Case File No.003-02

 凶倉わるくら岸壁バースに停泊する警備艦『ひびき』の前でその人物は待っていた。


 長い赤褐色せきかっしょくの髪を夜風にたなびかせ、翡翠色ひすいいろの瞳でやってきた熊吉を見つめる。


 身長は高く、手足はスラリと伸び、均整の取れた美しい体をしていた。


 肌の色は元々、白いのだろうがほどよく焼けて小麦色になっている。


 年齢は二十代前半くらい。

 性別は女性。


 野趣溢やしゅあふれる化粧っのない顔は美しく、森林迷彩の陸上戦闘服一型が窮屈に感じられる豊満な胸が目をく。


 だが、やはり、一番、気になるのは、頭の上にある大きな耳と、長く伸びる尻尾だ。それ以外は人間だが、この二つはどう見ても馬だった。


「よぉ、あんたが山田大尉かい? あたしは、西ウラヌスだ。よろしくな」


 大きな背嚢はいのう肩掛かたがけにして持つ女性が、名乗りながら握手を求めてくる。


「山田熊吉です。西さんの階級は同じ大尉のようですが、そちらが序列先任でしょうか?」


 ウラヌスの階級章を見て、一応、確認する。


「あー、そいつはわかんねぇな。ま、細かいことは気にすんなよ。お互い大尉どうしってことで仲良くやろうぜ。あと、あたしのことはウラヌスって呼んでくれ。あたしもおまえのことは熊吉って呼ぶからよ。それでいいだろ?」


「俺は別に構いませんよ」


「話が分かる男でよかったよ。どうも、昔のやつは堅っ苦しくていけねぇからな。竹一たけいちは例外だけど、ありゃ女癖が悪い上に馬鹿だからな」


「ずいぶん、親しげですが、西大佐とはどういうご関係ですか?」


「ご関係ねぇ。んー、今は家族みてぇなもんかなぁ。西って名字も名乗らせてもらっているしなぁ」


 ここは現実世界ではない。


 魔法も奇跡もあるし、妖精族もいる。数は少ないが獣人系の移民者も存在する。


 時空保安庁内の職員にもなっている。


 でも、たぶん、このウラヌスは違う。

 彼女は西大佐の愛馬であるウラヌス号の魂を持つ何かだ。


 それが何かであるかはよくわからない。


 確かに獣人と呼ばれる獣の特徴を持つ人間にそっくりだが、単純に同じ存在ものだとも思えない。


 でも、それを直接、聞く勇気もない。結局、熊吉は全部見なかったことにした。


「とりあえず、ここにいても仕方がないので、乗艦しましょうか?」


「おう、ちゃちゃっと挨拶すませて、一緒に飲もうぜ。酒もつまみもたっぷり用意したからよ。今日は寝かせねぇから覚悟しとけよ」


 と、ウラヌスは豪快に笑いながら、駆け上がるように『ひびき』の舷梯げんていを登っていく。


 その左手の大きな買い物袋がのちに脅威となることを、この時の熊吉はまだ知らなかった。




 異世界というと、全く別の宇宙と思われがちだが、実際は完全に別ではなく、そのほとんどはほぼ隣にある宇宙の地球に良く似た惑星に過ぎない。


 でも、平行世界というわけでもない。可能性の分岐などではなく、根っこから別の世界と言える。

 地球と限りなく近い宇宙に存在し、限りなく地球に近い何かである。


 時空保安庁はこれを、近傍きんぼう宇宙地球よう惑星と定義している。

 これを便宜的に呼称する名称が異世界なのである。


 そもそも、宇宙の様態があまりにも違いすぎると、魂魄に蓄積された情報のコンバートが不可能になり、お互いに転生や干渉は不可能となる。


 よって、世界は無数にあっても、実際に転生できる異世界の範囲は限られる。


 その中で交流や魂魄密輸が行われる世界となると、その数は更に少なくなる。

 それでも、時空保安庁が把握し、監視している異世界の数は千を越えている。


 その正確な総数は二〇一九年一月一日の時点で一二三七個。


 これを全十八区の警備区に分類し、その動勢を監視している。


 各警備区の平均担当世界数は約68.7個。


 あまりに数が多い上に、宇宙はどこへ行っても基本的に宇宙でしかないので、世界は発見した順に番号が与えられ、区別されている。


 それが世界番号と呼ばれるものだ。


 世界番号は三桁または四桁で構成され、百と千の位は警備区を表し、十と一の位は発見した順位を示している。


 つまり、今回、熊吉達が訪れることになった第三二四世界は、第三警備区が担当する二十四番目の世界ということになる。


 元々は平和な極普通のファンタジー世界だったが、最近、日本からの魂魄密輸に手を染め、ここ数年で世界のゲーム化があっという間に進んでしまった。


 その結果、よくあるオンラインRPGみたいな世界に変貌へんぼうし、転生者の満足度は非常に高い。


 だが、元いた住人はモブでもなければNPCでもないので、非常に迷惑しているようだ。


 時空保安庁の取締が強化されたことによって、日本における魂魄密輸の被害は下火になりつあるが、いまだ霊的防御が不完全な国に標的を変えて、今も堂々と転生者を増やし続けている。


