Case File No.003-12

 光野菊ひかりのぎくの庭園の先にその小さな神殿はあった。


 その神殿を含む大神殿の真後ろは湖になっていて隔てる壁は存在しない。


 大神殿の最奥部は、湖と、直接、接するほとりとなっていて、波打ち際には波戸はともあり、船が泊まっている。


 そこに二式大艇US-2改の姿もあった。


 野中三曹が入手した情報どおり、この小さな神殿の内部に佐倉少尉達は軟禁されているのだろう。


「ここに秘め事の間があるのか?」


 ウラヌス達に支えられた熊吉が、誰にともなく訊いた。


「そうだ。この内殿に秘め事の間がある」


 説明してくれたのはミラウだ。


 折られた聖剣と被っていた兜を部下に渡した彼女は、部下達を下がらせて熊吉達を追いかけてきた。


 ガーランの情報どおり、兜の下は美人だった。

 紅い髪と瞳を持つ、気の強そうな顔立ちの美人だ。


 年齢は恐らく二十代後半。


 口調はかたいが、声は穏やかで、親しみのある優しい響きを持っている。


「ここは神殿騎士も迂闊うかつに立ち寄ることのできない場所だ。内殿にも騎士団の詰め所はあるが、秘め事の間は教会の秘儀を行う場所である為、大司祭以上の者しか立ち入ることを許されない。ただ、場所は知っているので案内しよう」


「いいのか? そんなことをすればただでは済まないのだろう?」


「聖剣と共に団長であることを示す兜を返納した。今の私は騎士団長でもなければ、神殿騎士でもない。部下には賊として出頭するので見逃して欲しいと頼んである。つまり、貴様らと立場は同じだ」


