Case File No.003-15

 事件は解決し、アルザカの奇跡ことステータスウィンドウは元に戻った。


 主神アルザカへの祈りも届くようになった。


 秘め事の間にいた巫女みこ達も解放され、賠償金という名の口止め料をもらって、それぞれの故郷くにへと帰っていった。


 主犯は逃がしたものの、行方不明になっていた佐倉中尉達とも合流できて一件落着。


 少なくとも当初の目的以上の仕事はこなしたはずだった。


 でも、色々と問題が生じた為に、熊吉達は未だに帰れずにいる。


 一つ目の問題は、解放された巫女みこ達のうちの六人が、佐倉少尉に惚れ込み、カリュータまでついてきてしまったことである。


 馬車の中だけでなく、カリュータに着いてからも熱心に説得したが、リョーガ様について行きます、と言って聞かなかった。


 結局、最後は情が移った佐倉少尉が、自ら責任を取る形で同行を許可することになった。


 二つ目の問題は、ガーランことガーラン・ジャルドーが、妙に熊吉達のことを気に入ってしまい、契約の延長を迫ったことだ。


 現地採用協力員が、契約の延長を願い出ることは珍しくないが、ガーランの場合は、今後とも熊吉やウラヌスと旅をしたり、戦ったりしたいというものだったので問題になったのだ。


 要するに、巫女みこ達を連れて行くのならついでに連れて行け、ということなのだが、巫女みこ達同様、世界を越える移動には様々な問題が絡んでくる。


 ただ、ガーランは有能すぎる逸材だ。

 その戦闘力は戦闘官として貢献できる可能性が高い。


 なので、中津日本なかつひのもとへの移民申請は巫女みこ達より通る可能性が高い。


 三つ目の問題は、元騎士団長ミラウ・ゼルアル・ディーフェについてだ。


 熊吉と結婚する為に、死を擬装して騎士団長の職を辞した彼女が、ついてこないわけがなかった。


 まあ巫女みこさえ連れて行くことになるのだから、それは仕方がない。

 それに、彼女もガーラン同様、優秀な戦闘官として採用される可能性は高い。


 問題は彼女が結婚に並々ならぬこだわりを持っているということだ。


 咲が待っていることを伝えても、正室でなくとも良い、と言って譲らない。


 ウラヌスには、おめでとう、と言って蹴られるし、佐倉少尉には、自分だけ逃げようとしてもダメですからね、と言われて変な仲間意識をもたれるし、よくわからない状況になって困惑する熊吉だった。


 そんなこんなで当初の人数よりも多い帰還となったのだが、回収してくれるはずだった警備艦『ひびき』はUFOからの攻撃を受けて本当に撤退していた。


 代わりに伊号第三六一号型潜水艦の七番艦である伊号第三六七号潜水艦が人員回収の為に派遣され、付近の海をフローティング・アンテナを出しながら潜航してくれていた。


 戦時中の伊号第三六一号型潜水艦は、当初計画時の人員輸送能力を捨てて物資輸送専門の輸送潜水艦であったが、戦後、時空保安庁のものとなってからは人員輸送能力を復活させている。


 最大で一個警備小隊、四十三名とその装備、及び、陸上において一個警備小隊が十日間行動可能とする物資を運搬することができる。


 だが、派遣された伊三六七号潜には、万が一に備えて、小隊長、小隊軍曹、通信員を含む三個警備分隊、三十三名が乗艦していたので、輸送できる人員は十名に限定されてしまった。


