㉟【イケナイ真夜中のお夜食】


 不意に目が覚めた……。

 部屋の中は真っ暗。


 どうも真夜中らしい。

 わたしは普段かなり寝つきがいい方だ。

 クタクタになるまで働かせてくれる会社のおかげで。


「あら、起こしちゃった?」


 珍しいことにかな子も起きていた。

 まだ寝そべっているが、ジッとこちらを見ていた。

 まるで夜行性の猫みたいに。


   〇


「今、何時?」

「わかんない。たぶん真夜中」


「そっか。なんだか急に目が覚めたみたいだ」

「ちょっとごそごそしたから、起こしちゃったのかも」


「こんな時間に起きたのは久しぶりかもなぁ」

「うん」


 ベッドから手を伸ばしてちょっとカーテンの裾を引いてみる。

 ブルーブラックの夜空に銀色の三日月が煌々と輝いていた。

 それは闇に慣れた目にはまぶしいほど。


「こんな時間の月も久しぶりに見た気がする。すごくきれいだったんだね」

「ホント。ロマンチックよね」


 そうして二人でしばらく月を眺めていた。

 部屋の中が青白い空気に染まっている。

 かな子の手が伸びてきて、自然と手をつないだ。


「かな子……」

「あなた……」


 ひょっとしてコレは……


   〇


「……なんかお腹すいた」


 やはり。


 これは『真夜中のシェフ』召喚の合図だ。


「いつものでいいかい?」

「それがいい。作ってくれる?」


 ニっと笑ってかな子が答えた。


 となれば返事は一つ。


「もちろんさ。なんだか僕もお腹がすいてきた」


   〇


 こうして二人でキッチンに移動。

 かな子はテーブルについて箸とレンゲを用意して待機。


 わたしは鍋を二つ用意し、水を入れてそのまま火にかける。

 水の量は500CCと気持ち少し。

 使い慣れた鍋なので計らなくてもわかっている。


 その間に用意するのは定番の『サッポロ一番みそラーメン』。

 五食入りのパックは、スペアとスペアのスペアまで用意してある。


 さらに冷蔵庫から卵を二つ取り出す。


「これだけは、なんかアナタが作る方がおいしいのよねぇ」 

「まぁインスタントラーメンに関しては場数が違うからな」


   〇


 鍋ではお湯がぐらぐらと沸きだした。

 さて。ここからはタイミングと時間の勝負。

 

 まずはそれぞれの鍋に乾麺を投入。

 すぐに麺をちょっと端に寄せて、卵をそっと割り入れる。

 多少白身が散らばっていくが気にしない。

 火加減はそのまま。


 そこから三分。

 お湯の量もゆで加減もレシピ通り。

 ちなみに三分は愛用の砂時計で計測。


 じっと待つ。


 そして二分三十秒のところで、レシピ破りを敢行する!


 ここでスープの素を一気に投入!

 湯気で固まらないうちに、一気に袋の粉末を空ける。

(本来なら三分後に火を止めて、投入しなければならないのだ)


 大事なのは、この三十秒。

 麺にも卵にもスープの味をしみ込ませることなのだ。


   〇


 まとまっているスープの粉末を、そっと箸でときつつ、麺も軽くほぐしてやる。

 この段階で味噌のいい香りが漂いだしてくる。

 

