Case File No.001-04

 大谷が最初の一撃を外したことは痛かった。


 でも、敢えて砲撃を受ける、という選択肢を選ばず、急上昇で回避したことで邪龍の受けているダメージが相当深刻なものであることがわかったのは幸いだった。


 遠目ではわからなかったが、近くで見た邪龍の翼はボロボロで、鱗はがれ、体中の至る所に痛々しい創がつけられている瀕死に近い状態だった。


 邪神さえ平気でほふる一騎当千の英霊達で構成された第一〇九機動警備兵団が、邪龍ごとき小物を無傷で取り逃がすはずもなかったわけだ。


 無傷だったら、一二七ミリでも仕留めるのは難しいが、これならば弾さえ当たれば何とかなりそうな雰囲気だった。


 妖精ちゃんとのやりとりで強気を見せながら距離をとっていたので妙だと思っていたが、そういうことのだったのかと熊吉はようやく理解した。


 でも、勝てるかも、と一瞬でも思ったのは大間違いだった。


 警戒して距離を取った邪龍が、ブレス攻撃を始めたからである。


 気付いた時には前部主砲が半分ほど溶かされていた。光線がほとばしったので、レーザーのようなものかと思ったが、ライラさんによると荷電粒子線に近いものらしい。


 一応、艦全体に防御魔法が施されていたが、汎用防御魔法だったので、魔法室に指示して光防御魔法へと切り替えてもらう。


 それから一時間、真雪ちゃんのデタラメな操艦とライラさん達の魔法でどうにかしのいでいるが、完全に警戒してしまった邪龍は、攻撃時以外はこちらの射程に入ろうともしない。


 主砲より射程のある誘導弾を使ってみたが、ブレス攻撃であっさり破壊されので、二発目は撃っていない。


「打つ手なしだな」


 熊吉が溜息をく横で、大谷大尉が欠伸あくびをする。


 大谷大尉は完全に気が抜けてしまって、ゴーグルを外し、コントローラーも格納箱に戻していた。


「しっかし、クマさんも甘いっすね。こいつらをここまで待避させるなんて」


 大谷大尉の言うとおり旗竿はたざおの二人はタイミングを見計らって指揮所まで待避させた。


 推定翼長が百メートルを超える化け物に喰われそうになったことが余程ショックだったのだろう。


 指揮所にいるみんなで救助に向かったら、二人とも泣いていた。漏らしたり、気絶していてもおかしくない状況だったので、ほんの少しだけ見直した。曲がっていようが、根性だけはあるようだ。


 ちなみに、友樹ともきは相変わらずパンツ姿だが、美桜みおっちはさすがに不味まずいと思ったライラさんが外套がいとうを貸してあげていた。


 そして、何故なぜか、今、熊吉は美桜みおっちに前から抱きつかれている。そのせいで先程からマッチョの視線が冷たくなり、妖精ちゃんのつねる攻撃が威力を増している。


「大谷、敢えて言わせてもらうが、こうなった責任はおまえにあるんだからな」


 熊吉は大谷の名誉の為に理由を言わなかったが、それを横で聞いていた宗像兵曹長が黙ってはいなかった。


「馬鹿野郎! おめぇが次から次へと外しまくったせいで、山田大尉の面子めんつが丸潰れじゃねぇか! 俺も久しぶりの測距だからはりきってたのによぉ! 見ろ、あの龍! 完全にアウトレンジじゃねぇか! 小沢提督じゃねぇんだぞ! このアホタレがっ!」


