Case File No.003 『ステータス詐欺に御用心』

Case File No.003-01

 あの試合の後、一週間ほど中津横須賀なかつよこすかにある時空保安庁中津横須賀なかつよこすか病院に入院した。


 中津日本なかつひのもとには魔法があるので地上よりも怪我の治りは速い。

 それでも大手術を受けて三日間は眠り続けるほどのダメージを受けていた。


 『いかづち』が臨時修理に入ったことで、同じように艦を降りていた医務長の手塚てづかおさむ先生が、生きていたのが不思議なくらいだ、と言って、包帯でぐるぐる巻きになった熊吉をスケッチブックにデッサンしながら笑っていた。


 おさむ先生は時空保安庁きっての名医だが、同時に漫画家でもある。


 なので、常にスケッチブックを持ち歩き、面白いものを見つけると仕事そっちのけでデッサンをしてしまう癖があった。


 おさむ先生の最近のお気に入りは、毎日、病室を見舞いに訪れる咲だった。


 あれ以来、女房のように世話を焼いてくれる咲の姿を見つけると、診察の振りをして三十分近くは絵を描き続ける。


 そんなことが一週間も続いたが、今日、晴れて退院となり、おさむ先生に、僕がいるうちにまた入院しに来てね、と不吉な言葉で見送られて自宅に戻った。


 先の戦闘で『いかづち』が受けたダメージが思ったより深刻で臨時修理は今月一杯かかるらしく、帰ったらまだ妖精ちゃんが居候いそうろうを続けていた。


 咲が入れ知恵したのか、それとも、悪いと思ったのか、帰ってきて早々、熊吉にお金を渡してきた。


 分厚い封筒の中を覗くと、帯封された諭吉さんが入っていた。


「何これ? 迷惑料?」


 熊吉が問いかけると、妖精ちゃんがかぶりを振って否定した。


「違う。この間の試合、クマッタに賭けて、もうかったからあげる」


 ちなみに、クマッタは妖精ちゃんだけが使う熊吉の愛称だ。


 出会った頃は、山田大尉と普通に呼んでいたが、クマッタさんをて、クマッタへと進化した。


「どれくらいもうかったの?」


「二千円賭けてたから一九九万七八〇〇円。山分けで半分。二二〇〇円はお見舞いに行かなかった分。百万は今後の迷惑料も含まれてます」


 お見舞いに行かなかったことへのお詫びの気持ちが低すぎるような気がするが、今後も迷惑をかける気、満々のようなのでありがたく頂戴することにした。


「そうだね。今後、迷惑かけることもあるから、これは預かっておくよ。でも、困った時はいつでも言ってね。返してあげるから」


「わかった」


 素直にうなずく妖精ちゃんの頭を撫でてから、封筒を咲に渡す。


「とりあえず、これは咲ちゃんにあげるね」


「私が預かってよろしんですか?」


「まだまだ入り用な物はあるでしょう。それにいつまでもここにいるわけにはいかないから、部屋を借りる資金も必要だろうしね」


 咲は神殺しの一件で書類送検されたが、結局、検察官が嫌疑不十分の判断を下し、不起訴となった。


 というより、あちらの世界でも比較的、戦闘力が高かった伝令神ヴァルオーンが瞬殺されたことで、すっかり腰が引けてしまった主神ゼーガから、今回の件は水に流して欲しい、という申し出があり、出雲いずも議会から時空検察庁への働きかけが行われたようだ。


 結果、不起訴となった咲は、黒横浜くろよこはまの入国管理センターに移民申請を出し、昨日、申請が通って中津日本なかつひのもとへの滞在が正式に許可された。


「あのぅ、私がここにいてはご迷惑でしょうか?」


「いや、迷惑じゃないよ。家事を全部やってもらってるんだから大助かりさ。むしろ、ずっといてもらいたいくらいだよ」


「でしたら、ここにずっと置いていただけませんか? 私はここで熊吉さんと一緒に暮らしたいです。どうかよろしくお願いいたします」


 咲は畳に手をついて頭を下げる。


 咲がこの間の試合で、熊吉が勝ったら自分を捧げると言ったことは、見舞いに来た長官から聞いて知っている。


 入院中は、それで義理立てしているだけだと思ったが、どうやらそれだけでもないようだった。


「本当に良いの? こんな俺で?」


「はい! 不束者ふつつかものですが、末永すえながくよろしくお願いいたします」


 咲がもう一度頭を下げる。


「こちらこそ、お願いします」


 熊吉も手をついて頭を下げる。お互いがほぼ同時に顔を上げる。あまりにも息ぴったりだっらので、何だかおかしくて笑ってしまう。


「さっきの結婚式のご祝儀ってことでよろ」


 妖精ちゃんが笑い合う二人に向かって冗談半分に言うと、二人は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。


