Case File No.003-10

 ウラヌスは息を切らしながらも暴れ続ける。まるで狂ったように槍となったM2重機関銃を振るい続ける。


 この銃の正式名は一二.七ミリ重機関小銃M2だ。


 きゃくを使えば普通に重機関銃として扱えるが、こんな風に振り回したり、立ったまま構えて撃つことができるのはウラヌスくらいしかいない。


 ちなみに、ウラヌスの射撃の師匠は二〇〇六年二月十一日付で訓練指導官となった舩坂ふなさかひろしである。


 建御雷神タケミカヅチノカミより准軍神じゅんぐんしん諡号しごうを送られ、異例の若返りを許された舩坂ふなさかは、独学でくせの強かったウラヌスの戦い方を見て、徹底的に矯正きょうせいすると共に自らの射撃術と銃剣術を叩き込んだ。


 いくら人間離れした力を持っていると言っても体力には限界がある。

 その限界を引き延ばす持久の戦術を舩坂ふなさかは身をもって教えてくれた。


 今、こうして百人以上の敵を前に一歩も退かないのも、日本の公式戦史に唯一その名を刻む大英霊、舩坂ふなさかひろし軍曹の教えの賜物たまものと言えるだろう。


「おい、ガーラン。生きてるか?」


 余所見よそみをしている余裕はないのでウラヌスは大声で呼びかける。


「生きてるぞ。大丈夫だ」


 思ったよりも近くからガーランの声が返ってくる。


 僧兵を蹴り飛ばして振り向くと、すぐ後ろで、背中を護るようにガーランが戦っていた。


「なんだ、そんなところにいたのか?」


「背中ががら空きだったからな。余計だったか?」


「いや、助かる。この数は私でもちょっときついからな」


「同感だな。こうやって背中を預けられる相手がいないと不安で仕方がない」


 倒した僧兵の数は既に百人を超えている。

 だが、取り囲む僧兵の数は減っている様子がない。


 倒した分だけ補充され続けているので、体力が削られる分だけウラヌス達が不利になっていく。


 このまま何も手を打たなければ確実に敗北が待っている。


「ここいらが潮時か。ガーラン、合図をしたら目を閉じろ!」


「え? 何だって?」


「合図したら目を閉じろって言ったんだ!」


「目を? この状況で、か?」


「あたしを信じろ! いいか、いくぞ?」


「ちょっと待て……。お、いいぞ、やれっ!」


 ウラヌスとガーランが同時に僧兵を退け、目を閉じる。


「【フラッシュショット】!!!」


 ウラヌスはM2重機関小銃の切換え金セレクターをマに合わせ、真上に銃口を向けて引き金を引く。


 切換え金セレクターのマは魔法のマだ。


 ここに合わせた時に引き金を引いても弾丸は発射されない。

 代わりに、銃口から魔法が発射される。


 ウラヌスが使ったのはフラッシュショット。


 目もくらむ程の閃光を放つ花火を打ち上げる光の魔法だ。


「今だ! 走れ!」


 打ち上げられた花火がはじけ、閃光に目を焼かれた僧兵達が混乱しているすきに、包囲を崩して神殿へと走る。


 ガーランも上手うまく意図をんでくれたらしく、しっかりとついてきてくれている。


「ウラヌスは魔法も使えるのか?」


かじった程度だ。本格的なやつは使えないぞ」


「これだけできれば充分だ。坊さん達、しばらくはあそこから動けないぞ」


「だといいがな」


 目が見えなくなった僧兵達は同士討ちを避け、その場にうずくまってくれている。

 倒す必要はないのでただけるだけであっという間に神殿の回廊に辿り着く。


「どうする? 離脱するか?」


「熊吉達が心配だ。奥へ行って合流しよう」


 ウラヌスが奥に向かって走り出すと、ガーランも後に続いてくれた。


「意外と面倒見がいいんだな」


「あたしの部隊のモットーは“死力を尽くし、最後まで共にあれ”だ。仲間を見捨てるやつはろくな死に方をしないよ」


「そりゃ、いい部隊だな。俺が最初にいた傭兵部隊なんて“勝手に生きて、勝手にくたばれ”だったぞ」


