Case File No.003-04

 その事件はとある女子高校生の三人組が転生したことから始まった。


 転生前、仲良しだった三人組は、ステータスのパラメータが元で仲違なかたがいし、最終的には殺人未遂にまで発展した。


 問題となったパラメータは、賢さ[INT]だった。


 彼女達の一人は、全統模試で高い偏差値を叩き出す才女であったのに、転生後、何故かこの数値が低く見積もられ、魔法がほとんど使えなかったのだ。


 納得いかなかった彼女は、他の冒険者の協力をあおぎ、統計的に無意味な数値であることを突き止める。


 だが、今度は他の二人がそれに異を唱え、そのが賢さを低く見積もられたのは性格が悪いからだと主張。


 そして、議論はやがて喧嘩けんかへと発展し、最終的に命のやりとりに至るが、寸前で時空保安庁が三人の保護に成功。


 何とか最悪の事態となることを食い止めた。


 その後、時空保安庁による検証が行われ、結果、統計的に無意味だという主張が裏付けられた。


 この結果は、各国の転生者達にも共有され、多くの帰還者を生むことになる。


 焦った主神は、魂魄の流出を食い止めるべく強硬策に訴えるが、時空保安庁に邪神として認定されてしまう。


 出雲との話し合いに全く応じなかった邪神は、その後、建御雷神タケミカヅチノカミを最高指揮官とする討伐部隊によって討ち取られ、事件は、一応、幕を下ろすことになった。


 これが有名な『かしこさ は わざわい の たね事件』、通称、馬鹿事件のあらましである。


 ロクマ地区にある監視拠点セーフハウスでの捜査を終えた熊吉達は、対策を練る為、宿泊先の宿に引き返していた。


「なんで、馬鹿事件なんだ?」


奇蹄目きていもく鯨偶蹄目げいぐうていもくとの区別がつかない。みんな一緒で意味がない。だから、馬鹿事件。でも、あくまでも通称。正式な事件の名称は『かしこさ は わざわい の たね事件』ってことになっている」


「もう、そのネーミングセンスがある意味、馬鹿事件だな」


 名探偵ウラヌスさんが鋭い突っ込みを入れる。


たしか、あの事件の後、事件の真相を暴いたは地上に帰らなかったんだよなぁ。他の二人とは一緒に帰りたくないって言ってさ。強制送還も考えたんだけど、最終的に入庁することで決着したんじゃなかったっけ……」