 時は二〇一九年二月十一日月曜日。

 事件の起きる前日のことだった。




 二月十二日火曜日。


 退院後、初めての出勤日、第三警備区特別検査隊の隊司令である小松中佐は出張で不在で、代わりに先任班長である直属の上司、第三十六班さんじゅうろっぱん長の中村和博かずひろ少佐に挨拶する。


 癖のある髪に、ちょび髭をたくわえた中村少佐はちょっと野口英世に似ているが、あれよりもずっと男前だ。


 ガミガミとうるさく言うことはなく、とても温厚で人当たりが良い。


 怒ることは滅多にないし、迷惑かけたら一緒になって奔走ほんそうしてくれるし、最高の上司である中村少佐が司令代理となったことで第三警備区特別検査隊の雰囲気は見違えるように穏やかになっていた。


「山田君、退院直後で申し訳ないが、三十六班さんじゅうろっぱんの受け持ち警備隊である第六警備隊の『ひびき』に乗ってもらえないか? 第三二四世界の監視、捜索部隊からの定時連絡が途絶えたらしいんで、まずは確認に向かうことになったんだよ。『ひびき』の魔法長は、転移魔法持ちだからね。今夜中に緊急出港することとなり、現在、出港に向けた諸作業を進めている。このまま一度、自宅に戻って乗艦準備を整えたのち、『ひびき』の停泊する凶倉わるくらに向かってくれ」


「『ひびき』には佐倉が乗っていたでしょ? あいつはどうしたんですか?」


 佐倉とは『ひびき』の艦上警務官である佐倉綾牙りょうが少尉のことである。


 防衛大学在学中に心臓突然死で死亡し、勧誘を受けて時空保安庁に入庁した。


 その後、時空保安大学に転入。


 卒業後、初となる部隊勤務先として、この三十六班さんじゅうろっぱんに選ばれた。


 若いが真面目で、やる気もあり、熊吉のことをよく慕ってくれている。


 熊吉も同僚というよりは子供か孫のように可愛がり、色々な面倒を見てやっている。


 あの部屋にも何度となく泊まっている気の置けない仲間の一人だ。


「佐倉少尉は『ひびき』が第ふた待機中だった為、陸上警備兵団の護衛をつけて二式大艇US-2改で先行してもらっている。第三二四世界は比較的近い位置にある異世界だ。二式大艇US-2改の足の速さと出発時刻を考えれば現場には既に現場には到着しているはずなのだが、いまだに連絡はない」


「何が起きてるんですか?」


「さっぱり分からん。出雲いずもも外交ルートを通じて第三二四世界の神々と連絡を取り合っているようだが、向こう側もかなり混乱しているらしく詳細は不明との報告を受けている。まったく、隊司令の不在時に厄介なことが起こったものだよ」


 言うほどに、中村少佐は困った顔をしていない。余裕があるというか、とにかく落ち着いて、いつもどおりなので聞いている熊吉も焦らずに済む。


「佐倉少尉は真面目な男です。連絡がないのは心配ですね」


「そうだな。でも、だからこそ、山田君の力が必要になるかもしれん」


「私の力ですか?」


「先の試合、読捨よみすての報道は相手の体調不良による自滅となっていたし、中継を見た多くの視聴者もそれで納得している。だが、俺の目は誤魔化されんぞ」


 時空保安庁内部でもあの試合は、そういう風に処理されている。


 真実を知っているのは長官や建御雷神タケミカヅチノカミと言った限られた者だけだ。中村少佐は報道されたこと以上の情報は何も知らないはずなのだが、鎌をかけているというよりは確信していると言った言い方に聞こえた。


「何のことでしょうか?」


「とぼけやがって。まあ、いい。とにかく、君には期待している。だが、無茶はしなくて言い。状況の確認を第一に、余裕があれば佐倉少尉と合流、そののちに帰還せよ。対処不能と判断した場合は、その時点で任務放棄と帰還を許可するものとする。命令は以上だ。何か質問はあるか?」


「状況の確認に、監視、捜索部隊との接触は含まれるのでしょうか?」


「直接、間接を問わず接触は特に求めない。定時連絡不能となった異常事態の現状を把握するだけで充分だ。このヤマに関しては、各異世界の情勢を監視している部隊、異世界派遣監視団が主体的に動いている。我々はそこからの支援要請を受けたに過ぎない。無理をする必要は全くない」