 宗像兵曹長がついに我慢しきれなくなって大谷大尉のメットに拳を打ち下ろす。ガスって言う鈍い音がしてメットがずれる。


 顎紐あごひもでしっかり固定しているメットがずれるのだから相当強烈な一撃だったようで、大谷大尉はその場にうずくまってしまった。


掌砲長しょうほうちょう、俺らは特別だってのを忘れないでくださいよ」


 戦争経験者は、年を取らないこと以外に、色々と神々から便宜を図ってもらっている。


 海上自衛隊出身の大谷大尉とは、基本の身体能力においても差がある。その気になれば鉄ヘルをへこませることだって出来てしまうのだ。


「大丈夫ですよ。こいつ、見た目以上に頑丈ですから」


 と、宗像兵曹長がもう一発、軽めの拳骨げんこつを喰らわせる。軽めと言っても、ズシリと頭に響くのだろう。大谷大尉は頭を抱えてうなり始める。


「しかし、山田大尉も上手うまいこと考えましたな。敢えて電探連動にしなかったのは弱点部位を狙わせるおつもりだったのでしょう?」


「電探連動ならとりあえず命中はしますが、邪龍のうろこに弾かれてしまいますからね。大谷の腕に賭けてみたんですが少々荷が勝ちすぎていたようです」


「いや、こいつをかばうわけではありませんが、あれに命中させるのは偶然に頼るしかないでしょう。紙一重かみひとえかわした敵を褒めてこそ、こいつの腕を責めることはできません。少なくとも、私に命中させる自信はありません」


掌砲長しょうほうちょうでもダメですか。ということは、やはり、あの邪龍を倒すことは無理だったわけですね。敵前逃亡という艦長の判断は結果的に正しかったわけです。このデタラメな回避運動といい、あの、本当は素質があるんじゃないかって思っちゃいます」


「私もそんな気がします。副長もそれを見抜いておられるから厳しく指導されているのでしょうね。素直な分、伸びしろも大きいと思いますし、才能の上に胡座あぐらをかいているコイツらも少しは見習って欲しいところです」


 コイツらの中には美桜みおっちも含まれるのだろう。


 なんだかんだで息子のように可愛がっている大谷大尉はともかく、美桜みおっちを純粋に評価しているのは意外だった。


 美桜みおっちは自己顕示欲が旺盛おうせいなあまり、つい、他人を見下しがちになるという欠点があるが、会話術にけ、着飾ることに余念がないので、異世界人との交流場面で重宝される。


 また、腹黒い策謀を巡らせることを得意とするので参謀としても有能だ。特に何も知らない男を騙し、手玉に取ることにかけては彼女の右に出るものはいない。


 お金にシビアなところも、ふねの台所を預かる補給長には向いていると言える。


「大谷はともかく美桜みおっちの才能も認めているのですか?」


「良い女か、悪い女かで言えば悪い女ですが、使える士官か、使えない士官かで言えば使える士官だと思います」


「だってさ」


 胸にしがみついたまま小刻みに震えている美桜みおっちの頭をポンと叩いてやる。


「微妙なんですけど……」


 強がりを言えるくらいには回復したのだろうが、まだ涙声だ。


掌砲長しょうほうちょうは滅多に人を褒めないからね。使える士官って言ってもらえるだけでもすごいことだよ」


「あたし…すごい……?」


「ああ、すごい、すごい。だから、ちゃんとしような?」


「うん…わかった……」


 ようやく美桜みおっちが離れてくれる。でも、妖精ちゃんは離れてくれない。つねる攻撃はやめてくれたけど、ここが定位置だと言わんばかりにぴったり背中に張り付いている。


「あのぉ、僕、本当に日本に帰してもらえるんでしょうか……?」


 すっかりその存在を忘れられていた友樹ともきが控え目に質問してくる。


「ようやく帰る気になった?」


「帰れる気がしませんけど、あれに喰われるくらいなら帰りたいです」


「消極的だねぇ。そんな弱気じゃ、帰ってもいいことないよ」


「参考までに帰らないと、どうなります?」


「え? あれに喰われたいの?」


 熊吉が邪龍を指さすと、友樹ともきは勢いよく首を左右に振った。


「帰らないってのは、つまり、そういうこと。ちなみにここでの死も、地上の死と同じだから。その仮の肉体が消滅し、君の魂魄は閻魔えんま王庁で審判されることになる。まあ、今のままだと間違いなく地獄送りだろうね」


「地獄送り……」


「検挙と送検、起訴まではうちの仕事だけど、裁くのは閻魔えんま王庁の仕事だから。君みたいに地上への帰還が可能な場合は、犯罪の有無にかかわらず強制送還なんだけど、ああいうのに喰われちゃうと地上にある肉体との繋がりが断たれちゃうから、死者と同じ扱いになって閻魔えんま王庁に送られるってわけ」


