Case File No.003-11

 熊吉が扉の向こうに消えて十分が経過した。


 その間、扉の前の通路で警戒していた野中三曹と佐藤一等のもとに敵が現れることはなかった。


 扉の前はかなり広い通路になっているが隠れるところはない。


 さいわいなことに、僧兵は弓などの飛び道具や攻撃魔法を使って来ないので、九式機関拳銃M9を使えば充分に敵を牽制することが出来るものの、数で押されればあっという間に制圧されてしまう。


 野中三曹は正直、かなり心細く思っていたが、それを顔に出せば、体力的にも精神的にも追い詰められた佐藤一等がパニックに陥る可能性がある。


 吐きたいくらいの緊張で、九式機関拳銃M9を持つ手が震えるが、止めようとしても方法がわからなかった。


 そんな極限状態だったから、通路の先にウラヌスとガーランを見つけた時は、自然と涙がこぼれていた。


「すまん、遅くなった」


 涙をぬぐう野中三曹の頭を、ウラヌスがポンポンと優しく叩いてやるが、涙は止まることなく、むしろ、その勢いを増している。


 見かねたウラヌスはM2重機関小銃のスリングを襷掛たすきがけにして背負い、空いた両手で野中三曹を抱きしめてやる。


「嬢ちゃんと、坊主ぼうずで、ここを護っていたのか? クマキチのやつはその扉の中か?」


 ガーランに訊かれた野中三曹がウラヌスの腕の中で小さくうなずく。


「おい、坊主ぼうず、やつが入ってどれくらいったか分かるか?」


 呆然と立ち尽くすだけの佐藤一等は、ガーランに声をかけられ、腕の時計を確認する。


「たぶん、十分くらいだと思います……」


「十分か。なら、もう勝負はついてるな。生きていればいいが、神殿騎士が相手じゃ望み薄だな」


 冗談とも本気ともつかないガーランの言葉に、野中三曹はびっくと体を震わせ、佐藤一等はさらに顔を青くする。


「ガーラン、おまえは熊吉をなめすぎている。あいつはおまえが考えているよりも遙かに強い男だ。あたしはあいつが簡単に負けるとは思っていないよ」


「ずいぶん買ってるんだな。長い付き合いなのか?」


「いや、数日前に会ったばかりだ。でも、経歴なら知っている。地獄に十五年間もいたことのあるやつはあいつしか知らない」


「地獄? 地獄って、悪いやつが死ぬと落ちるっていうあの地獄か?」


「その地獄だ。あいつは自分を罰する為に、自ら進んで落ちたんだ。しかも、最もつらい責め苦を負わされる地獄の底に、だぞ」


「なら、あいつは地獄の底から蘇ったって言うのか?」


「ああ。この世の悪と戦う為に、やつは蘇ったんだ」


 ガーランは肩を竦め、首をゆっくりと左右に振る。


「あり得ないな。そもそもあり得ない話だが、それが本当の話だとしても馬鹿げている。正直、狂っているとしか思えない。い意味で、な」


 と言って、ガーランはウラヌスに向かって目配せウインクする。


「そういう馬鹿は嫌いじゃない。ウラヌス、おまえさんもそうなんだろ?」


「ああ、あたしもああいう男は嫌いじゃない。さて、そろそろ様子を見に行ってやるかな」


 ウラヌスは抱きしめていた野中三曹を放し、背負っていたM2重機関小銃を手に持った。