「それは気楽でいな。あたしは宮仕みやづかえだからちょっとうらやましいぞ」


 上官である西大佐が奔放ほんぽうである分、ウラヌスにその皺寄しわよせが生じている。


 好きで買って出た戦場の女房役だったが、時々、全てを忘れて自由に生きたいと思うことがある。

 今回の護衛任務を引き受けたのも、そんな心理が影響していたのかもしれない。


 まあ、単独任務でウラヌスの他に適任者がいなかったこともあるが、たまには一人で自由にやってみたいという気持ちがあったことは否定できない。


 でも、それには大きな代償が伴うことを、今回の護衛任務で嫌と言うほど思い知ったウラヌスであった。


「さあ、新しいお客さんだ。丁重におもてなしするぞ」


 元障害競走馬は、戦場を駆け抜けながら、つかの自由を謳歌おうかしていた。




 神殿最奥部へと繋がるであろう扉は、熊吉の手によって一分程で解錠された。


「開いたぞ」


 後方警戒に立っていた野中三曹が、座り込んでしまった佐藤一等の腕を持って立たせる。


「ほら、立ちなさい」


 つらそうに立ち上がった佐藤一等がふらつき、野中三曹に支えられる。


「大丈夫か?」


 熊吉に声をかけられた佐藤一等は青白い顔で小さくうなずいた。


 体力の限界なのは明らかだ。


 このまま扉前の警戒に二人を残してもいが、二人に殺さず敵を倒す技量はないし、噂の神殿騎士とやら現れたら一溜ひとたまりもないだろう。


 しかし、この扉の向こうには確実に神殿騎士が待ち受けている。

 二人をかばいながら戦える保証はない。


 ここは判断に迷うところだった。


「どうする……?」


 敵を殺せと命じるのは簡単だ。でも、それは師の教えに反するし、そもそも戦闘官以外の保安官は積極的に人を殺すことに慣れていない。


 人を殺すということは想像しているよりもずっとストレスを伴う作業だ。戦後世代に、自分達と同じ心の傷を負わせたくないという気持ちもある。


 考えても考えても答えは出て来ない。


「山田大尉、私達はここで西大尉達を待ちます。私達のことは気にせず先に進んでください」


 決断できない熊吉に代わって野中三曹が決断した。


「すまん」


 熊吉は一言ひとこと、言って扉に手をかける。


「ご武運をお祈りしています」


 野中三曹と佐藤一等に敬礼で見送られ、熊吉は扉の向こうへと消えた。


 その先にあったのは、一面のお花畑だった。


 月明かりの下、淡い光を放つ白い花が咲き乱れる光景は実に幻想的に美しい。


 思わず見惚みとれそうになるが、そこに立つ十人の人影が熊吉を現実へと引き戻す。


 騎士甲冑に身を包み、思い思いの武器を手にした十人は、明らかに今まで戦ってきた僧兵とは違う。


 別次元の闘気オーラを発する十人はただ立っているだけだ。


 それなのに、先刻の試合で戦った伊藤健太郎なる青年とは別次元のプレッシャーを感じる。


 少なくとも、小細工が通用する相手ではなさそうだった。


「おいおい、こいつはシャレになってねぇぞ……」


 本当にシャレになっていない。


 熊吉の装備は、防具だけなのだ。


 武器であるこぶしを護るのはただの軍手のみ。


 僧兵達は鎧を着ていなかったから殴ってなんとか出来たが、今度の相手は鎧を着ている。

 金属の鎧を素手で殴っていいわけがない。


 そして、本物の戦士のゆがみない魂には、魂割たましいわりは通用しない。


光野菊ひかりのぎくの庭園にぞくが足を踏み入れたのはいつ以来のことか……」


 兜の奥から聞こえるくぐもった声は若い女のものだった。


 扉の前に扇状に立つ騎士達の中から、声を発したであろう中央の一人が進み出てさらに問いかける。


ぞくよ、偉大なるアルザカ様の御寝所ごしんじょに等しき秘め事の間に何用か?」


 どうやら、いきなり戦闘というわけではないらしい。


 話が通じる相手かどうかはわからないが一先ひとまず出会いがしらの戦闘だけはけられそうだ。