「だったら、帰るしかないじゃないですか!」


 今更いまさらなことを言う友樹ともき


「最初からそう言ってるんだけどね。帰ったらちゃんと良いことをいっぱいして徳を積むんだよ。閻魔えんま王庁の審判は点数制だからね。今の君は異世界での放蕩三昧ほうとうざんまいで相当減点されているから取り戻すのは大変だろうけど頑張ってね」


「そ、そんなぁ……」


 友樹ともきの顔が再び青ざめていく。この世は因果応報だ。何人なんぴとも罪から逃れることは許されない。努力に見合った対価を得る分には問題ないが、友樹ともきのように何も成さないまま異世界から戻ってきた者は厳しい罰が待っている。


「とりあえず、俺たちとしても帰してやりたいんだけどさぁ……」


 熊吉はその視線を魔法長であるライラさんの方に移動させる。攻撃不可能となった今やライラさんを含む魔法科の皆さんにこのふねの命運がかかっていると言っても過言ではない。


「大変申し上げにくいのですが魔力が底を突きました。次にブレス攻撃が命中したら防ぐ手段はありません。なお、この事実は魔法室から艦橋に報告済みです」


 無表情のままライラさんは淡々と報告する。


「これで真雪ちゃんの操艦だけが頼りか……」


 防御魔法はもう使えないが当たらなければなんとかなる。実際、ここまでに計十四回のブレス攻撃を十一回もかわしてきたのだ。命中率は約二割なので、それほど高い数字じゃない。


“医務長、看護長、艦橋、急げ”


 美桜みおっちはここにいるので、代打となった艦橋伝令の辻村兵長の声で艦内放送が聞こえる。


 医務長は船医、看護長は衛生員のトップである。二人が呼ばれたということは艦橋で誰かが負傷したということだろう。


 だが、邪龍は次のブレス攻撃に備えて魔力を溜めている最中だ。艦橋に命中したのならわかるが、どういうことなのだろうか。


 嫌な予感がした熊吉は伝令のマッチョに言って、艦橋への問い合わせを行う。


「艦長が船酔いと緊張から、ゲロを吐いて倒れたそうです……」


 しばらくして返って来た答えがこれだった。


「嘘…だろ……」


 熊吉の口から自然とこぼれたのは安っぽいバトル漫画にありがちなセリフだった。


「いよいよ、追い詰められましたな」


 宗像兵曹長が苦笑いを浮かべる。


「追い詰められたってどういうことですか? 僕はどうなるんです?」


「簡単に言うと、魔法のバリアーが使えなくなって、上手く攻撃をけていた艦長さんが倒れた。攻撃はできないから完全に詰んだ状態だね」


「それじゃあ僕は……」


「運が良くてブレス攻撃で消滅。運が悪けりゃ海に投げ出され、浮かんでいるところをおいしくいただかれることになるね」


「冗談じゃない…僕は被害者なんだ……」


 友樹ともきは膝を抱えてみっともなく泣き始める。二十二歳でも中身は子供のようだった。熊吉は二十二歳だった自分を振り返る。


 学徒出陣で出征し、右も左もわからぬまま、即席の士官として責任だけを押しつけられる地獄の日々だった。


 古参兵はとても怖くて、つらさに泣くことさえ許してくれなかった。


 そういう時代だったから、子供も大人の振りをしていた。


 友樹ともきよりも若い兵隊が泣く場面は何度か見たことはあるが、子供のような泣き言を聞いたことは一度もなかった。


「君達の世代は俺達を悪鬼羅刹あっきらせつごとくに教えられ、進んで人を殺した犯罪者のように言うけれど、それでも俺達は自分達が戦争を強いられたかわいそうな被害者だと反論したことは一度もないよ。それは自分のやったことを誇りに思っているからだ。愛すべき国を、護るべき大切な人々を護る為に俺達は戦ったんだ。たとえ、敗戦の反省の中で、死人に口なしとばかりにスケープゴートにされても、俺達の胸に誇るものは決して変わらない。君達、戦後の者に罵詈雑言ばりぞうごんを浴びても揺るぎはしない。護れなかったことへの反省と謝罪は確かにあるけど、護ったことへの後悔なんて一度もしたことはない。友樹ともき君、君が異世界で本当に何かを成し遂げていたなら、被害者なんて言葉は出なかったはずだ。一人の日本人として本当に残念だよ」