「すまない、色々と迷惑をかけてしまった……」


 聖剣を折り、その地位を捨てさせたのだ。到底許されることではない。

 そう思った熊吉の謝罪に対し、ミラウはかぶりを振って笑って見せる。


「宮仕えにも飽きていたところだ。それに、風の聖剣フィーネルに認められた時から、万が一、剣を折られた時は嫁に行くと決めていた」


「そうか。じゃあ、次は相手を探さなきゃな」


「相手ならもういる。私を傷つけることなく、聖剣を破壊して打ち負かした者以上に相応ふさわしい相手はいない」


 ミラウは顔を赤く染め、もじもじと恥ずかしそうに籠手こてを着けた手の指をいじる。


「おまえ、うらやまし過ぎるぞ!」


 左で支えるガーランが肘鉄ひじてつを食らわせる。


「あーあ、なんだか、馬鹿馬鹿しくなってきたなぁ」


 右で支えるウラヌスが不機嫌そうにぼやく。


「え? 俺が悪いの? ってか、それって冗談だよね? 勝負に負けたくらいで結婚とか絶対あり得ないでしょ」


「冗談ではない。私は私より強い男にとつぐと心に決めていたのだ」


「でもほら、お互いによく知らないしね。そういうのはお互いを良く知ってから決めないと、さ」


「剣を合わせれば大体のことはわかる。それに、貴様は私を傷つけようとはしなかった。聖剣を持って以来、私を女扱いしたのは貴様が初めてだ」


「いや、あれは流儀というか…その……」


「とにかく、もう、決めたのだ。貴様が何と言おうがどこまでもついていくぞ」


 熊吉はどうにかして諦めさせようとしたがミラウの意志はかたそうだった。


「あきらめろ」


 ガーランが肘で脇腹をぐいぐいと押してくる。

 軽くあばらもいっているので地味に痛い。


「嫁が見つかってよかったじゃないか」


 ウラヌスの言い方はとても祝福しているようには聞こえない。


「俺は転生者じゃねぇんだがなぁ……」


 よくわからない展開に熊吉は溜息しか出ない。


「ま、とりあえず、先に仕事を片付けるか。ミラウ、悪いが秘め事の間まで案内してくれ」


「わかった。案内しよう」


 機嫌良さそうに先を行くミラウについて内殿の内部に入る。


 神殿内部は神殿と言うより迎賓館のような荘厳な作りになっていた。


 本殿の方も荘厳ではあるが、宗教的色合いが強く、装飾は控え目であったが、こちらはただただぜいの限りを尽くした造りとなっている。


 燦然さんぜんと輝くシャンデリアの吊された開放感のある正面玄関ホールには、二階へと続く大きな階段があった。


 左右には開くのも大変そうな大扉が一つずつある。


 天井は二階まで吹き抜けとなっているのでかなり高く、一面に神々の世界をモチーフにした天上画が描かれている。


 これだけ華美な装飾であれば、ちょっとした舞踏会が開けそうな場所なのだが、ここは本当にただの玄関に過ぎないのだろう。


「左が巫女舞みこまいの間、右が神餐しんさんの間だ。ここからは見えないが正面の階段の下に扉があり、その奥に神殿騎士の詰め所がある」


 と、ミラウが説明してくれる。


「秘め事の間は二階か?」


 熊吉が訊くと、ミラウはうなずいた。


「階段を上がってすぐ正面の部屋だ。例の女神像を含め、寄進された女神像は全てそこに運ばれている」


 ミラウが階段を上り始めた時だ。


「待て、上に複数の人間がいる」


 耳をピンと立てて正面に向けたウラヌスが警告する。


「佐倉少尉達じゃないのか?」


 熊吉は真っ先にそれを思い浮かべた。


「先発隊の人数は、二式の操縦員が三名、横陸警よこりっけいの戦闘官が十名、警務官が一名の計十四名だったはずだ。あきらかにそれより数が多い。二階には少なくともその倍以上の人間がいるぞ」