 ここの神はとにかくやり手で、転生者へのイベント褒賞として提供するヒロインやヒーローも転生者で補う阿漕あこぎな商売で霊子イーセロンを着実に稼いでいた。


 お陰で第三二四世界は、現在も時空保安庁から厳重監視世界に指定されており、最もヤバい世界の一つとして知られているが、時空保安庁の管轄は日本人の魂魄のみ。


 アメリカ人やフランス人と言った外国人の転生者に関しては注意喚起以上の干渉はできない。


 だが、緊急事態の熊吉にとって今はそんなことどうでもよかった。


 明朝〇五マル・ゴー〇〇・マル・マル、現地時間一四ヒト・ヨン〇〇・マル・マルに、警備艦『ひびき』は問題の起きた第三二四世界に到着した。


 現地の拠点が存在するラクスク公国の港町カリュータから少し離れた場所にある切り立った崖の続く入り江に隠れるようにしていかりを下ろし、錨泊びょうはくする。


 熊吉とウラヌスの二人は、そこから内火艇ないかていと呼ばれる小型の搭載艇で上陸可能な岩場まで送ってもらった。


「いっつも思うんだけどよぉ。うちらって、異世界と海でつないでやってくるわけだろ? 海のない世界だったら、うちらはどうやって来るんだ?」


 元気いっぱいに大きく伸びをして朝日を浴びるウラヌスとは対照的に熊吉の顔は青ざめている。


「転移点は…空にもある…ん…だよ……。その時は…空から…うぇっ……」


 本当に一晩中付き合わされた熊吉は我慢できずに近くの潮だまりに吐き戻す。


 小さな生物達に無駄にアルコール臭いをプレゼントするが、気分の悪さはまだ解消されない。


 普通にタメ口で話せるくらい仲は良くなったが、支払った代償があまりにも大きすぎた。


「だらしねぇな。それでも男かよ。ほら、背中さすってやっから全部、吐いちまえよ」


 熊吉の背中をウラヌスがさすってくれる。


「悪い…ちょっと調子に乗って飲み過ぎたみたいだ……」


 本当は、飲まされた、であるがかっこ悪いので口が裂けても言えない。


「まあ、あたしもちょっと眠いしな。もうちょっと休んで、歩けるようになったらここを登って街道に出んぞ。そっからカリュータまではあたしが運んでやんから大丈夫だ」


「ウラヌスが俺を……?」


「こう見えてもあたしは馬だったからな。熊吉を背負って走るくらいどうってことねぇよ」


「ってことは西大佐の……?」


「元は、な。でも、今は人でも馬でもねぇな。妖怪とか精霊? なんか、よくわかんねぇけどそういうもんに近いって言ってたな。まあ、細かいことは気にしないたちなもんで、どうでもいいけどさ」