 乗組員の空きベッドを使っても増やせるのは四人程度ということだったので、二式の操縦員三名と横陸警よこりっけいの一個警備分隊十名を先に送ってもらうことにする。


 通信能力の弱い潜水艦では、魔法官の力を借りても世界を越える通信は行えない。


 熊吉は先任士官であった二式の機長に、簡単にまとめた報告書を託し、三特検からの指示と回収部隊の派遣を待った。


 タルグ地区の外れにある例の宿に泊まって一週間目の朝。


 熊吉の長距離無線機に待ちに待った通信が入った。


 回収に来たのは『ひびき』ではなく、修理を終えた『いかづち』の方だった。


「警務官さん、御無事ですか?」


 久々に聞く真雪ちゃんの声に熊吉は妙な安心感を覚えた。


「今から回収に向かいます。作業艇を降ろしますので、港の方まで来ていただけますか?」


 作業艇は内火艇ないかていよりも大きい艦載艇だ。

 『いかづち』には内火艇と作業艇が一艇ずつ搭載されている。


 昔は、どちらも内火艇うちびていと呼んでいた。


 ちなみに、一般には艦載艇だが、帝国海軍における正式名称は装載艇そうさいていである。


 時空保安庁でも黎明期れいめいきは、その呼称が使われたが、海上自衛隊の発足ほっそくと共に地上との名称統一が図られ、現在に至っている。


「港に作業艇をつけるんですか? 不味まずくないですか?」


「現地人に見られることを心配してるんですか? そんなの、魔法の船ですとかって言っておけばいいですよ」


「え、でも、一般行動規範が……」


 時空保安庁の行動規範に従えば、現地の技術水準を超える乗り物での接触はなるべく控えるようにしなければならない。


 まあ、なるべくなので絶対にというわけではないが、異世界文明への影響を極力少なくする意味は大きいので、普通に破ると怒られるだけでは済まなかったりする。


「怒られるのは慣れてるんで気にしないで下さい。それよりも、今は警務官さん達の回収の方が優先です。奥様にも、くれぐれもよろしくお願いします、と強く念を押されていますし」


「奥様?」


「中央でお会いした時、妖精ちゃんがそう紹介しれくれたんですが、まだ入籍はされていなかったのですか?」


「それって咲ちゃんのことですよね? 入籍も何も、俺達はまだそういう関係では……」


「またまたぁ。恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ。とにかく、迎えの作業艇を送るので港での待機をお願いします」


「あ、ちょっと……」


 通信が切られる。


 熊吉の部屋に来ていたウラヌスと佐倉少尉が通話内容を聞きたげに視線を送ってくる。


「警備艦『いかづち』が到着した。今から作業艇を送るので港まで来て欲しいそうだ」


 熊吉の言葉に二人とも安堵あんどの息を漏らす。


「やっと帰れるんですね」


「長かったな」


 巫女みことやりまくっていただけのイケメンと、飲み歩いていただけの元障害競走馬が何を言ってるんだ、という言葉をぐっと飲み込んだ熊吉は、別室で待機中のガーラン達にも声をかけ、皆で一緒に港に向かった。


