Case File No.003-09

 神殿への潜入は明日の午前二時となった。


 草木も眠る丑三うしみつつ時というが、確かに深夜に見張りに立つと、この時間はなかなかきつい。



 艦艇の航海当番は、三から四時間で、三交代または四交代で回される。


 標準的な三交代、四時間だと、一日の交代回数は六回になる。零時から四時、四時から八時、八時から十二時、十二時から十六時、十六時から二〇時、二十時から零時というわけだ。


 当然、当直時間に食事時間が重なるので、食事交代がある。


 その場合は、次直、つまり、次の当直者が早飯を食って一時交代に来る。

 忘れられると飯がなくなる。


 そんなことないと思うかもしれないが、昼寝をしたままめし交代を忘れ、ステーキがカップラーメンとおにぎりになることだってある。


 その原因が寝不足であることは言うまでもない。


 寝不足だと頭も体も充分に働かない。


 だから、潜入工作スニーキング・任務ミッションの第一歩は睡眠時間をずらすことから始める。


 昼間寝ておけば、夜中は眠くなくなる。


 方法としては、酒を飲むのと、薬を飲むのがある。


 前者は目覚めた時に酒が残っていると使い物にならなくなるので普通は後者だ。


 気をつけなければならないのは両方を併用しないということだ。


 酒と睡眠薬を併用すると、肝臓の代謝に問題が発生する。

 薬の作用を強めるだけでなく、様々な副作用を引き起こし、大変危険なのでやってはいけない。


 とりあえず、昼頃、帰ってきた野中三曹達と昼食をとりながら集めた情報についての報告を受ける。


 明日、計画されているのがテロであることが判明しただけでなく、先行調査部隊の佐倉少尉達の居場所に関する情報もあった。


 それによると、佐倉少尉達は全員無事で、例の女神像が置かれる秘め事の間に拘束されているらしい。


 熊吉は必要な情報が全て揃ったと判断。


 宿に戻ってから、ウラヌスが持っていた睡眠薬を全員に配り、夜になるのを待った。


 深夜零時、目覚まし時計で起床した熊吉達は、全員、夜間迷彩の戦闘服に着替え、耐弾耐刃防護衣ボディーアーマーとプロテクターを身につける。


「これは鎧なのか? 俺の使っている皮鎧よりも軽いんだが、こんなんで本当に大丈夫なのか?」


 初めて耐弾耐刃防護衣ボディーアーマーを身につけたガーランが不安そうな顔をする。


 幻想紡げんそうぼうという会社が開発した魔法繊維エルフィウムの布と、エルフィウムによって強化されたセラミックから出来ている耐弾耐刃防護衣ボディーアーマーは、矢、銃弾の貫通を防ぐだけでなく、槍や剣による刺突しとつや斬撃をも防御することができる。