 友樹ともきは何も言わずただ泣き続ける。そうしていれば何とかなる時代と環境に恵まれていたのだろう。


 熊吉はそのことを思い知ってもらいたかったが、これ以上、友樹ともきを責めるのはお門違かどちがいだと思い、背中に張り付いている妖精ちゃんに声をかける。


「ドラゴンさんの動きはどう?」


「こっちの魔力切れ、ばれたみたい……。次で終わりだって言っている……」


「例のやつはどう? 間に合いそうな感じ?」


「たぶん、大丈夫……。一分後、右に来るって……」


「よしっ!」


 熊吉は思わず声に出して喜んだ。


 そして、マッチョに伝令を頼む。


「マッチョ、艦橋に伝令。一分後、右舷みぎげんにGF旗艦が時空跳躍で現出する。各部、衝撃に備えよ。って伝えてくれる」


 マッチョが慌てて艦橋に伝令すると、すぐに辻村兵長の声で放送が入った。


“達する。一分後、本艦右舷みぎげんにGF旗艦が時空跳躍で現出する。各部、衝撃に備えよ!”


 気合いの入った辻村兵長の声に続き、回避運動が止み、ふねは真っ直ぐに航行を始める。


 あとは次回のブレス攻撃までの時間が一分以上あることを祈るのみだ。これは魔法長であるライラさんに聞けば分かる。


 ライラさんはこの指揮所でずっと魔力観測を行い、発射のタイミングを艦橋に報告してくれていた。その攻撃間隔もある程度なら予測することができるに違いない。


「ライラさん、溜まった魔力量からドラゴンの次回攻撃は予測できますか?」


「警務官、よい報せです。飽くまでも推測ですが、次回攻撃は約九十秒後に行われるものと思われます」


「どうやら間に合いそうですね」


 熊吉はほっと胸を撫で下ろし、ライラさんの予測をマッチョを通して艦橋に報告させた。


「山田大尉、これはどういうことなのですか?」


 宗像兵曹長が訊いてくる。


「妖精ちゃんのお姉さんがGF旗艦で通信長をしているそうなんです。姉妹どうしなら、長距離念話が可能だとうことも以前に聞いていましたので、状況を報告し、救助の要請を行いました。あそこの魔法長は安倍晴明あべのせいめいに繋がる大魔法使いですからね。ふねごと時空跳躍できることは知っていましたが、間に合うかどうかは微妙でした。でも、真雪ちゃんとライラさんの活躍でどうにかなったようです」


「あなたという人は……。さすがは長官お気に入りのアブラムシと言われるだけのことはありますね」


掌砲長しょうほうちょうおだてるのなら今度、一杯おごってくさいよ」


「一杯どころか入港したら浴びるほど飲ませてあげますよ」


 宗像兵曹長が笑いながら敬礼する。


上手うまく行ったらお願いします」


 と、熊吉は答礼して、いまだに泣き続けている友樹ともきの背中を叩く。


「ほら、もうすぐ助っ人が来るから、立った、立った」


 熊吉は友樹ともきを無理矢理、立たせて、お尻のポケットに差してある手ぬぐいを差し出す。


「それで顔を拭いて、よく見てて、面白いものが見られるから」


「面白いものって何です……?」


 友樹ともきが差し出された手ぬぐいを受け取る。


「それは見てのお楽しみだ」


 熊吉はそう言って涙をぬぐ友樹ともきの頭をポンと叩いた。


「来るよ……」


 背中の妖精ちゃんがポツリと呟く。


 直後、右の海上に目映まばゆい光が放たれた。まるで、太陽のような光が集束し、一つの巨大な艦影を形作る。ドーンという大きな波しぶきと共に、それは海上にその姿をあらわにした。


 全長二六三メートル、基準排水量六四〇〇〇トン


 廃棄によって中津日本なかつひのもとへと流れ着いた原子力船『むつ』の三菱原子力工業製加圧水型軽水炉を、元同社技術陣の下で発展改良させた九九式加圧水型艦用軽水炉を二基搭載。


