Case File No.004 『静かなる戦争の行方』

Case File No.004-01

 約二週間の異世界勤務を終えて中津横須賀なかつよこすかに戻ったら月が変わっていた。


 中津日本なかつひのもとを含む霊海には、肉体を持って入ることはできない。


 肉体を持っている人間が転移点を通過すると、その肉体は消滅し、その情報は霊子イーセロンへと書き換えられる。


 つまり、一度死ぬことになるのだが、霊子イーセロンで作られた仮の肉体は生前の肉体との間に全く誤差がない。


 面倒なので、熊吉はそれらのことを一切いっさい話さなかった。


 入港後、車で連れて行った黒横浜くろよこはまの入国管理センターで、彼らは初めて入国管理官から詳しい話を聞かされることになった。


 でも、誰一人、動じなかった。


 死んだと聞かされて動じる人間も多いのに、死んだからと言って生前と何も変わらないという説明を受けると、簡単に納得してしまった。


 ガーランは、面白ければどうでもい、と言うし、ミラウは、熊吉のそばにいられるのなら死はいとわない、と言うし、巫女みこ達は、リョーガ様の為に命を捧げるのなら本望です、と言って、皆、死んだことに対する抵抗は皆無のようだった。


 それから健康診断や面接をて、仮入国の許可が降りた。


 仮入国中は、入国管理センターから出ることができない。


 諸注意を含め、あとのことは全て所員に任せて、同行した佐倉少尉と共に中津横須賀なかつよこすかへ帰投する。


 熊吉は佐倉少尉と共に三特検さんとっけん司令部に顔を出した。


 まずは、艦上捜査第三十六班さんじゅうろっぱんの班長である中村少佐と、隊司令の小松中佐に帰投の挨拶を済ませる。


 色々あったので怒られるかと思ったが、二人とも口頭での報告を上機嫌で聞いてくれた。


「まあ、とにかく、無事に帰って来られて何よりだ」


 と労をねぎらうだけの小松中佐に、熊吉と佐倉少尉は互いに顔を見合わせる。


「犯人の確保も出来ず、事件の全容もつかめず、その上、面倒な移民者まで連れて来たのに?」


 ニコニコする小松中佐に、熊吉が訊いた。


「あのクソ忌々いまいましい異世界派遣監視団に大きな貸しを作っただけで、充分過ぎるほどの大金星だよ。あー、本当に気分がい。昨日、中央監査室と共に団司令部にガサ入れした時のあいつらの顔ったらなかったな。今思い出しても笑いが込み上げてくる」


 異世界派遣監視団は何かにつけて三特検さんとっけんを便利に使ってきた。


 そのやり方には、腹に据えかねるものがあったことは確かだ。


 でも、現場としてはそこまで痛烈な嫌悪感はない。


 熊吉達にはわからない上どうしのやりとりがあったのかもしれない。


「元々、この仕事はうちが手を着けるようなものじゃなかった。それを無理矢理、押しつけてきて、結果、身内の不祥事が明るみに出たんだ。中央監査も入ったことだし、これで当面、やつらは我々に対し頭が上がらないだろうな」


 中村少佐も小松中佐の左横で笑ってみせる。


「それと、移民者の件だが、二名が戦闘官として入庁を希望だということだそうだな?」


「はい、どちらも適性は充分かと思います」


「護衛の西大尉からの推薦もあって、この二名はほぼ採用が決定している。入国管理センターでの研修が終わり次第、闇武山やみたけやま時保校じほこう闇武山やみたけやま分校に入校してもらうつもりだ。当面は、寮生活となるが、外出規制は特にないのでたまに会ってやるといいだろう」


 時保校じほこうの正式名称は時空保安学校だ。


 中津日本なかつひのもとには本校の他に五つの分校がある。

 闇武山やみたけやま分校はその一つである。


「残りの六名についても入庁希望でしたが、そちらはどうなりそうですか?」


「残り六名は衛生魔法官としての適性があった為、看護師として採用し、時空保安庁中津横須賀なかつよこすか病院で働いてもらう予定でいる。こちらも入国管理センターでの研修が終わり次第、凍京とうきょうの時空保安庁中央病院付属衛生学校に入校という流れになるだろう」


「つまり、全員入庁で移民申請も通るということですね?」


「向こうの神との折衝せっしょうがまだ終わっていないが、建御雷神タケミカヅチノカミ様が直接交渉におもむかれたので十中八九問題はないだろう」


 心配していたことが一気に片付き、熊吉と佐倉少尉は深い安堵あんどの息を漏らす。


「まあ、色々あっておまえ達も疲れただろう。今のところ、警備区内で事件は発生していない。しばらく休みをやるからゆっくり休むといい」


 小松中佐の一言で休暇が決定した。


 明日から一週間の休んでいいということになったが、その前に報告書をあげろと言われ、熊吉と佐倉少尉は残業してそれを書き上げた。




 『いかづち』の中である程度まとめていたとはいえ、報告書を作成する為に二時間くらいの残業をして家に帰ると、当然のように咲が出迎えてくれた。


 金髪碧眼の元女神様は相変わらず綺麗だったが、それ以上に誰かが家にいて出迎えてくれることに熊吉は感動を覚える。


「お帰りなさいませ。ご飯と、お風呂、どちらを先になさいますか?」


 どうやら、そこに咲という選択肢はないようだ。まあ、あっても困るだけだが、それにしても手際がい。何も連絡せずに帰ったのに、ご飯もお風呂もちゃんと用意されている。誰から帰ってくる時間を聞いたのだろうか。