 魔法繊維MF強化プラスチックRP製のプロテクターと併用すれば、ほぼ全身を防御することが可能だ。


 加えて、その下に着る戦闘服も耐刃性、耐火性を持つ特殊繊維で作られている。軽くて動きやすいが、その防御力は板金の鎧よりも上だ。


「見た目は貧弱だが、魔法で強化されている。防御力は金属の鎧並だ」


「そいつはすごいな。愛用の皮鎧も草臥くたびれてきたから、買い換えようと思ってたんだが、こいつはいくらぐらいするんだ? 魔法の品ってことは相当、値が張るだろ?」


「それは聞かない方がいな。とにかく、値が張るとだけ言っておくよ」


「そうか、それは残念だ。こいつを使えばもう一花咲かせそうな気がしたんだが……」


 ガーランはよほど気に入ったのか、本当に残念そうな顔をしてみせる。


「その予備は、うちのもんだからな。気に入ったのならやるぞ」


 ぼう猫型ロボット並に色んなものが詰め込める魔法の背嚢はいのうから四人分の装備一式を取り出したウラヌスが気軽に応じる。


 一応、装備は国から貸与品たいよひんなのだが、書類上は廃棄済みの定数外物品なら問題はない。


 帳簿から消された品は、国有財産であることを示すタグが切り取られるのですぐにわかる。

 大抵は服の裏側に縫い付けられているので試しに確認したらやはり廃棄品だった。


「本当にもらっていいのか? 遠慮はしないぞ」


「訓練に使う廃棄品だ。元々、捨てる物だから好きに使ってくれ」


「神殿騎士に喧嘩を売るなんて割に合わない仕事だと思ったが、これをもらえるんならむしろ美味おいしい仕事だな」


 ガーランは玩具おもちゃを与えられた子供のように無邪気に嬉しがる。


「あと、武器はこれを使え」


 と、ウラヌスは背嚢はいのうから取り出した剣のつかを渡す。


 つかには引き金のようなものがあるが、刃に相当する部分はなく、本当につかだけだった。


「おいおい、肝心の刃がなくてどうやって戦うんだ?」


「こういう風に引き金をひくと魔法で光の刃が形成される」


 ウラヌスが引き金を引くと、何もないつかの先に光の刃が現れた。


 時空保安庁の装備品にこんなものはない。


 何処どこかの世界で敵からぶんどった鹵獲品ろかくひんだろうか。


「金属だって紙のように切り裂けるから無闇に使うんじゃないぞ」


 引き金から指を離したウラヌスは、専用のホルスターに納めてガーランに渡す。


「無くさないようにホルスターをベルトに通しておけ」


「こいつもくれるのか?」


「馬鹿言え。そいつは貴重品だ。さすがにやることはできん」


「ま、そうだよな。無くさないように気をつけて使うよ」


 ガーランは言われたとおり、ズボンのベルトを外して腰の左側にホルスターを装着する。


「玲奈と俊はメインに九式機関拳銃M9、サイドに九式拳銃P9と六四式銃剣を装備しろ。」


 追い紐スリング付きのサブマシンガン、ホルスターに入った拳銃、ナイフが、ウラヌスの背嚢はいのうから取り出され、二人に渡される。


 渡された二人は、すぐにサブマシンガンの追い紐スリングを肩にかけた。

 拳銃とナイフはレッグホルスターだったので、抜きやすい位置で両足に固定する。


「そして、あたしはこいつだ」


 ウラヌスが自分用に取り出したのは、ショルダーストックが追加されたきゃくのないM2重機関銃だった。


 キャリバー・フィフティとも言われるこの重機関銃の正規の本体重量は三八.一キロ


 だが、金属製のショルダーストックが追加されたことでその重量は更に増しているはずである。


 それをぶっとい特製の追い紐スリングで肩に背負うのだが、全長が二メートル以上もあるので、銃身を上に向け、斜めに襷掛たすきがけしなければならない。


 背の高いウラヌスだからそれで何とか保持できるが、背の低い人間では地面に着いてしまうので引き摺ることになるだろう。


 というか、明らかに一人で持つ物ではない。


 根本からして何かが間違っている。


 まあ、一二.七ミリという大口径の銃弾の威力は折り紙付きだが、元々、地面に据え付けて撃つ物だ。


 重量も反動も大きすぎて、普通の人間は持って撃つことなんて絶対に出来ない。


 これはある意味、ウラヌス専用の装備なのだろう。


「じゃ、行くか」


 ウラヌスが魔法の背嚢はいのうに鍵をかける。


 鍵付きの背嚢はいのうには泥棒けの魔法がかかっているので、施錠されたら特定の人間以外は触ることもできない。


 当然、熊吉もそこに含まれる。


 何か出してもらうにはウラヌスに頼むしかない。


 ということで、ふねに装備の大半を置いてきた熊吉は、ウラヌスに声をかける。


「おい、俺にも何か貸してくれよ」


「おまえの背嚢はいのうには入ってないのか?」


「拳銃以外、ふねにおいてきちまった。なんか貸してくれ」


「仕方のないやつだな。ちょっと待ってろ」


 ウラヌスが背嚢はいのうの鍵を開けてごそごそと中をさぐる。


「ほれ。おまえにはこれだ」


 熊吉が渡されたのは一双の軍手だった。


 結構、しっかりした作りのそれは、時空保安庁で定期的に支給されるものに良く似ている。


「何これ?」


「軍手だ。知らないのか?」


「いや、知ってるけど、これ普通のやつだよね?」


「普通じゃない軍手って何だ?」


「いや、魔法の軍手とか……」


 ウラヌスの哀れむような表情に、熊吉の言葉は尻窄しりすぼみになっていく。


「熊吉、この世の中にそんなものは存在しないぞ」


 馬鹿じゃないか、とウラヌスのつぶらな瞳が訴えていた。


「………………」


 熊吉は涙目になりながら普通の軍手を装備した。