 港に行くと、亀甲縛りも上手じょうずな運用科の相沢二等兵曹が作業艇長となって迎えに来てくれていた。


 艇首バウに立つ艇首見張り員バウメンはマッチョこと松本上等兵、艇尾スタンに立つ機関長は機関科の我妻あがつま兵長という、いつもの顔触れだった。


 作業艇の運用は、大体、この三人が行っている。


「またずいぶんと美人さんを引き連れてるじゃないすか」


 係留用のロープ艇首ていしゅ側で引っ張るマッチョに冷やかされる。


「マッチョほどじゃないよ」


 と返したら、豪快に笑われた。


 マッチョは美人じゃないが、愛嬌のある顔をしているし、性格も良い。


 普通に可愛いかっこうも似合うし、化粧をすればモテそうなのだが、本人はモテないと思っているらしく、この手の褒め言葉を言っても本気には受け取らない。


「さあ、早く乗ってください」


 相沢二曹にうながされ、一番下の階級になる佐倉少尉が乗り込み、移民希望組のメンバーに手を貸す。


 ウラヌスと熊吉は彼らが全て乗り終わってから乗り込んだ。


「全員、乗りましたね?」


 舵輪だりんを握る相沢二曹が、振り向きながら艇後部にいる熊吉達に呼びかける。


「ああ。全員、乗った。出してくれ」


 熊吉が返事をすると、相沢二曹は艇首ていしゅ側の岸壁にいるマッチョに向かって叫んだ。


艇首おもて、放せ!」


艇首おもて、放した!」


 マッチョがロープを艇内に向けて放り投げ、艇首ていしゅに飛び乗る。


 飛び乗ったマッチョは、爪竿つめざおと言われる先端に鉤爪かぎづめのついた竿で岸壁を押す。


 作業艇の艇首ていしゅがゆっくりと岸壁を離れる。


艇尾とも、放せ!」


艇尾とも、放した!」


 艇尾とも側でロープを持っていた我妻あがつま兵長がロープを放り投げ、艇尾ていびに乗り込む。


 先程、マッチョがしたように我妻あがつま兵長が爪竿つめざおで岸壁を押すと、相沢二曹はクラッチを入れてスロットルを前進方向に倒した。


 スクリュープロペラが正回転し、作業艇が走り出す。


「早い船だな。魔法で動いてるのか?」


 ガーランが興味ありげに訊いてくる。


「正確には違うが、今はそういうことにしておいてくれ」


「なんだそりゃ?」


「魔法を使っていないって言ってもわからないだろ?」


「馬鹿にするな。魔法を使っていないのなら機械仕掛けってことだろ? すごい、技術だな」


「ガーランって意外に頭が良かったんだな」


 いや、柔軟な思考ができると言うべきだろうか。


 とにかく、熊吉が見直したことだけは確かである。


「なぁ、これって訓練したら俺も操れるようになれるのか?」


「興味があるのか?」


「子供の頃、飛空船の操縦士になりたいって思ってたんだ。結局、魔法適性がないことがわかってあきらめたけどな」


 ガーランはちょっと寂しげに笑う。


「だったら、色々な操縦資格をとればいい。これから行く世界は、魔法が無くても空が飛べる機械技術がある。その気があれば、子供の時の夢も叶うかもしれないぞ」


「やっぱ、おまえらについていって正解だったな。色々、面白いことが出来て、退屈せずに済みそうだ」


 ガーランは嬉しそうに熊吉の肩を叩く。


「前に説明したが、移民申請が通るかどうかはわからない。通らない場合は、また、この世界に戻ってくることになるぞ」


「それについては心配していないな。おまえ、女に弱そうだからな」


 と、ガーランは熊吉にぴったりと寄り添うミラウに視線を向ける。


 その視線に気付いたミラウが険のある目つきでガーランを見る。


「なんだ、ガーラン。何か言いたそうだな」


「いや、別に。なんでもねぇよ」


 ガーランは反対側に立つウラヌスのところに行ってしまう。


 今のところ、ガーランとミラウの仲は悪くはない。


 ただ、独占欲の強いミラウに辟易へきえきしている部分はあると思う。

 まあ、その対象である熊吉ほどではないが、ここ数日ですっかり呆れているのは確かだ。


「私は正室殿と上手うまくやっていけるだろうか……」


 二人きりになったところでミラウが呟く。


「正室というわけじゃないが、まあ、連れて行ったら驚くだろうな」


「正室殿はお優しい方なのだろう?」


「まあな。でも、やっぱり怒るような気がするな」


 というか、確実に怒るだろう。


 まだ恋人という関係かどうかもわからないが、好意を持たれていることくらいはわかる。


 少なくともい顔はしないだろう。


たしか、正室殿は元女神なんだよな」


「いや、元じゃなくて今も女神だ。女神としての力は失っていないはずだ。でも、それがどうしたんだ?」


「いや、戦闘になった時のことを想定しておこうと思ったのだが、さすがの私も女神が相手では勝ち目がないな」


「勝ち目を考える前に仲良くする方法を考えてくれ」


 問題は山のように積み上げられている。


 だが、ガーランもミラウも非常に前向きだ。

 移民申請が通らないことなど全く想定していない。


 佐倉少尉と無邪気にたわむれる巫女みこ達を含め、誰一人、この先のことを不安に思っていない。


 そんな彼らの期待に応える為に、やれるだけのことはやってやろう。


 決意を新たにする熊吉であった。

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