Case File No.004-04

 琴美が余計なことを咲に言ったせいで咲が立ち去って二時間。


 琴美と付近を捜索したが、見つからなかった為、とりあえず部屋に戻って飯を食うことにする。


 咲のことは心配だったが、財布を持っていたし、その気になれば何処どこかに泊まることもできる。


 琴美をナンパ男から護ったように、自分の身を護ることもできるから、一人になっても危険ということはないだろう。


 とりあえず、二人で部屋に戻って、咲が作った料理を温め直す。


 今日の献立こんだては銀ダラの煮付け、小松菜のおひたし、五目豆ごもくまめ若布わかめと油揚げの味噌汁、浅蜊あさりの炊き込みご飯だ。


 これにはし休めとして、胡瓜きゅうりの一本漬けを切って終わりだ。


「咲さん、待たなくていいのかな……?」


 炬燵こたつの上に並んだ料理を前に琴美が呟く。


「食べてれば、そのうち帰って来るかもしれない。さあ、おなかいただろ。冷めないうちに食べてしまおう」


「落ち着いてるね。心配じゃないの?」


「咲ちゃんはああ見えて大人だからな。最近、ちょっと色んなことがあったし、気分を変えに出かけたのかもしれない」


「ごめんね。あたしが変なこと言ったから……」


「俺も少し咲ちゃんの優しさに甘えすぎていた気がする。琴美だけが悪いわけじゃないよ。とりあえず、この話はおしまいだ。一緒にいただきますして、ご飯を食べよう」


 二人同時にいただきますを言って料理を食べ始める。


 相変わらず咲の料理は美味おいしい。


 所謂いわゆる、おふくろの味というやつだが、腕前はおふくろどころか料亭の味に近い。


 でも、何処どこか懐かしく愛情の感じられる味だ。


「咲さんの料理、やっぱおいしいね。あたしは、いつもコンビニだからさ。こういうのに憧れてたんだ」


「琴美は一人で住んでいるのか?」


「中三の時に、異世界の奴らに拉致らちられて、散々、輪姦まわされてから、やられてる最中に首締めて殺された。それから、異世界に転生して、なんかよくわかんない化け物と戦えって言われてさ。結構、頑張ってそいつらを倒してたんだけどね。ある日、そいつらに捕まって、めちゃくちゃにされて、何度も卵を産み付けられたんだ……」


 重い話を琴美は淡々と語る。


 とかく成功者ばかりの話が目立つ異世界転生だが、当然、失敗して地獄を見る者も存在する。


 いや、むしろ、実際はその方が多い。


 ただ、そのまま地上に返しても、魂魄に刻みつけられた陰惨な恐怖の記憶に耐えられないので、送還時に記憶の消去や改竄かいざんが行われる。


 また、そういう転生者は短期転生者の場合が多く、時間遡行そこう帰還が許される。


 帰還後、魂魄のきずを穴埋めする為にわざと残された記憶を、彼らは改竄かいざんされたものだと気付くことなく、己のインスピレーションだと信じて面白おかしく書き散らす。


 これが昨今、巷間に溢れる小説の正体である。


 本物は琴美のように、受け止めることの出来る人間のみが書くことができるのだろうが、彼らが真実を書くことはまずないだろう。


「ごめん、食事中にする話じゃないよね……」


 と言われて、熊吉はどう答えを返すべきか、わからなかった。


 詳しく話を聞く勇気もなかった。


 ウラヌスを含む戦闘官は、場合によってそういう現場に踏む込むこともある。


 カリュータのホテルで一緒に待っている間、色々な話を聞かせてもらったが、歴戦の英雄が揃う第一〇九機動警備兵団の戦闘官でさえ吐き戻すほどの光景を見ることもあるらしい。