 わびしさが五〇くらい上がった気がした。




 大神殿には一時半頃に着いた。


 くそ寒いので全員一致で潜入を開始する。潜入開始一分で侵入者検知の魔法に引っかかる。


「魔法対策するのすっかり忘れてたわ」


 そもそも対策できる魔法戦闘官がいなかったが、そこはウラヌスの秘密道具で何とかなったのかもしれない。


 とにかく無策で魔法の罠に飛び込んだ熊吉達はあっという間に包囲されてしまった。


 神殿の真裏は湖なので、真横から潜入したのだが、壁を越えた先にあった庭園に次から次へと僧兵が集まってきてしまった。


「嫌な予感、見事敵中」


 熊吉はウラヌスを白い目で見る。


「よし、こうなったら暴れて道を開くぞ。ガーラン、一暴ひとあばれするからあたしに付き合え」


「魔法の防具をもらった恩もあるしな。ここは一つ付き合ってやるか」


 恐らく何の罪もないであろう僧兵に向かって、ウラヌスがM2重機関銃を構える。


「一発でも当てたら挽肉ひきにくだからな。可愛そうだから外してやれよ」


 熊吉が釘を刺すとウラヌスはあからさまに不満げな顔をした。


「仕方ない。面倒だが、斬ってさを晴らすか。ガーラン、そういうわけだから絶対に殺すなよ」


 ウラヌスのM2重機関銃は小銃仕様に改造してあるので安全装置がある。


 それをかけたウラヌスは、もものレッグホルスターから通常の一.五倍はあると思われる巨大な銃剣を取り出して銃身先端に装着する。


 元の銃が二メートル以上あるので、銃剣を装着するとまるで槍だった。


「この数を相手に無茶を言いやがる……」


 ガーランは腰のホルスターから例の魔法剣を取り出して引き金を引き、光の刃を出現させる。


「合図をしたらガーランと斬り込む。熊吉は二人を連れて神殿まで走れ。中に入れば相手も数で押せなくなる。あとはおまえらで何とかしろ」


「わかった死ぬなよ」


「ここで死ぬほど安い女じゃないさ」


「ガーランも、な。二人とも無茶しないで逃げられるようだったら逃げてくれ」


「言われなくてもわかっているさ。ただ、乱戦は得意なんでね。ちょっとは良いとこ見せておかないとウラヌスに後で蹴られそうだ」


 二人とも、歴戦の戦士だ。僧兵は既に数え切れないほど集まっているが、今はその言葉を信じるしかない。


「それじゃあいくぞ。準備はいか?」


 全員がうなずいたのを見届けてウラヌスとガーランが前に出る。


「5……4……3……2……1……ゴー! 走れぇっ!!!」


 一足先にウラヌスが飛び出し、ガーランがそれに続く。


 囲んでいた僧兵が一斉に襲いかかるが、薙ぎ払うように繰り出されたウラヌスのM2重機関銃がそれを弾き飛ばす。


 その横では、ガーランが巧みな剣捌けんさばきで僧兵達を圧倒する。


 たった二人に斬り込まれただけなのに、数で圧倒する僧兵の方が押され、あっという間に道がこじ開けられる。



 その僅かな隙間にねじ込ませるようにして熊吉が躍り出る。


 二人を引き連れ、追いすがる僧兵をいなしながら真っ直ぐ建物に向かって走り続ける。


 後ろを振り向く余裕なんて無い。


 神殿の回廊部分まで一気に駆け抜けた。


「足を止めるな! 走り続けろ!」


 回廊部分にも僧兵はいるが、庭園の二人が引き付けてくれているお陰で数は少ない。


 そのまま倒しながら建物内へと侵入する。


 相変わらず僧兵は現れるが、まだ迎撃態勢を整えていない者が多く、熊吉一人でも何とかしのぐことは出来た。


「くそっ、今がどの辺りなのかもわかんねぇな……」


 ずっと走り続けているが、似たような場所が多いので奥まで来たという感覚があまりない。


「コンパスの示す方向を信じるなら、次の通路を左に曲がるべきです」


 建物内部の構造がわからない時の対策として、ウラヌスから事前に渡された方位磁針コンパスを持つ野中三曹が叫ぶ。


 奥に進むに連れて僧兵の数も減り、ようやく方位磁針コンパスを見る余裕が出てきたようだ。


「佐藤一等、しっかり着いて来てるな?」


「はい。大丈夫です」


 言葉と裏腹に、息が上がってかなりつらそうだ。


 でも、足を止めるわけにはいかない。


 野中三曹の声を頼りに奥へ奥へと進み、やがて、大きな扉の前に辿り着く。


「なんか、それっぽい扉の前に来たな」


 足を止め、後ろを振り返るが、僧兵の姿はなく、息を切らした二人がいるだけだった。


「少し休憩するか?」


「平気です」


「僕も大丈夫です」


 二人とも強がってはいるが、極度の緊張状態で全力疾走した代償は大きい。


 燭台しょくだい蝋燭ろうそくともるわずかな炎に照らされた顔はどちらも限界であることを色で示していた。


 戦闘経験もなければ、体力もない二人はやはり残してきた方がよかったのではないかと今更いまさらながら後悔する。


「確かに俺は指揮官向きじゃないな……」


 ぼやきながら扉を確認する。扉には鍵穴があり、しっかりと施錠されていた。


 腰のポーチからピッキングツールセットを取り出して軽くさぐる。


 どうやら普通のシリンダー錠のようだ。本職ではないので少し時間はかかるが開けられないことはない。


「今から解錠する。その間に少し休んでおけ」


 熊吉が言った瞬間、佐藤一等はその場に膝をついてしまった。


 野中三曹は息を整えながら、九式機関拳銃M9を後方に向けて警戒を続ける。


「悪いな」


 野中三曹に声をかけると、額の汗を拭ってうなずいてくれた。

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