「待ち伏せか?」


「その可能性は高いな。用事するに越したことはない。おい、女騎士、あたしとガーランの代わりにこいつに肩を貸してやってくれ。あたしらが先に行って様子を見てくる」


「わかった」


 声をかけられたミラウがウラヌスと交代して体を支えてくれる。


「じゃあ、そういうことでちょっくら行ってくる」


 左で支えてくれていたガーランが離れ、ウラヌスと共に階段を上がっていく。


「二人とも気をつけてくれ」


 熊吉の言葉に二人は手を上げて応え、各々おのおのが持つ武器を構え扉の前に立つ。


「ガーラン、あたしの合図で突入するぞ」


 背負っていたM2重機関小銃を手に持ち替えたウラヌスは、切換え金セレクターを連発射撃が可能なレの位置に合わせる。


「いつでもいいぜ」


 ガーランは例の柄の引き金を引いて光の刃を発生させる。


「突入!」


 二人は片手で大扉を一枚ずつ開き、素早く内部に侵入する。


「なんだ、これは……?」


 ウラヌスは想定外の光景に愕然がくぜんとする。


「ファルファライ大神殿に女神像を寄進するってのはこういうことだったのか……」


 ガーランも驚きを隠せなかった。


 その二人の様子がおかしいことに気付いた熊吉が、野中三曹に指示を出す。


「野中三曹、すまないが佐藤一等を連れて先に行ってくれ。俺もすぐに追いつく」


「了解です。佐藤一等、行きましょう」


「あ、はい」


 熊吉は野中三曹達を先に行かせて、自分もミラウに支えながら階段を上がっていく。


 一歩一歩、ゆっくりと上がる熊吉が三分の一くらいの位置にさしかかった時だった。


「きゃああっっっ!!!」


 と、扉の前で野中三曹が悲鳴を上げた。


 佐藤一等もその横で立ち止まって、呆然と部屋の中を見ている。


「急ごう」


 嫌な予感がした熊吉は少し早足になって階段を上がる。


 そして、辿り着いた扉の前で立ち尽くす四人の先に熊吉は見てしまった。


「くっ…こういうことだったのか……」


 ミラウがあまりの惨状に目をそむける。


 そこにはそれほど酷い光景が広がっていた。


「なんてことを……」


 熊吉も思わず目を疑う光景だった。


 そこにはいくつもの女神像が運び込まれていたはずだったが、本物の女神像は自由の女神像一体だけだった。


 残りは全て生身の女性。


 それを魔法で硬直させ、女神像と偽って運び込んだのだろう。


 ざっと見ただけで五十人以上はいると思われる裸の女性達が、嬌声きょうせいを上げながら男達に奉仕していた。


 奉仕される男は、この神殿の司祭達と思われるが、その中に佐倉少尉達の姿もあった。


「楽園だな」


 ガーランが言って、目が釘付けになっている佐藤一等がつばを飲む。


「最低です……」


 潔癖症の野中三曹が冷たい声で言い放つ。


「そういうなよ、お嬢ちゃん。あの達だって好きなこんなことをしてるわけじゃないんだ」


 ガーランが言った。


 女性達の嬌態きょうたいが異様なのは明らかだ。

 恐らく魔法か何かで操られているのだろう。


 目が死んでいるという表現があるが、女性達の目からは意思の光が消え、完全に死人それと変わらなくなっている。


「わかっています。最低なのはこんなことをさせている人ですよね」


 野中三曹は思い当たる人物を睨み付ける。


 その人物は部屋の一番奥にある大きなソファーに寝そべっていた。

 裸の女性の膝を枕にして、もう一人の女性を布団代わりに抱きつかせている。


 その背後には、この事件の核となる自由の女神像が鎮座していた。


「向井少佐、これは一体どういうことですか!」


 野中三曹が叫びながら部屋の中に入っていく。


 彼女を先頭に皆が続き、ソファーに寝ている監視隊司令の向井真一少佐の前まで進む。


 部屋に入った全員が目の前に立ったところで、向井少佐はようやく裸の女性達を下がらせて起き上がった。


「貴様、大司祭ラファルト様が懇意こんいにされている貿易商か?」


 ミラウが向井少佐に尋ねる。


「おや、誰かと思えば、騎士団長殿ではないですか。こんなところまでぞくを引き連れて、お仕事の方はどうされたんですか?」


「貴様の方こそ、何故、ここにいる? ここは貴様のような下郎が立ち入って良い場所ではないぞ」


「この状況を見て、まだそんなことをおっしゃいますか。神殿騎士の皆様の頭のかたさは相当ですな」


「何が言いたい?」


「この状況が全てを物語っています。ここで女達の奉仕を受けていらっしゃるのは高司祭以上の教会関係者です。貞潔を神に誓い、女性と交わることを自らに禁じられた方々でいらっしゃいます。ですが、それは建前に過ぎません。実際は各教区に生けにえとなる巫女みこを捧げさせ、毎夜、淫蕩いんとうふけっておられてたというわけでございます」


「では、この女達は皆、巫女みこだと言うのか?」


「左様でございます。各教区長が選びに選んだ美しき巫女みこがここに集められております。好色で知られる主神アルザカに使える司祭に禁欲など出来るはずがございません。このファルファライ大神殿が建造されて早千年、その長きわたって受け継がれていた秘儀がここにございます」


「なんてことだ……」


 衝撃の事実に打ちのめされるミラウだが、他の全員は驚きよりも強い怒りを覚えていた。


「事情はわかりました。それで、あなたはどうしてここにいるのです? まだ、お答えをいただいておりませんが?」


 代表して熊吉が向井少佐に尋ねる。


「君は?」


「私は三特検さっとっけんの警務官で、山田熊吉と申します。階級は大尉になります」


「では、佐倉少尉の上官ということかな?」


「いえ、同僚になります。同じ艦上捜査第三十六班さんじゅうろっぱんに所属するひらの警務官ですが、そんなことはどうでもいいんですよ。今はあなたがここにいる理由を知ることの方が重要です」


 激しい怒りがこもった熊吉の視線を受けても涼やかだった向井少佐の顔がニヤリと不気味な笑みを浮かべる。


「それは私が答えよう」


 背後から聞こえた声に、向井少佐の前に立つ熊吉達は一斉に振り向いた。

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