「おいおい、ずいぶん、曖昧あいまいだなぁ」


「有名な事件だから調べればわかるんだけど……って、なんでウラヌスさんは知らないの?」


「その事件、たぶん、うちらは絡んでねぇな。自分の戦った相手なら余裕で思い出せるんだが、それ以外は興味ないしな」


「そういうことかぁ。最近、邪神化する事件が多いし、ね」


「神もキレる時代になったんだよ。お陰でこっちは仕事が増えてたまったもんじゃねぇ」


 ウラヌスが愚痴る。邪神が発生した場合には真っ先に投入される第一〇九機動警備兵団の苦労がしのばれた。


「やっぱ、馬鹿事件は今回の件と無関係なのかなぁ」


「今は何とも言えねぇな。まずは冒険者連中に聞き込みして情報を集めねぇとな。判断するのはそれからだ」


「さすがは名探偵ウラヌスさん、目の付け所が違いますなぁ」


「おい、熊吉、その変な渾名あだなで呼ぶのをめろ。あと、普通、警務官ならそれぐらいの仕事はするぞ」


「え?」


「え? じゃねぇよ! 殴るぞ!」


 さすがは名探偵ウラヌスさんだ。

 一切の誤魔化しは許さない。


 熊吉は自分が警務官であることを思い出し、ようやく仕事を始めることにした。




 聞き込みをするにあたりまずは情報が聞き易くする為、ウラヌスには私服に着替えてもらった。


 イメージ的にジーパンにTシャツだったが、出てきたのは普通に可愛らしいワンピースだった。


 露出も多くはなく、肌色率は低めである。


 ちゃんと尻尾を出す穴がついているので特注の一点物なのだろう。

 とても可愛いけど何かが違う。


 でも、乙女なウラヌスさんはかなりイケてると思っているらしく、嬉しそうに何度もターンして裾をひるがえさせていた。


「どうだ?」


「バッチリ」


 個人的にはもっと扇情的せんじょうてき情熱的じょうねつてきな服が似合うと思うが、ガチでへこみそうなので言うのはやめておくことにした熊吉だった。


「じゃ、行くか」


 おめかしして、すっかり乗り気になったウラヌスとレストランに降りる。


 ちょうど昼食の時間だったので混み合っていた。


 都合の良いことに、冒険者風の男が座るテーブルの席に空きがあった。


「ここ、いいか?」


 ウラヌスが相席の許可を求める。


 草臥くたびれた皮鎧を着た中年の男は、熊吉とウラヌスを一瞥いちべつしただけで気さくに応じてくれた。


「ああ、いいぜ。ちょうど、一人で退屈していたところなんだ。話し相手になってくれるなら大歓迎だ」


 昼間から飲んでいたのだろう。テーブルの上には酒とつまみが置いてある。


 熊吉とウラヌスは男と向かい合うように反対側の席に着いた。


 すぐにウェイトレスの女の子がやってきたので、食事と飲み物を適当に注文する。


「おまえさん達、夫婦なのか?」


 注文を終えた熊吉達に男が訊いてきた。


「そうだ。新婚旅行中だ」


 と、ウラヌスさんが答える。


うらやましいねぇ。こんな別嬪べっぴんさんを女房にするなんてよ」


 男が褒めると、ウラヌスはちょっと嬉しそうな顔で照れてみせる。


 どうやらストレートに褒められるのには弱いらしい。


 熊吉の脳内にその弱点はしっかり記憶された。


「あんたは冒険者ってやつなのかい?」


「ああ。俺の名前はガーラン。冒険者組合ギルドにも登録してるが、本職は傭兵だ。あんたらは?」


「あたしはウラヌス、こっちのはクマキチ。組合ギルドに登録はしてないが、旅をしながら色々なことをして稼いでいる。まあ、似たようなもんかな」


「非公式冒険者ってやつだな。組合ギルドの仲介なしに仕事をするってことは見かけによらず相当腕が立つんだな」


 と言って傭兵ガーランは熊吉を見る。


 昔の日本人にしては体格がい熊吉だが、現代人や外国人と比べるとやはり見劣りする。

 筋骨隆々というタイプでもないから見かけは確かに貧弱だ。


 でも、鍛えていないわけではなく、身体能力は決して低くはない。


 だが、それでもこのガーランと男と比べれば互角以上になることはないだろう。


「ガーランさんもかなりの腕前とお見受けしました。結構、稼いでいらっしゃるんじゃないんですか?」


「まあな。傭兵の時はそれなり実入りはある。だが、冒険者としては微妙だな」


「どうしてですか?」


「傭兵が戦うのはほぼ人間だ。だが、冒険者は人間以外の方が多い。オークやゴブリン程度なら余裕だが、それ以外の見たこともねぇような相手となると勝手かってが違う。ああいうのは強い弱いじゃない。戦い方を知っているか、知らないか、なんだよ。だから、本職じゃない俺達ができる仕事は限られる。実入りの多い仕事は、本職の冒険者しかこなせないのさ。まあ、もち餅屋もちやってこったな」


 ガーランの言うことは正しい。


 だから、時空保安庁も創設時はかなり苦戦した。


 どんなに優れた武器を装備していても、倒し方がわからなければ意味がない。


 いわゆる、弱点部位を探し出す為に、かなりの犠牲を払うことになった。


 でも、その犠牲のお陰で、今では神の力を借りることなく自分達だけで邪神すら討滅できるようにまで成長した。


 それほどまでに戦い方というものは重要なものなのだ。


「わかるぜ。あたしらも、それで苦労したんだ。今じゃ、竜なんてはえみてぇなもんだが、昔は結構派手にやられてたなぁ」


「竜だと? あんたら竜を倒したことがあるのか?」


「ああ、ついこの間も邪龍を四匹ほど狩ったな。ばかでかい上に鱗がめちゃくちゃ硬いんで苦労したぜ」


「はははっ、冗談きついぜ。邪龍を四匹なんて、御伽噺おとぎばなしに出てくる勇者でもなけりゃ無理だろ」


 ガーランは冗談と思ったようだが事実である。


 第一〇九機動警備兵団は一騎当千の古強者ふるつわものばかりが揃っている。


 その一人一人が御伽噺おとぎばなし級の英雄の力を持っている。


 言うなれば、勇者師団とでも言うべきものが第一〇九機動警備兵団なのである。


 邪龍くらいは倒せて、当然。


 でなければ、邪神の足止めなんて出来はしないだろう。


「ま、冗談はさておいて、だ。最近、アルザカの奇跡が使えないとか言う話を耳にしたんだが、どういうことなんだ? 詳しいことを知っていたら教えてもらいたんだが?」


 熊吉はようやく本題を切り出す。


 それを聞いたガーランが怪訝けげんな顔をする。


「ん? おまえさん達、奇跡持ちじゃねぇのか? 昔は珍しくもなかったが、今じゃあ大抵の冒険者がアルザカの奇跡を持ってんぞ。まあ、組合ギルドを通さないと、教会で奇跡を授けてくれないからな。モグリの冒険者じゃあ、持って無くてもおかしかねぇな」


 ガーランは勝手に納得し、怪訝けげんな顔をするのをめた。


「俺達もそろそろ何処かに根を下ろして、組合ギルドに入ろうかって考えてたんだ。それで、アルザカの奇跡についても調べていたんだが、妙な噂みたいなものを耳にしたんで、気になってたんだよ」