 砂時計の最後の一粒が落ちる前に、火を止める。

 それから卵が一番上に乗るように、そっとどんぶりに盛り付ける。

 最後に添付の七味をかければ完成だ。


 もちろんオペレーションは二つの鍋で同時に行っている。


「おまたせ! 熱いから気をつけて」


   〇


「きたきた! これよ、これ。!」

「なんか真夜中に食べるのがまた妙にうまいんだよな」


「「いただきまーす」」


 ちょっと息を吹きかけて冷ましてから、スルスルっと麺をすする。


 やはりうまい。このザ・インスタントラーメンなチープな麺の味がたまらない。

 柔らかいんだけど、しっかりと腰のあるゆで加減。


 麺とともに上がってくる味噌の甘い香りが、味覚中枢を刺激する。


   〇


「これだよねぇ」

「コレだよなぁ」


 タイミングを合わせたわけではないが、ここで熱々のスープを一口。

 味噌汁とはまるで違う複雑な香りと甘味。

 それが口から喉を伝って胃にジワーッと染み込んでゆく。


「はぁ。なんか言葉にできないね」

「もう、ただただ美味いんだよなぁ」


 それからまた麺をすする。

 またちょっと味噌のスープを飲む。


 箸もレンゲもとまらない。

 醤油や塩味では得られない、濃厚で甘みのある味噌味ならではの美味さ!


   〇


 ちょっと落ち着いたところで、卵をレンゲに移動する。

 きっかり三分。それは完璧な半熟卵をつくるのに必要な時間だ。

 ポーチドエッグのように、白身がしっかりと固まり、黄身がとろけだす奇跡の瞬間、それが三分なのだ。


 さて、今回は?


 レンゲに卵をのせて、箸で真ん中を割る。

 トロリと流れ出す黄身。

 レンゲの中のミソスープと混じりあってゆく。


 そこをパクリ。


 ……ああ。だめだ。言葉なんて追いつかない。

 味噌とまじりあった黄身のとろけるおいしさ!


「今回の卵も完璧……」

 かな子はうっとりと目を閉じている。


「だな」

 もちろん私も目を閉じている。


   〇


 なんて感じで、二人ともあっという間に食べてしまう。

 それからお冷やで冷静さをとりもどす。

 というか、ラーメンの後の水がまたどういうわけだか、すごくおいしいのだ。

 

「ごちそうさまでした。やっぱり味噌よね」

「味噌だねぇ。おいしかった」


「あとはアナタの腕ね。卵も完璧だった」

「まぁ作りなれてるからね」


 二人とも満足しきって、また冷たい水をゴクゴクと飲み干した。


   〇


「なんか幸せ」とかな子。

「ボクもだよ。なんか幸せ過ぎるくらい」


「おいしい夜食食べるとそんな気持ちになるよね」

「そうだな。真夜中に食べるってのがまたいいんだろうね」


「そういえば、三奈にもよく作ってたよね」

「学生の頃な。あの子はほんと食いしん坊だったから」


「そうそう。二人で食べてると、なぜだか起きてきて」

「そう。僕の分を先に食べさせたりしてたね」


「あの子ももう母親だもんね」

「だよなぁ、ほんと不思議な感じがするよ。なんか子供のころのイメージがいまだに抜けないよ」


   〇


 それから素早くお椀と鍋をササッとあらう。

 もちろん箸とレンゲなんかも。

 

 と、かな子がそっと話しかけてきた。


「そういえばさ、母さんからね、孤児院のポランティアに誘われたんだよね」

「お義母さん、相変わらず活動的だね。でも孤児院ってちょっと意外だったな」


「なんでも取材先での縁ではじめたんだって」

「孤児院ってまだあるんだよな。でもとにかく立派なことじゃないか?」


「あたしもそう思う。やっぱり今度参加してみようかな」

「ぜひそうしたらいい。手伝えることがあったら言ってよ。ボクも参加するから」


「三奈のことも一段落したしね」

「そういうこと。ひょっとしたら家族が増えるかもしれないよ、なにかの縁で」


「いいわね、それ」

「うん。ひょっとしたら、また三人で真夜中にインスタントラーメンを食べることになるかもしれないね」


 


 ~おしまい~

















   〇


「どうしたの、カタリ? こんな時間に?」


「珍しいじゃないか、真夜中に起きてるなんて」


「すいません、かな子さん、北乃さん。なんか急にお腹すいちゃったみたいで……」


「いいね。そういうことならさ」


「一緒にお夜食の味噌ラーメン食べない?」





 ~ホント、おしまい~

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