「じゃあ、そっちは適当にやって佐倉少尉を連れ戻すことに全力を注ぎますよ」


「それでいい。現状、何も分かっていないが、あそこの司令部にいる同期の参謀に聞いた限り、我々は異世界派遣監視団が起こした問題の尻拭しりぬぐいをさせられている可能性が濃厚だ。本気で付き合ってやる道理はないだろう」


 こういうところが中村少佐が好かれる理由なのだろう。


 きっと、小松中佐がいたら、状況を確認を優先し、完遂かんすいするまで帰還を許さなかったに違いない。


 とはいえ、小松中佐のやり方が間違っているとも言い切れない。

 その方が大勢を救う可能性があるのは確かだからだ。


 要するに、速やかに事態を収束させるか、新たな犠牲を出さない為に慎重になるか、という仕事へのスタンスの違いがあるだけだ。


 ただ、部下として後者の方が嬉しいのは間違いなく、結果、小松中佐は嫌われてしまっているのである。


「あまり考えたくはありませんが、先行した佐倉少尉に護衛の随伴を要請されたということは戦闘が予想されたということですよね? 僕にも護衛はつけてもらえるんですか?」


「今回、中津横須賀なかつよこすか陸上警備兵団からの人員派遣はない。あれは元々、中津横須賀なかつよこすか基地を中心とする中津日本なかつひのもと内の施設警備が主な仕事だ。部隊規模も練度も大したことはない。前は緊急につき要請はしたが、戦力としてはあまりにも脆弱すぎる。そこで、今回は第三警備区に所属する警備兵団の中でも、最強のあそこに強力な助っ人を頼んである」


「それって、まさか……」


「ああ、時空保安庁最強の警備兵団、栗林中将麾下きかの第一〇九機動警備兵団だ。しかも、バロン西こと西竹一たけいち大佐の右腕を派遣してもらえることになった」


「西大佐の右腕だなんて、えらく気前のいじゃないですか。何か裏があるんじゃないんですか?」


「そう、なんでもかんでも疑ってかかるのは、俺達の悪い癖だな」


「でも、何もないわけではないんでしょ?」


 さらに追求すると、中村少佐は観念したかのように話してくれた。


「現在、第一〇九機動警備兵団は第三一七世界と第三〇六世界に部隊展開中なので、派遣できるのはたったの一人だけだと言われた。正直、迷ったが西大佐の右腕だと言われたのでお願いしてしまったんだ。だが、さすがにそれだけだと人数が足りないので、中津横須賀なかつよこすか陸上警備兵団にも要請したんだが、これ以上は勘弁してください、と言われてしまった。他の機動警備兵団に至っては知り合いがいないので、文書要請を後回しにして人員の先出しをしてもらうことはできなかった」


「ってことは、護衛はたった一人ってことですか? こんなやばそうなヤマなのに?」


 熊吉に責めているつもりはなかったが、中村少佐はちょっと申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。


「その代わり吾妻島あずまじまの倉庫から必要なものを届けさせてやるよ。武器でも何でも、好きなだけリストを書いて私に預けろ。出港までにふねに届くよう手配してやる」


 吾妻島あずまじまは島全体が補給用の倉庫となっている補給基地だ。


 元々は陸続きの岬だったが、明治二十二年に水路が造られたことにより陸と分断されて島になった。


 地上の日本は全島が米軍の施設となっているが、こちらの吾妻島あずまじまは時空保安庁中津横須賀なかつよこすか基地の施設が置かれている。


 正式名称は、吾妻島あずまじま補給倉庫。


 武器、弾薬、燃料、食糧、被服、予備品、消耗品、その他、あらゆるものが備蓄されている。


 それらの補給物資は、島への定期便に乗って直接、受け取りに行くこともできるが、庁内ネットワークのホームページ上から依頼すればすぐに届けてくれる。


 諸手続も電子化されて自動的に必要書類が作成されるので、ネットショップ感覚で気軽に利用できるが、各部隊の自由裁量枠予算を容易に食い潰すので利用を制限する部隊も少なくない。


「予算はどれくらいまでOKなんですか?」


「請求は異世界派遣監視団司令部に回してやるから遠慮無く使ってやれ」


「じゃあ、遠慮無くやっちゃいますね」


「リストを作ったら、もう帰っていいぞ。出港は二〇フタ・マル〇〇・マル・マルを予定しているから、それまでは自宅でゆっくりしておけ」


 時刻はまだ午前九時だ。小松中佐だったら、午前中は仕事をしていけと言っただろう。中村少佐が司令代理で本当に良かった。


「じゃあ、早速、リスト作ってきます」


 熊吉は自分の机に戻ってすぐに自分のパソコンを開き、あっという間にリストを作成して、風のように帰って行った。

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