 救出時、琴美がどのような状態であったかはわからないが、きっとそれに近い光景が広がっていただろう。


「今は何してるの?」


「ちゃんと学生やってる。坂の上の女子校に通ってる」


「坂の上って、中津横須賀女子高等学校のこと?」


「そこ。っていうか、女子校ってそこしかないし」


「共学も選べたんじゃないの?」


「あたし、男の人、苦手だから……」


 熊吉はちょっと配慮が足りなかったことに気付いた。


 きっと、ナンパ男とのトラブルもそれが引き金となったのだろう。


 軽そうな見た目だからと声をかけたが、実際は男性恐怖症で相手にされず、相手がその態度に逆上したといったところか。


 そこに人の心が読める咲が偶然通りかかって解決したのだとすれば納得できる。


「男の人が苦手だったら、俺もダメなんじゃないの?」


「そうなんだよねぇ。でも、クマさんはなんか平気かな」


「どうして?」


「よくわかんない。ひょっとしたら、あたしを助けてくれた人に似てるのかも」


「それって、転生した世界で救出された時の話?」


「うん。でも、あの時のあたしはボロボロで目も見えなかったからさ。声もほとんど聞き取れないあたしを抱きしめて、生きていてくれてありがとう、って言ってくれたんだ。こっちの病院で目覚めて、記憶を消すか聞かれたんだけど、あの時の声と言葉がどうしても忘れられなくって消せなかった」