「ま、俺も面倒なのは嫌いな方なんで、どうでもいいや。それより、ここにいても仕方がないからとりあえず上まで行こうか」


 熊吉はを終えた口を別の潮だまりの海水ですすぎ、自分の装備が入った背嚢はいのうを背負おうとする。


「そいつを寄越よこしな。そんなもん背負って歩いたら倒れちまうぞ」


 ウラヌスは熊吉の手から背嚢はいのうを奪い、自分の背嚢はいのうと両方で肩掛けにして軽快に岩場を登っていく。


 周囲は切り立った崖だが、この場所だけは小さな磯になっていて、傾斜がなだらかな岩場が上に向かって続いていた。足場は悪いが、普通に歩いて登っていける。


 五分ほどで登り終えると、上には草原が広がっていた。


 海風に背中を押されながら歩いて行くと、事前に地図で確認した街道に辿たどり着いた。


 近くに適当な岩があったので、そこに腰を下ろして一端、休憩する。


 まだ調子の悪い熊吉は水筒の水を飲み、ウラヌスは胸のポケットから地図と方位磁石を出して現在地を確認する。


「ここから東へ約五キロってとこだな……。普通の足で一時間ちょいか……。背負って全力疾走すりゃあ五分で着くんだけどなぁ……」


 水筒の水を飲み、死んだ顔をする熊吉を見て、ウラヌスは深い溜息をく。


「悪いけど…吐かない自信はないぞ……」


「だよなぁ。よし! しゃあーねー、荷物は俺が持ってやっから休み休み行くぞ」


 ウラヌスは二人分の荷物を背負って歩き始める。


 熊吉は水筒を腰の弾帯だんたいにつけて立ち上がる。


「色んな意味で規格外だな……」


 大きなお尻と尻尾を振りながら進むウラヌスに続き、熊吉も歩き始めた。




 港町カリュータには現地時刻で一七ヒト・ナナ〇〇・マル・マル頃に到着した。


 街道へと上がったのが一五ヒト・ゴー〇〇・マル・マル頃だったので、実に二時間もかかったことになる。


 予定より一時間以上の遅れだ。


 その原因である熊吉は、適度に汗を掻き、水を飲んだお陰で少しは楽になっていたが、まだまだ絶不調が続いている。


 街の入り口を護る番兵に怪しがられながら、少し多めの入門滞在税を払って街の中に入る。


 ひなびた小国であるラクスク公国の中でも、この街は別格の規模を誇る。


 ちょうど貿易中継地点となっている為、国や地域を越えて人と物が集ってくるのだ。


 その為、街全体が活気を帯びている。規模はこちらの方が小さいが、その情緒ある街並みはどことなく横浜を彷彿ほうふつとさせた。


「それで監視拠点セーフハウスってのはどこにあるんだっけ?」


 門を潜ったところでウラヌスが訊いてくる。


「ロクマ地区ってとこだ。まあ、こっちで言うところの下町みたいなとこらしい」


「そこってあたしらが泊まれる場所はあんのか?」


「おそらくないんじゃないか」


「だったら、先に宿を探して、それから腹ごしらえだ」


「先に監視拠点セーフハウスに行かなくていいのか?」


「定時連絡がない時点で、何者かの襲撃を受け、放棄された可能性が高いな。ひょっとしたら、戻ってくることを想定して、そいつらが待ち伏せていることもあり得る。焦ったら敵の思うつぼだ。状況がよくわからねぇ時こそ、じっくり攻めるもんなんだよ」


 さすがは第一〇九機動警備兵団に所属するだけのことはある。


 適切な判断に、熊吉は感心する。


 と同時に、おそらく判断を誤った中津横須賀なかつよこすか陸上警備兵団の護衛に失望を禁じ得ない。


「先行した部隊からの連絡がないのはどう考える?」


「んなもん、しくじったに決まってんだろ。生きて捕まってりゃあ、まだい方だ」


「やっぱり、そうだよな……」


 分かってはいたが、改めて言われると落胆は隠せない。


横陸警よこりっけいだって木偶でくじゃねぇんだ。警務官の一人くらいは護りきれるさ」


「だといんだが……」


 くよくよしていても始まらないので、宿のある街一番の繁華街を目指すことにする。


 門から歩くこと十五分、街の中心であるタルグ地区は大勢の人々で賑わっていた。


 既に市は終わり、買い物をする時間ではなくなっていたが、酒場やレストランかはこれからが稼ぎ時のようで、港町に相応ふさわしく、うまそうな魚介の匂いを道に溢れさせていた。


「あたしは目と耳は良いんだが、鼻はそれほどでもなくってね。よさそうなところがあったらチェックしといてくれ」


「わかった」


 タルグ地区を一通り廻ってみた結果、いくつかよさそうな宿をみつけた。


 一件ずつ値段を聞き、一番安いところに決める。朝夕の食事付きで一人一泊、四千円くらいの値段だ。


 ラクスク公国の発行する貨幣であるザカの紙幣で三日分先払いしようとすると、女将おかみが一緒の部屋とベッドを使うのなら半分でいいと言ってきた。



「どうする? あたしは別に構わないけど」


「この先、何があるかわからないし、節約しとくか」


「決まりだな」


 新婚向けのい部屋があると女将おかみに案内され、ふと咲の顔が浮かぶ。


 心の中でこれは仕事だと割り切って部屋に入る。


 部屋はダブルベッドの他、テーブルと椅子が二つ置かれ、クローゼットもある。坂の上にある宿の六階なので窓を開けると、海と街が一望でき、眺めは抜群だ。


 ファンタジー系の宿には珍しく、部屋に風呂とトイレが完備されているし、部屋が少し狭いことを除けばかなりい部屋だと言える。


「これで一人、二千円か。ちょっと得した気分だな」


 熊吉は早速、上着と靴を脱いでベッドの感触を確かめる。少し堅めだが寝心地は悪くなさそうだ。


「少し横になってろ。装備の整理は熊吉の分もやっといてやるよ」


 部屋の隅に荷物を置いたウラヌスが、荷を解いて、衣類などをクローゼットに移し始める。


 ぶっきらぼうで酒豪だが、面倒見がよく、気が利いている。


 咲ほどではないが美人だし、胸もお尻も大きい。


 ウラヌス号は元々、牡馬ぼばだったが、その荒い気性を鎮める為に去勢されて騸馬せんばとなっている。


 女に生まれ変わったのはその影響だろうか。

 いや、そもそも本当に女なのか。


 確かめるすべは今のところないが、あの胸が偽物だとは思いたくない熊吉だった。


「さてと、装備の整理は終わったし、あとは食って風呂入って寝るだけだな。あたしは腹が減っているから飯を食いにいくけど、熊吉はどうする?」


「大分、落ち着いてきたから俺も軽く腹に入れておくよ。ただし、酒にはつきあわないからな」


「わかってるって。そんなに警戒すんなよ」


 熊吉はベッドから起き上がり、ウラヌスと共に一階のレストランに向かった。

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