうが、ブツは一足違いで特定危険生物等封印倉庫に移送されたらしく、歩いて行ける距離にある封印倉庫へと案内される。


 ちなみにこの封印倉庫は黒横浜入国管理センターと同じ区画内にある。この区画に繋がる二つの橋は跳開橋ちょうかいきょうになっていて、いざという時は区画全体が封印される厳重な安全対策がとられている。


 区画に入ってすぐのところで、黒横浜市警察が検問を作って立ち入りを制限していた。


 電車の中では完全に不審人物だったが、ここではさすがに不審人物とはみなされず、普通に敬礼されて通してくれた。


 倉庫に着くと、入り口に軽装甲機動車が停車していた。


 車内を覗き込んだら、中にいたウラヌスと目があった。


 視線を逸らし、倉庫に入ろうとしたら、すぐに追いかけてきて、肩をつかまれた。


「おいおい、冷たいじゃないか。挨拶ぐらいしてくれたっていいいだろうに」


「おはようございます」


「そういうのじゃないよ。ちょっとこっちで話そうぜ」


 と、無理矢理、車内に引き摺り込まれる。


「二週間ぶりだなぁ。なんか、十日ぐらい休んでたそうじゃないか。いいなぁ、十日も休めて。こっちはこよみどおりに休ませてもらうことさえできず、ようやく昨日から休暇だったんだけどなぁ」


 ウラヌスさんのご機嫌はすこぶうるわしくない。


 休暇の件は、きっと第三班の連中から聞いたのだろう。


 それが火に油を注いだわけだ。


 正直、逃げたい気持ちで一杯になる。


「へぇー、やっぱエリート部隊は大変だねぇ……」


 ドアを開こうとしたら、脇腹に拳銃を突きつけられた。


「そう、急ぐなって。もっとゆっくりおしゃべりしようじゃないか」


「いや、結構です」


「どうせ暇なんだろ。ふねに乗れないから暇そうにしてるって、お仲間が言ってたぞ」


「あいつらぁ……」


 やはり、余計なことを言ったのは第三班だったようだ。


 後で絶対に何かおごらせてやる。


「まあ、冗談はこのくらいにしておくか」


 ウラヌスは腹に突きつけていた拳銃を脇のホルスターに戻す。


おかの上が専門じゃないおまえが何でここにいる? また妙なことに首突っ込んだのか?」


「卵の密輸に関しては無関係だが、第三六七世界に関しては無関係じゃない」


「どういうことだ?」


「個人的な話だ。聞きたいか?」


「どうせ、女がらみだろう」


「どうしてわかった?」


「鎌をかけてみただけだよ。おまえは相変わらず扱いやすい男だな」


 ちょっと機嫌が良くなったのか、ウラヌスは控え目に笑ってみせる。


「で、今回はどんな厄介ごとに首を突っ込んだんだ?」


 他言無用を条件にして、熊吉はウラヌスに全てを打ち明けた。


「なるほどな」


「妙な話だろ?」


「おまらにとっては、な」


「どういう意味だ?」


「おまえら警務官には馴染みのない話だが、あたしらの間じゃ有名な話だ」


「三捜連五大の話が、か?」


「違う。って、あたしがその話を知ってたらダメだろう!」


 ウラヌスの突っ込みが入る。


 二週間しか経ってないのにちょっと懐かしく思えるのは馬が合うからだろうか。


 元が馬だけに、とか言ったらまた蹴られそうなのでやめておく。


「ったく、何の話か忘れそうになったじゃないか」


「何の話だっけ?」


「成り済ましの話だよ。そういう噂は昔からあるんだ。最近は若い元陸自が増えてきたこともあって知らない奴も多いが、あたしら古参の間じゃ結構有名な話だな」


「そんな前からいるのか?」


「全部の事件が、同一人物によるものじゃないって言う奴もいるが、あたしは全部、同一人物だと思っている」


「根拠はあるのか?」


「ないな。確たる証拠はない。でも、状況が似すぎている。奴はまるで腕試しでもするように強敵の臭いを嗅ぎつけて現れるんだ。そして、毎回、部隊の窮地を救い、名も告げずに去っていく。実はあたしも一度だけ救ってもらったことがあるんだ。まだ、跳ねっ返りだった頃の癖が脱け切れていない若い時の話だ。奴は恐ろしく強く、優しい男だった」