「そういうことなら、俺が一番だ」


 ガーランも剣のつかの引き金を引いて、光の刃を抜き放ち、扉へと向かう。

 そして、ガーランの手によって扉は開かれる。


 光野菊ひかりのぎくの庭園という幻想的な光景がず飛び込んでくる。


「これは……」


 圧倒的な美しさを誇る一面の花畑を見たウラヌスが息を呑む。続いて入ってきた野中三曹と佐藤一等も同様に息を呑む。


 しかし、次の瞬間、そこに倒れる者の姿を見た四人に衝撃が走った。


「……おい……負けてるぞ……地獄から帰ってきた男……」


 一番、先頭に立つガーランが地面で血まみれになってる男を指さす。


 この流れでまさか負けていると思っていなかったであろうガーランの顔は驚きと共に呆れで一杯になっていた。


「あ、えーと……。そう! きっと、わざとやれたんだろ! 作戦だよ、作戦!」


 ウラヌスが現実逃避に走り、野中三曹と佐藤一等が顔を見合わせる。


「わざとじゃないっす……」


 ボロボロになって倒れていた熊吉が立ち上がる。


「仲間か? すまんが、其奴そやつと私は、一対一で戦っておる。無粋ぶすいな邪魔立てはご遠慮いただきたい」


 熊吉をボロボロにしたミラウが、扉から現れたウラヌス達に忠告する。


「そういうことなんで、おねがいします……」


 口の中を切っている熊吉がしゃべりづらそうに言ってこぶしを構える。


 体中からだじゅうを切られたり、殴られたりしたあとがあるのに、こぶしだけにはそれがない。


 理由は簡単だ。

 それが唯一の武器だから、熊吉は護り続けている。


 その結果、ボロボロに傷ついたとしても、最後の一撃が決まりさえすれば問題はない。


「相手が悪すぎるな……」


 ミラウを見たガーランが呟く。


 ささやくような小さな声だったが後ろにいたウラヌスの耳がピクリと反応する。


「知ってるのか?」


「神殿騎士団長のミラウ・ゼルアル・ディーフェ。女だてらに風の聖剣フィーネルを操り、並み居る男共を蹴散らして団長にまでなった女傑だ」


「手強そうだな」


「でも、美人だ。今は兜をかぶっているから見えないが物凄い美人だ」


らない情報だな。あたしは強さが知りたい」


「美しさも実力もウラヌスとほぼ互角だろう。ただ、風の聖剣フィーネルを持っている分だけあっちが上になる。あれさえなければ、俺でも勝てるかもしれん」


「風の聖剣フィーネルというのがなければ、あたし程度の実力なんだな?」


「なければ、な。でも、聖剣は一度、認めた所有者を絶対に裏切らない。遠くにあっても、所有者が危機に陥れば、一瞬で現れる。だから、無いという前提で戦うことはあり得ない」


「いや、そういうことじゃない。言い方が悪かったな。聖剣を壊せば、あたしでも何とかなるのかって言いたかったんだ」


「聖剣を壊すだと? 聖剣は武神ウォルナンが、弱き種である人間を哀れんで与えた神器じんぎのようなものなんだぞ。壊せるわけがないだろう」


「神が創ろうが、人が造ろうが、作ったことには変わりない。生者必滅しょうじゃひつめつだ。作り生まれたるものは、全て滅び死ぬ定めにある。聖剣と言えども破壊はまぬがれられん」