 四基の蒸気タービンが生み出す出力の合計は約二十六万馬力。


 主砲として零式四十五口径四十六センチ三連装先進砲二基を搭載。


 装甲はオリハルコンと同じ強度を持つ火廣金ヒヒイロカネによって作られ、舷側の厚みは四一〇ミリにも及ぶ。


 その巨漢はまさしくくろがねの城と呼ぶに相応ふさわしい。真横に並ばれるとその大きさに改めて圧倒されてしまうほど強烈なインパクトがある。


「これってもしかして……?」


 その姿は友樹ともきも見覚えがあるようだった。


「警備艦隊旗艦、甲種特大型とくおおがた警備艦『大和やまと』。かつての戦艦『大和やまと』の現在の姿だ」


 現出によって発生した波しぶきをかぶりながら熊吉は説明する。


「これが…戦艦『大和やまと』……」


「そう、これが邪神さえもほふる男のふねだ。このふねにかかれば、あんな邪龍なんてハエも同然さ」


 『大和やまと』の主砲は先進砲と呼ばれるものである。先進砲とは追尾誘導機能を持つ誘導砲弾が発射可能な砲のことである。


 誘導は有視界なら艦側の誘導レーザー、視界外なら砲弾側の電波により行われる。


 発射される零式誘導徹甲弾はロケット補助推進弾となっており、その最大射程は約六十三キロメートルにも及ぶ。


 対空目標の場合、射程は短くなるが、それでもちょっとした誘導弾ミサイル並みだ。威力、射程共に邪龍を倒すのに問題はない。


「おっ、発光だ!」


 船務長である大谷が『大和やまと』の発光信号に気付き、読み始める。


「ワレ、コレヨリ、モクヒョウ、ニ、タイシ、セントウ、ヲ、カイシスル。キカン、ハ、スミヤカ、ニ、トウカイイキ、ヲ、リダツ。ヨテイドオリ、ナカツヨコスカ、ニ、キトウ、セヨ……だってさ。長官、やる気、満々だねぇ。あの龍、形が残ればいいけど」


 大谷の読んだ信号の内容どおり、『大和やまと』は転進し、邪龍に向かっていく。


 邪龍は『大和やまと』の出現に驚き、警戒して距離を取ろうとした。


 いや、逃げようとしたのかもしれない。


 だが、準備万端で現れた『大和やまと』の方が一足早かった。


 『いかづち』の主砲とは比較にならない轟音が轟き、大気を震えさせる。


 邪龍はブレス攻撃を準備中で、そこから逃亡をはかった為に、当然、すぐに速度は出せない。


 かたや砲弾は最初から最高速度だ。砲弾初速は毎秒七八〇メートルで、先述の補助ロケット推進により、四十キロメートルの地点でも毎秒六〇〇メートルを上回る。


 音速を毎秒三三一メートルで計算するなら四十キロメートルの地点でもほぼ二倍だ。


 この時点での邪龍との距離は十キロメートルで、音速の二倍なら約十五秒で到達する。

 邪龍も逃げるが十五秒では音速に達することさえできず、結果、砲弾に追いつかれた。


 必至に回避しようとするが、砲弾は何処どこまでも追ってくるので、すぐに捕まってしまう。


 六門の主砲から発射された六発の零式誘導徹甲弾を立て続けに浴び、『いかづち』を散々苦しめた邪龍は海上に落下していく。


 『大和やまと』は油断することなく落下した邪龍に向かって主砲を撃ち続けるが、恐らく最初の攻撃で邪龍は絶命したに違いない。


「助かったんですか……?」


 遠ざかっていく『大和やまと』を見送りながら友樹ともきが呟く。


「一応ね」


 熊吉は『大和やまと』に敬礼し、心の中で長官に礼を言った。


 時空保安庁長官、山本五十六いそろく元帥。



『胸を張れ、おまえは俺だけの特別なアブラムシだ』



 かつて、長官にそう言われた一人の警務官は、今日もまた一人の彷徨さまよえる魂を救った。


 だが、彼は知らない。


 地上で蘇った後藤友樹ともきが、女子高生へのストーカー行為を繰り返したのち、強制性交等未遂罪で逮捕されることを、この時はまだ知らなかった……。

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