「何か手がかりになることは?」


「何もないな。男の名前を聞かずに後悔したのは、後にも先にもあの一回だけだ」


 若かった自分を思い出し、ウラヌスは少し遠い目をしてみせる。


「惚れてたのか?」


「その時は気付かなかったな。でも、いなくなって気付いたよ」


「人生、そんなもんだよ」


「女心のわからない朴念仁ぼくねんじんの癖にわかった風な口をくじゃないか?」


朴念仁ぼくねんじんにだって苦い思い出の一つや二つあるさ」


 熊吉にだって好きになった人はいる。

 恋人になれそうなほど親しくなった人もいる。


 でも、残念ながら彼女達には地上に帰るべき場所があった。


 愛する祖国にあるべき御魂みたまを返す。


 時空保安官である熊吉に選択肢はなかった。


 中にはずっと忘れないと言ってくれるもいたが、どれほど渇望しようとその記憶を完全に留めることは許されない。


 朧気おぼろげな記憶は次第にその輪郭を失い、その思いは時の流れの中に沈んでいく。


 それを見届けることなくまた次の仕事がやってくる。


 そんなことを繰り返していれば、誰だって朴念仁ぼくねんじんになるだろう。


「よし、決めたぞ。あたしは例の話を受けることにした」


「なんだ、例の話って?」


「栄転って言うほどのもんじゃないんだが、少佐への昇任と同時に新設部隊の指揮を打診されている」


い話じゃないか。おめでとう」


「おまえもそう思うか。少し不安だったが、おまえとなら上手うまくやっていけそうだ。これからもよろしく頼むぞ、熊吉」


「???」


 本当に何も知らない熊吉の頭には特大の疑問符しか浮かばない。


「何がよろしくなんだ?」


「おまえ、聞いていないのか? 今度、第三警備区特別検査隊の隷下に新設される特別広域捜査遊撃分隊の名簿におまえの名も上がっていたぞ。あたしはてっきりおまえが知っていると思ってたんだが、違うのか?」


「初耳だ。それで、その特別広域捜査遊撃分隊ってのは何なんだ?」


「従来の陸上捜査、海上検査に、戦闘任務を付与した特殊部隊だ。管轄を問わず、遊撃的に事件を捜査すると共に、必要に応じて戦闘を実施、事件の早期解決を目指す、というのが新設の趣旨となる。戦闘官、警務官に加え、情報官や魔法官までもが配置される混成部隊だそうだ」


「誰の肝煎きもいりだ?」


「長官らしいな。規模の小さな警務部隊が肩身の狭い思いをしないようも部隊規模をそのままかくだけをあげるおつもりのようだ。司令は従来どおり小松中佐だが、おまえの上司である中村少佐は第三艦上捜査分隊の分隊長になる。第三警備区特別検査隊は四月の部隊改編によって、第三陸上捜査分隊、第三艦上捜査分隊、特別広域捜査遊撃分隊の三個分隊体制に生まれ変わる。おまえはこの改編で、特別広域捜査遊撃分隊へ配置換えとなる予定だ」


「色々と面倒そうな話だが、もうふねには乗らなくていいってことだよな?」


 ぶっちゃけ、海の上はもう飽きた。


 これからは地上でゆっくりするのもいいかもしれない。


ふねには従来どおり乗るぞ。艦上捜査第三十六班さんじゅうろっぱんが乗艦していた第六警備隊は、第一〇一号型輸送艦二隻の輸送隊と共に、特別遊撃警備隊を編制し、特別広域捜査遊撃分隊を支援する。呉から転籍してきた軽巡洋艦『八十島やそしま』がその旗艦をつとめることになる」


「中国からぶんどった軽巡じゃないか。まだ除籍されてなかったのか」


「除籍寸前で改修が認められた。資料では既に延命措置と大規模改修済みになっていたな」


「ってことは、大分前から計画されてたってことだよな」


「水面下で話を進めるには、除籍寸前の『八十島やそしま』が適当だったんだろ」


 熊吉には全てが寝耳に水だった。


 ここまで知らないことが多すぎると笑いすら込み上げてくる。


「で、俺はどのふねに乗ればいいんだ?」


「どれに乗りたい?」


「決められるのか? だったら『いかづち』にしてくれ。勝手を知ってるから何かと都合がい」


「まあ、検討しておくよ。さ、仕事するぞ、仕事」


 言うだけ言ってウラヌスは車を降りる。


「ま、一つよろしくお願いしますよ、分隊長」


 熊吉は独り呟いてから後に続いた。

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