Case File No.004-07

 榊原少佐は、査問用にもう一つの戦闘詳報用に部隊員の証言をまとめていた。


 警務官が捜査に来たと聞かされ、ひょっとしたらと思って持ってきたそのデータを、熊吉はスマホのmicroSDカードに落としてもらった。


 概要は榊原少佐から既に聞いているが、詳細はそれで確認してもらいたい、とのことなので突っ込んだ話はしていない。


 とりあえず、そこに何らかの手がかりがあることを信じるしかない。


 榊原少佐との面会は三十分程度で終わり、時刻はちょうど昼になった。


 榊原少佐は食堂での会食をすすめてくれたが、咲のこともあったので丁重に断って帰途きとにつく。


 関東陸上警備部庁舎別館から出たところで咲に電話を入れると、ちょうどこれから食事を摂ろうしていたところだった。


 待ってくれるというので合流して食事を摂ることにする。


 もちろん、そのまま徒歩で駅まで行こうとしたら、榊原少佐がやってきて隊の公用車で送ってもらえることになった。


 歩くと駅まで三〇分だが、車だとたったの八分だ。


 送ってくれた部隊員に礼を言って咲に電話を入れると、近くで待っていたのか、すぐにやってきてくれた。


「早いね。もう終わりなの?」


「ある意味、本当に終わったよ。結局、何も分からなかった」


「どういうこと?」


 恋人宣言をしたことで遠慮の無くなった咲は、コイツ何言ってんだ、みたな顔をしていた。


「まあ、そういう反応になるよね。ちゃんと話してあげるから、とりあえず何処かの店に入ろっか。何か食べたいものはある?」


「ラーメン! ラーメンが食べたい!」


 意外な答えが返ってきた。オシャレカフェでランチとかを想像していたので、熊吉はちょっと驚きを隠せなかった。


「ラーメンでいいの?」


「妖精ちゃんと一緒に食べてからはまってるんだ。ダメかな?」


「いいよ。それじゃあ、早速、食べに行こうか」


 オタ急マーケットの四階に日高屋があったのでそこに入る。


 昼時なので込んでいたが、タイミング良く二人用のテーブル席が空いたので、そこに座る。


 日高屋は地上と同じチェーン店だ。


 地上と同じ屋号を持つ店は、限りなく地上と同じ味を再現しているが、地上で食べたことのある人間に言わせると、かなり違うらしい。


 こちらの方が材料がいいのか、美味おいしいということだった。


「咲は何にするの?」


「野菜たっぷりタンメンの麺少なめと餃子ぎょうざかな。熊吉さんは?」


「バクダン炒め単品とチャーハン大盛り。仕事も終わったし、ついでにビールも飲んじゃおうかなぁ」


「あ、ずるい。私もレモンサワー飲みたい」


 という風に、飲みながら食事をすることになった。


 先にチャーハンとタンメンを片付けた二人は、キムチ、枝豆、やきとりの三品を追加し、バクダン炒めや餃子ぎょうざと共にシェアしながら飲み続ける。


「それで、何も分からなかったってどういうことなの?」


 二杯目の緑茶ハイを飲みながら咲が訊いてくる。


「琴美を助けた部隊員が何者かと入れ替わっていたらしい。でもって、そいつの正体は不明で手がかりもない。作戦終了後、いつの間にか姿を消したから追跡捜査も無理だ」


「つまり、何処どこの誰かもわからない謎のヒーローが琴美を助けてくれたってこと?」


「ついでに言えば、全滅寸前だった味方の窮地きゅうちも救った。さすがにそこで気付くやつもいたらしいけど、事情を聞こうとした時にはもういなかったということだ」


「何だか、本当に映画のヒーローみたいだね」


「俺もそう思うよ。でも、現実はそんなに甘くないだろうね」


「ただの善意じゃないってことね」


「残念ながらね」


 でも、何らかの思惑があったとしても不可解だ。


 潜入工作なら目立つ行動は控えるべきだったし、そもそも潜入する理由がよくわからない。


 基地への侵入が目的だったのなら、危険な任務に参加する意味もない。


 むしろ、全てが分かった上で、窮地を救う為に現れたと考える方がしっくり来る。


「でも、熊吉さんみたいな人もいるんだから、本当にただの善意かもしれないよ」


「俺は関係ないでしょ。善意とかって考えたことないし」


「だったら、私を助けてくれたのは下心からなの?」


「いや、そうじゃないけど、仕方なくって部分があったからなぁ」


 熊吉は正直に当時の気持ちを打ち明ける。


 助けてあげたい気持ちはあったが、仕方なくという思いも何処どこかにあった。