「相変わらず用意がいね。ひょっとして、誰かから帰ってくる時間を教えてもらった?」


「妖精ちゃんが教えてくれました。噂好きの精霊を張り付かせておいたから、帰る頃になったら教えてあげるって」


 と、咲は熊吉の手から鞄を受け取る。


「ひょっとして今日もいるの?」


 熊吉は靴を脱いで部屋に上がる。


「はい。先にご飯を食べてゲームをやってます」


 締め切ったふすまの向こうからゲームの音が聞こえてくる。


 確かに妖精ちゃんがいるようだ。


「それで、ご飯とお風呂はどちらを先になさいますか?」


「お風呂を先にしようかな」


「では、お背中をお流ししますね」


 どうせ服を着たまま背中を洗うのだろうと思って敢えて何も言わず脱衣所に行って服を脱ぎ始めると、咲も一緒になって服を脱いでいた。


「え!? 咲ちゃん、何やってるの?」


「何って、服を脱いでいるんですが……」


 気がついたらもう下着姿だ。


 身につけているのはレースをあしらった高級感溢れる白い下着だ。


 何となく見られるのを意識していたような気がするのは熊吉の気のせいだろうか。


「そこまでしてくれなくていいよ。それとも一緒に入りたいの?」


 熊吉が意地悪く訊くと、咲は照れながら小さくうなずいた。


「ダメですか?」


 と上目遣いに言われて、ダメと言えるほどの熊吉は我慢強くなかった。


 結局、熊吉は神々が夢中になった咲の肢体したいを拝むことになった。

 でもって、背中だけでなく体の隅々すみずみまで洗ってもらった。


 お礼に咲の背中を流してあげると、私は背中だけですか、と言われたが、洗い方が分からないから、と言ってかわし、湯船に逃げる。


 咲は、そんな熊吉をのがすまいと、手早く洗って湯船に入ってきた。


「失礼します」


 狭い湯船に重なるように入ったので、たっぷり張ったお湯が流れる。


「誰かと一緒に入るのって、小さい頃、お母さんと入って以来になります」


 形の良い咲のお尻がももの上に乗る。


 プニッとした感触を受けて、愚息てぃんこがおっきしそうになる。


 どうにか抑える為にお父さんモードになりきる。

 自分はお父さんだと言い聞かせる。


「お父さんとは入らなかったの?」


「お父さんとは、今、入ってます」


 と言って、咲は熊吉の胸に体を預ける。


 より密着する体からは風呂の湯とは違う温もりが伝わってくる。


「歳はそれほど違わないんだから、せめてお兄さんくらいにして欲しいな」


「お母さんも、父のことはお父さんって言っていましたよ。だから、お父さんでいんです」


 咲は熊吉の手を取って自分を抱えさせるように体の前に置く。


 幸せそうなその顔を見ていると大切にしたい、と心の底から思った。

 今まで不幸だった分、幸せにしてやりたいと思った。


 だから、熊吉はミラウのことを黙っていられなかった。


「実は……」


 咲は入庁していない一般人だ。

 任務のことは一切話すことはできない。


 熊吉は誤解を招かないように、話せる部分をかいつまんで丁寧に説明した。


 でも、要約すると、出張先で新しい女が出来てその女に結婚を迫られている、ということにしかならなかった。


 話の途中でそのことに気付いた熊吉だったが、完全にあとの祭りだった。


「で、熊吉さんはその方をどうするおつもりなんですか?」


 全てを聞き終わった咲の声には、はっきりとした怒りが感じられた。


「どうするって言われても、困ってるとしか……」


 熊吉の煮え切らない答えを聞いた咲は大きな溜息をいた。


「お先にあがらせてもらいますね」


 ニコッと微笑ほほえんで湯船を出る咲は、シャワーで汗を流し、そのまま風呂場から出て行ってしまった。


「やっちまったかな……」


 と思いつつ、怖くてすぐに上がれない熊吉は、逆上のぼせる寸前まで長湯してしまった。


 風呂場を出ると、冷え切ったご飯が用意してあった。


 帰ってきた時に用意してあった豪華なおかずは全て下げられ、代わりに小さなやっこの入った小鉢と目刺めざしが一匹載っただけの皿が置かれていた。


 その横には、先に休みますのでご飯とお味噌汁はご自分でお願いします、と書かれたメモが茶碗と共に置かれていた。


 二〇一九年三月一日、金曜日。


 熊吉が十日間の連続休暇に入る前夜のことであった。

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