 何処どこの戦闘官だろうか。


 中津横須賀に運ばれたのだとしたら、所属は中津横須賀の部隊だ。

 それも、異世界で行動する機動警備兵団ということになる。


 ちょっと調べればすぐにわかりそうな気がした。


「もし会えるならその人に会いたい?」


「会えるの!」


 琴美は身を乗り出してくる。


「確約は出来ないけど、さがすことはできるよ」


「ほんとに! やったー!」


 無邪気に喜ぶ琴美は、すっかり咲のことを忘れているようだった。

 遠慮して進まなかったはしが急に動き始める。


 地上で殺された琴美はもう地上に戻れない。


 全てをリセットして地上への転生するか、本来寿命が尽きるまで中津日本なかつひのもとで暮らすかの選択を迫られ、後者を選んだ。


 その理由が助けてくれた人にもう一度会う為だとしたら、この喜びようも理解できる。


「さっきも言ったけど、絶対に会えるってわけじゃないからね」


「わかってるよ。でも、クマさん、いい人そうだから大丈夫でしょ」


「ま、やれるだけやってみるよ」


 という感じで、熊吉は琴美を助けた戦闘官を捜すことになった。


 新たな事件はこうして静かに幕開けたのだった。




 三月十三日、水曜日。


 結局、咲は帰ってこなかった。

 琴美もあの後すぐに帰っていった。


 自分以外、誰もいない部屋に妙な新鮮さと虚しさを覚えつつ、昨日の残り物を中心に朝飯を食べて出勤する。


 載るふねのない艦上警務官と言ってもちゃんと仕事はある。

 だが、事件が起こらないと暇なのは確かだ。


 昨日の夜、琴美から救出された日付を教えてもらったので、資料室で該当する事件記録を当たる。


 昔は膨大な紙の資料の中から探さなければならなかったが、今はパソコンの中に電子情報として管理されているので、日付とキーワードを打ち込めば絞り込める。


 日付と琴美のフルネームである遠藤琴美を入れただけで該当する事件が見つかった。


 資料作成は、第一〇三機動警備兵団第三警備旅団司令部となっていた。


 その隷下部隊の一つである第三捜索救助連隊第五大隊が行った救助作戦に関する資料のようだ。


 添付てんぷ資料として救助時の画像があったが、まずは事件概要から読んでいく。


「最低だな……」


 サディスティックな神々の遊びが全ての原因だった。


 二人の兄弟神が地上をゲーム盤にして遊び半分に二つの勢力を競わせていた。


 一つは人間、もう一つは見るもおぞましい異形の化け物デモフ。


 デモフは人間の女性を犯し、子宮内に卵を産み付けて繁殖する、よくあるイカれた神好みの設定がされていた。


 人間以上の恐ろしい能力を持つデモフは、人間達の勢力をまたたく間に脅かしてしまった。


 弟神のしかけた戦争ゲームにより自らが創った人間を駆逐された兄神は激怒し、これに対抗する為、別世界から拉致らちした人間に特別な加護を与えてデモフと戦わせた。


 この時、兄神が地球に派遣した拉致らち部隊によって、琴美は拉致らちされた。拉致らちされた時、琴美は友人と一緒にいたが、彼氏を含む男友達三人はすぐに殺されている。


 女友達二人と彼女だけが、その後、一週間にわたって激しく輪姦され、挿入されたまま首を絞められて殺された。


 これだけでも胸糞が悪くなる話だが、転生先で戦うことを拒否した女友達の一人は、人類共有財産という名の性奴隷にされたらしい。


 彼ら六名は、約半年後に救助されるのだが、この娘はそれまでの間に、一日平均五十六人、のべ人数一万人の相手をさせられている。


 彼女を助け出したければ戦えと命じられた残り五人は必死になって戦ったようだ。


 特に奴隷になった女の子の彼氏は、リーダーとして先頭に立って戦った。


 運動系の部活に入っていた彼は極めて優秀で、他の四人を纏めて上手うまく戦っていた。彼らの活躍で人類は少しずつ勢いを取り戻していった。


 だが、これに弟神が反発し、対転生者用の新たなデモフを投入した。


 彼らはその初めての犠牲者となった。


 リーダーも含め男友達三人は惨殺されてそのデモフの胃袋に納められた。


 残った琴美と女友達はデモフの巣に連れて行かれ、そこでデモフの玩具おもちゃ兼繁殖道具となった。


 それから二ヶ月後、地球に派遣されていた拉致らち部隊が、地上監視隊と警務官によって逮捕。


 そこから拉致らち事件と、その世界の存在が明らかとなる。


 事件を知った時空保安庁はすぐに対処した。


 まず、異世界派遣監視団の部隊を派遣。

 その内定調査によって琴美達の存在が判明。


 第三捜索救助連隊第五大隊を救出部隊として派遣。


 同部隊はデモフの魂魄に取り込まれていた男子三名の魂魄を解放すると共に、どうにか生き延びていた女子三名を救出することに成功。


 一連の報告を受け、事態を重く見た出雲いずも議会は、外交ルートを通じて兄弟神に抗議。


 主神として謝罪する兄に対し、弟は謝罪を拒否。


 その後、兄神との単独協議で、弟神の討滅許可を得る。


 二日後、出雲いずも議会による邪神認定。


 翌日、第一〇九機動警備兵団を中心とする討滅部隊発足。


 出雲いずもからも素戔嗚尊すさのおのみことが派遣され、討滅を開始。


 兄神の協力により、全てのデモフを依り代に弟神を降臨。


 素戔嗚尊すさのおのみこと率いる討滅部隊は八時間の死闘の末にこれを完全討滅となっている。


 素戔嗚尊すさのおのみことが所有する神剣『天羽々斬あめのはばきり』は対幻想種武装の代表である。


 神に準ずる力を持つ幻想種さえ斬り裂く『天羽々斬あめのはばきり』が、出来損ないの異世界神に通じぬはずはない。


 本体は一刀のもとに斬り捨てられ、弟神を巻き込んで消滅したと戦闘詳報には記述されている。


「やけにあっさり片付けられてるな」


 というのが正直な感想だった。


 邪神は普通、もっと手強いもののはずだ。


 なのに、一刀で終わるなんてことが本当にあり得るのだろうか。


 戦闘時間の八時間も、その大半は飛び散ったデモフの残党狩りだったと書かれている。


 正直、大事になった割に幕引きが呆気なさ過ぎる。


添付てんぷ資料かぁ……」


 被害者救出時と書かれた画像フォルダにカーソルを合わせたままマウスを持つ手の指が動かなくなる。


「ま、関係ないし、いっか……」


 熊吉は全ての資料ファイルを閉じて、作業を終わらせる。


 その後は自分の席に戻り、仕事を再開すると、班長の中村少佐が声をかけてきた。


「ずいぶん長いこと資料室にこもってたな。何を調べてたんだ?」


 司令の小松中佐と違って中村少佐は無闇に怒る人ではない。


 熊吉は昨日会った琴美のことも含めて全ての事情を素直に打ち明けた。


「そういうことなら、明日にでも、第三警備旅団司令部のある神座間しんざま基地に行って来い」


「いいんですか?」


「研修ということにしておいてやる。その代わりに捜査結果は随時報告しろよ」


「ありがとうございます」


「お礼はそいつが見つかってからにしろ」


 やはり、中村少佐は話せる人だ。


 これで思ったよりも早く目的を遂げられるかもしれない。


 などと、もうすっかり終わった気になった熊吉は、ぼんやりと咲の顔を思い出し始めていた。

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