「仕方なく命がけで人を救ったりはしないよ。本当に嫌だったら断ればいいんだし」


「じゃあ、下心ありってことで」


「熊吉さんって、結構、照れ屋さんだよね。ちょっと可愛いかも」


 可愛いなんて言われたことがない熊吉は、どう反応していいか、分からなかった。


「酔ってる?」


「酔ってないよ。どうして?」


「急に可愛いなんて言うからさ」


「自分ではそう思わない?」


「うん、どっちかって言うとキモい方だと思う」


「全然、そんなことないよ。ってか、私の大好きな人をキモいとか言わない。そういうのやめるって約束したでしょ?」


「あまりモテたことがないから、もう癖みたいになってるんだよね。自己評価なんてそう簡単には変えられないよ」


 変えられたら、もう少し女性に対して積極的になれたのかもしれない。


 目の前にいるのも咲ではなかったのかもしれない。


 普段、情けなく思うことの多い自己評価の低さだが、もしそれが咲との出会いをもたらしたのなら、それほど悪いことにも思えない。


「まあ、すぐに変わるのは無理かもね。でも、熊吉さんはもっと自信もっていいと思うよ」


「気をつけるよ」


 昼間から飲み過ぎてもいけないので、二杯目を飲み終わったところで店を出た。


 オタ急マーケットの一階が『Otakyu PX』というスーパーマーケットになっていたのでついでに買い物もして帰ることにする。


 予定の電車には乗れなかったが、それでも家には十六時まで帰ることができた。


 その夜は二人きりだったが、特に何もないまま終わった。




 三月十五日、金曜日。


 普段どおり定時に登庁すると、事務所の中がやけに物々しくなっていた。


 いつもはまったりと課業始めの時間を待つ人達がやけに慌ただしく動いている。


 何処どこかに電話をかけていたらしい中村少佐が受話器を置くタイミングで、挨拶がてら訊いてみる。


「おはようございます。何かあったんですか?」


「おはよう。朝から慌ただしくしてすまんな。ちょっと問題が起こって対応に追われている。それより、昨日の捜査研修はどうだったんだ? 何か成果はあったのか?」


「それが少し妙な話になりまして……」


 熊吉は周囲に誰もいないのを確認して、中村少佐に全てを打ち明けた。


「なるほど妙な話だな」


「榊原少佐に他言はしないという約束をしてしまったので、どうかご内密にお願いしますね」


「山田君は捜査研修に行ったんだ。今のは研修中の話だろ? 違うのか?」


 このさらりと流してくれる感じが、いきなところだ。


 必ず、ご一緒にポテトという感覚で嫌味を言ってくる小松司令とは一味(ひとあじ)違う。


「やっぱり、班長は話せますね」


おだてたって何も出ないぞ……と言いたところだが今日は別だ」


「何か、くれるんですか?」


「仕事をやる。横浜の倉庫街で特定危険生物の密輸だ。黒横浜税関から通報と協力要請があった。陸上捜査第三班が対応に向かったが、山田君も応援としてすぐに向かってくれ」


「それは構いませんが、特定危険生物ってどんな奴ですか?」


「第三六七世界で殲滅したデモフという魔物の卵だと聞いている」


「偶然ですよね?」


「だといいな。とにかく危険なんで、休暇中だった第一〇九機動警備兵団の戦闘官を呼び出して待機させているらしい」


「なんか、聞くたびに不安になる言葉が飛び出しますね」


「そう思うから、西大尉だと敢えて言わなかったのだがな」


「やっぱ、ウラヌスさんかぁ……」


 デモフは強力な魔物だが、ウラヌスさんの相手ではないだろう。


 それは問題ない。


 あるとすれば、休暇中に呼び出されたことだけだ。


 きっと不機嫌になっているに違いない。正直、あまり会いたくはない。


警邏車パトカーは全部出払ってるから、移動は電車を使ってくれ」


「時間かかりますけどいいんですか?」


「元々、手が足りてるから飽くまでも万が一の為の保険だ。間に合わなかったらそれでいいから散歩がてら行って来い。ついでに、集められている連中から第三六七世界の話が聞けるかもしれんぞ」


「そういうことなら行って来ます」


「ああ、くれぐれも気をつけてな」


「了解です」


 デモフの卵の発見が偶然とは思えなかった。


 ロッカールームで戦闘服に着替えた熊吉は、武器庫で装備を受け取り、任務行動中の腕章をつけて京急裏田浦うらたうら駅へと向かった。

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