「主神アルザカへの祈りを妨げるものがこの奥に運ばれたと聞いてやってきた」


「それは先刻、寄進された奇妙な女神像か?」


松明たいまつを持った女神の像だが、知っていたのか?」


「怪しいとは思っていた。だが、あれは大司祭ラファルト様が懇意こんいにされている方からの寄進物きしんもの迂闊うかつに疑えば、いかな神殿騎士とて処罰はまぬがれぬ」


「だったら、そこを通せ。俺が壊してやる」


 それで万事解決すると思った熊吉だったが、当然のように女騎士はそれを否定する。


「それはできん」


「だよな。理由は敢えて聞くまでもないな。それが宮仕みやづかえのつらいところだ」


「ということは、ただのぞくであるまい。いずれかの国よりつかわれし、間者かんじゃたぐいか?」


「異なる世界よりつかわれし神の使いだ」


ごとを……。素直に素性すじょうを吐き、大人しくばくくのならば命まではとるまい。しかし、あらがうのであればこの場で切り捨てる」


 戦いが避けられないものであることは知っていた。


 けれども、まだ交渉の余地はある。


 この騎士が自ら敗北して道を譲ることはあり得ないが、祈りを妨げる女神像を放置することもまた出来ないはず。


 であれば、そのプライドを傷つけることなく、道を譲らせればいいだけのこと。


 それすなわち、戦闘による勝利。


 ただし、全員との戦闘はこぶしが持たない。

 代表との一騎打ちならば、こぶしと引き替えに何とか道が開く可能性はある。


「見ての通り、こちらは武器がない。騎士たる者が、無手むてぞくを相手に十人がかりとは少し卑怯ひきょうが過ぎるのではないか?」


ぞくくせ小癪こしゃくなことを言う……」


「どうした? ファルファライ大神殿を守護する神殿騎士がづいたか?」


「よかろう。ぞくにここまで言われては神殿騎士の名折なおれだ。その挑発に乗り、私一人が相手になってやる」


 かかった、と熊吉は心の中で小躍こおどりする。


「いいのか? 後悔するなよ?」


「ほざけ、下郎げろうが! 我が名は、ミラウ・ゼルアル・ディーフェ! 神殿騎士団、第一位にして、団を預かるおさなるぞ! ただ剣のみに頼りてこの高みに至る私がぞく一人におくれを取るとでも思うたか!」


 騎士団長ミラウが剣を抜く。


 夜空に輝く月光と光野菊ひかりのぎくの放つ燐光りんこうに照らされた剣は見事な意匠が施され、一目で業物わざものとわかる鋭い刃を持っていた。


「騎士団長、御自おんみずからお相手下さるとは恐悦至極きょうえつしごく。俺の名前はクマキチ・ヤマダ。運良く生き残ったら覚えておいてくれ」


 熊吉はこぶしを構える。


 狙うのはミラウが持つ業物わざものの剣。


 渾身こんしんの力でこぶしを放ち、剣を折る。


 それ以外に勝利の道は無し。


「参るっ!」


 ミラウが動く。


 一挙いっきょにて二動にどうし、地をちぢめるがごとく間合いを詰める歩法ほほうを俗に“縮地しゅくち”と呼ぶが、ミラウの足運びはまさにそれだった。


 この歩法ほほうを使われると、間合いは一瞬のうちにちぢまり、気がつくと目前に切っ先が来る。


 だが、それも縮地しゅくちを知らぬ者なればこそ。


 知る者に初動にて使うのは下策げさく中の下策げさく


 目測による正確な間合いの把握さえできれば、到達時間は逆算できる。


 あとは動くタイミングさえ読めば、せんせんにて、かわすことは容易たやすい。


「貴様、今、何をしたっ!」


 かわすことなど夢想だにしていなかったであろうミラウが叫ぶ。


「まだ、何もしていないな」


 熊吉はニヤリと笑う。


 言葉どおり、熊吉はまだ村岡式を使ってはいない。

 この世界の命運を賭けた二人の戦いはまだ始まったばかりだった。

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