「そういうことか。だったら、教えてやるよ。最近、アルザカの奇跡がおかしくなっちまって、ちょっとした騒ぎになってんだ」


「具体的にどうおかしくなったんだ?」


「何もかもがおかしいな。自分の強さ、相手の強さ、相手の弱点……症状は人それぞれだが、表示されたもんを信じて戦って痛い目を見るやつが増えている。最初は俺達、普通の冒険者だけに起きてたんだが、最近は使徒しとと呼ばれる神が遣わした冒険者にも被害が広がっているらしい」


 使徒しとというのはこの世界における転生者の呼び名だろう。


 男の証言は、昨日、ウラヌスさんが聞いた転生者の話と一致する。

 どうやら本当に、ステータスウィンドウの表示がおかしくなっているようだ。


「最初から奇跡を持って地上に遣わされる使徒しとどもはともかく、俺達はなけなしの金をはたいて奇跡を手に入れてるんだ。それが使えませんじゃ話にならねぇってんで、教会や組合ギルドに苦情が殺到している。使徒しとどもの一部は神とも交信できるからな。そいつらも、今、やり玉に挙げられてるってわけだ」


 元々、ステータス表示は鵜呑うのみにしていいものではない。


 だが、今回の問題はそういう意図的な誤魔化しなどではなく、より深刻な表示エラーが想定外に発生しているのだろう。


 この世界のステータスウィンドウが何処まで信頼できるものなのかはわからないが、それなりに確度の高い情報が提供されていた可能性が高い。


 それに頼り切っていたから、混乱が一気に広がったと見るべきだろう。


「俺のような副業冒険者は、元々、奇跡なんてもんを信用していなかったんで、どうってことはないんだがな。本職の冒険者、特に使徒しとどもは大慌てだ。ま、神の御威光を振りかざしてやりやい放題だったんで、い気味なんだけどな」


 この世界でも転生者はあまり好ましく思われていないようだ。

 でも、神の遣いなので無碍むげにもできない、と言ったところだろう。


「その件で他に知ってることはないのか?」


「んー、そうだなぁ。俺が知ってるのはこれくらいだなぁ。奇跡についてもっと知りたきゃ教皇のいる聖ファルナート皇国の首都ルタールにでも行ってみたらどうだ? 詳しい話が聞けるかもしれないぜ? あそこには使徒しとどもだけで編制された聖騎士団もあるしな」


「聖ファルナート皇国ってのはここから遠いのか?」


「飛空船なら一日で着ける。ここから馬車で二時間ほどのところに発着場がある。中央広場から発着場行きの駅馬車が出てるから、行くんだったらそいつを利用するといい」


 その後も、ガーランとの会話は続いたがあとはとりとめのない話ばかりで、それ以上の情報は何も聞き出せなかった。




 色々と教えてくれたガーランに一杯おごり、一緒に食事を楽しんだあと、二人は再び部屋に戻っていた。


「聖ファルナート皇国か……。行ってみる価値はありそうだな……」


 ベッドに寝そべるウラヌスが独り言のように呟く。


監視拠点セーフハウスで何も成果が得られなかった以上、今はステータスウィンドウの方から攻めるしかないか……」


 熊吉は椅子にベッドの端に座って考え込む……ような振りをして名探偵の言葉を待つ。


「馬鹿事件とは一見違うようには見えるがなんか気になるな」


「何が気になるんだ?」


「両方とも、ステータス表示が元になって不和が生じてるって点では同じなんだよ。ただ、規模が違うだけだ。馬鹿事件は女子高生三人が中心だったが、今度のはこの世界全体に同じ状況が作られている。結果として起こるのは同じだってことだ」


「そうか! 転生者の帰還による霊子イーセロンの流出か!」


「サクラ戻しをするほどがめつい運営神がそれを許すと思うか?」


「思わないな。ってか、この流れ、馬鹿事件とそっくりじゃないか?」


「だから、そこが気になるんだよ。経緯がどうであれ、最終的に辿り着く先は一緒なんだ。ステータスウィンドウの異状は、それを引き起こすことを目的にしているような気がしてならないんだよ」


「名探偵ウラヌスさん、それですよ、それ!」


「だから、あたしをその名で呼ぶんじゃない!」


 熊吉は足で背中を蹴られる。

 手加減したのかもしれないがかなり痛い。


「痛いっすよ」


「痛くしたからな。それで、話の続きなんだが、熊吉はどう思う?」


「あのがめつい運営神が自分で自分の首を絞めるような真似はしないだろうから、明らかに馬鹿事件を知っている身内による犯行だな。もっと正確に言えば、異世界派遣監視団内部の犯行だ。あそこは実質的に対外諜報ちょうほう機関だからな。それくらいの工作活動は朝飯前だろう」


「監視団が組織ぐるみで動いていたら厄介だな。こちらの動きは完全に読まれているからあっという間に狩られるぞ」


「佐倉少尉が気になるな」


「あきらめろ。って言うより、他人の心配をしている場合じゃないぞ」


 事態は荒れた海のように大きなうねりを作りながら、着実に悪い方へと流れ始めていた。

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