「言いたいことはわかる。だが、そんな方法があるとは思えんな」


「まあ、見ていればわかるさ」


 二人が会話する間も、熊吉とミラウの戦いは続いていた。

 相変わらず、ミラウが攻撃して、熊吉がそれをかわすだけの一方的な試合だ。


 だが、それは一撃を狙っているだけに過ぎない。


 ただ、事情を知らないガーランのような人間がそれを見れば当然のように誤解してしまう。


 必死に逃げ回っているように見えてしまう。


 それだけのことなのだ。


「よもや、私の剣技をここまでかわす者がいようとはな。正直、ただのうつけとあなどっていたが、考えを少し改めねばなるまい」


 風の聖剣フィーネルを構えるミラウの雰囲気がガラリと変わる。


 まと闘気オーラでわかる。


 今までとは比較にならないプレッシャーに、熊吉は手加減されていたのだと思い知らされる。


「まだ、こんな力を隠していたのか?」


「それはお互い様であろう。貴様、先程から何を企んでおるのだ?」


「何も企んでなんかないさ」


「飽くまで白を切るというのか。まあ、良い。そろそろ、貴様の相手にも飽きてきた。そろそろ、しまいにするとしよう」


 正眼せいがんに構えていたミラウが大上段に構え直す。


 風の聖剣フィーネルが自ら光を放ち始める。


「風の聖剣フィーネルよ! 暴風となりての者を吹き飛ばせ!」


 優しく、そして、神々こうごうしい光を放つ風の聖剣フィーネル振り下ろされる。


 光が暴風を呼ぶ風の精霊となって熊吉に向かって走る。


 熊吉は即座に拳を解き、手刀てがたなを作る。


 荒れ狂う暴風が熊吉に迫る。


 立っていられないほどの風圧の中で、熊吉は静かに手刀てがたなを振り下ろす。

 鋸で木を切るように激しく、前後に動かしながら振り下ろしていく。


「海軍村岡式特種船匠術せんしょうじゅつが一つ! きょの技、【風断かざたち】!」


 それは、本来、のこぎりを使って行う、村岡式の奥義の一つである。


 村岡式の奥義は、見えざるを壊すことにある。

 その一つである風断かざたちも、見えざる風を断って消すことができる。


 無論、その風とは作られた風に他ならない。


 自然に起こる風は自然のうちに消えるもの。


 だが、人の造る風は、人によって消すことができる。


 神通じんつう、魔力、霊気に闘気、いずれであっても問題はない。


 風を起こすみなもと風断かざたちは断つのだ。


 それが台風級の暴風であっても例外はない。


 熊吉は、それをきょの技で唯一の無手技むてわざとなる【赤手鋸あかてのこ】でやって見せた。


 当然、代償として手が切り裂かれ、軍手諸共もろともずたぼろになる。


 だが、相手の技を破るにはこれしか道は残されていなかった。


「我が奥義が破られるだと……」


 ミラウの張っていた気が緩む。


 その一瞬を熊吉は見逃さない。


 ミラウが使ったのと同じ縮地しゅくちで間合いを詰め、振り下ろされたばかりの風の聖剣フィーネルに向かってまだ無事な左のこぶしを放つ。


「海軍村岡式特種船匠術せんしょうじゅつが一つ! ついの技、【刀折かたなおり】!」


 無論、これも本来は金槌かなづちにて行う技である。


 最も脆い部分である芯を打ち抜き、刀や剣を一撃で折るという荒技あらわざ


 それをついの技で唯一の無手技むてわざとなる赤手槌あかてづちで再現した。


 先程と同様、代償として左のこぶしは砕け散る。


 だが、風の聖剣フィーネルもきっちり道連れにする。


「あいつ、こぶしで聖剣を折りやがったぞ!」


 興奮するガーランの横で、ウラヌスがドヤ顔をして見せる。


「あいつのこぶしは“ヘーパイストスのつち”と呼ばれている特別なものなんだそうだ」


「ヘーパイストスのつち?」


「ヘーパイストスってのはあたし達の世界……いや、国でよく知られている鍛冶かじが得意な神様だ」


「つまり、あいつのこぶしは神のこぶしってことなのか?」


「だから、神の創った武器さえ壊すことが出来ると聞いている。実際に目にするのはあたしもこれが初めてだけどな」


 ガーランだけではなく説明しているウラヌス自身が驚いていたのだ。

 折られた当の本人であるミラウが受けた衝撃は計り知れない。


 彼女にとって風の聖剣フィーネルは最も心の許せる相棒だった。


 いついかなる時もそばにあって支えてくれた戦友だった。


 それが失われたことの喪失感は、彼女から戦う意志を奪うには充分だった。


「ああ……私のフィーネルが……」


 折れた剣を前に、ミラウが崩れ落ちる。


われ、必勝と不殺の一念をもって、なんじが戦意をここに打ち砕けり……。頼みの聖剣を失ったんだ。勝負は俺の勝ちってことでいいな?」


 返事はないが、反論もまたない。


 勝負を確信した熊吉が先に進もうとすると、それまで傍観していた残りの九人が道をふさごうとした。


「ここから先に通すわけには行かん」


 騎士の一人が熊吉に告げる。


「待て! その男を通してやれ! 私にこれ以上、恥をかかせるなっ!!!」


 慟哭どうこくにも似たミラウの叫びによって騎士達が道をける。


 空いた道を進む熊吉だが、今になってダメージがあしに来てふらつき始める。


 今にも倒れそうになその体が両脇から支えられる。


 見ると、ウラヌスとガーランが両脇から支えてくれていた。


「まったく、世話の焼けるやつだな。かっこうつけるなら最後までやりげろ」


 と、ウラヌスが嬉しそうに言う。


「神のこぶしの一撃。しっかり見させてもらったぞ」


 ガーランが言って、愉快そうに笑う。


「ありがとう」


 熊吉は二人に礼を言って、一歩ずつ奥へと進んでいった。

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