㉓【かな子さんが倒れた!】
暑い日がつづいた8月のとある日曜日。
かな子が熱を出してダウンしてしまった。
介護職の不規則な生活が続いていたのと、今年の異常な暑さのせいだったと思う。
その日曜日の朝は普通に起きてきたのだが、朝食を作っている時にめまいを感じたという。
熱を測れば38度5分。日頃体温の低い彼女にすれば十分高熱だ。
どうやら夏風邪をひいたらしい。
○
「ということで今日は幸いにも日曜日。これを機会にカタリ、キミにも家事を教えようと思う」
私の言葉に神妙にうなずくカタリ。
本当に素直で真面目で優しい子だ。
「お願いします、北乃さん! 僕にできることはなんでも頑張ります」
「
「はい」
「基本的に家事は料理・洗濯・掃除が基本になる。まずは全部一緒にやってみよう」
「はい!」
「でも頑張りすぎなくていい、手を抜いたっていい、ムリしてやる必要はない。そこだけは覚えておいて」
「はい」
と言ってるのだが、カタリはもう真剣そのものだ。
なんというかすごく使命感に燃えている。
まぁ男の子はそういうモノだろう。
○
「じゃあ、まずは洗濯から始めようか」
私たちは一階の脱衣スペースにある洗濯場に移動。
そこには山になった洗濯物が置いてある。
「まぁ洗濯は簡単だよ。ただ下着と靴下は分けるのがかな子のこだわりでね。そこだけは守ろう」
「分かりました!」
二人で洗濯物を分け、ポケットの中を確認する。
ここも大事だからちゃんと教えておく。
それから第一回目の洗濯物を入れ、洗剤を投入し、脱水までのコースをピッと洗濯。
その間、カタリは真剣な表情で取り組んでいた。
スイッチ一つ押すのにも気合が入っている。
そんなに緊張しなくてもいいんだけど。
○
「さて、これで一回目の洗濯スタート。この間に僕たちは朝ご飯を食べてしまおう」
「なにを作るんですか?」
「作れるものを作るのさ。まずは冷蔵庫を開けてみよう」
さて、冷蔵庫ではハムとチーズとレタスを見つけた。
食パンもある。
「サンドイッチが作れそうですね!」
とカタリ。
それからレタスをちぎって洗い、食パン2枚重ねてオーブンでさっと焼く。
「こうすると、外はカリっとして中はふんわりのサンドイッチになるんだよ」
食パンにたっぷりとマヨネーズを塗り、レタス、ハム、チーズをのせてサッと斜めに切る。
もちろんカタリには大好評だ。
○
食べ終わったころに洗濯が終了している。
二人で中身を取り出し、第二弾をセットする。
「まぁ家事というのは段取りが大切なんだよね、こればっかりは慣れていくしかないんだけど」
「はい、頑張ります!」
第一弾の洗濯物を干す。
シャツはハンガーにかけ、靴下は揃えて洗濯ばさみに吊るしてゆく。
こうすると後が楽になる。
何事も段取りが大事なのだ。
カタリには是非そういうことも学んでほしいと思う。
○
それから今度は掃除だ。
朝はトイレの掃除をする。
まぁトイレはいつも掃除しているから、特に汚れたところはない。
実際、トイレ掃除はすぐに終わってしまう。
「じゃあ、少し休憩しようか」
「もう休憩ですか? 僕はまだ頑張れます」
「かもしれないけどね、まぁのんびり行こうよ、仕事じゃないんだから」
二人でグレーフルーツジュースを飲みながら、のんびりとテレビを眺める。
と、しばらくして脱衣所から洗濯が終了したブザーの音が聞こえてくる。
○
「さて、これで洗濯は終了。今日は天気もいいから、夕方には乾きそうだ」
「これからどうするんですか?」
「そうだな、晩御飯の材料とお昼の買い出しに行こう」
「今日は何を作るんですか? かな子さんが元気になるようなものがいいですよね!」
「そうだなぁ、かな子は風邪をひくとどういうわけだかケーキが食べたくなるらしいんだよね、昔から」
「そうなんですか? なんか不思議ですね」
「まぁ病気の時は食べたいものを食べさせるのが一番なんだよね」
北乃さんはちょっと財布を取り出し、中身を確認しホッとため息をつく。
「うん。私たちの晩飯は質素に行こう」
○
ということで買ってきたのはかな子用のケーキが三個。
特売のキャベツと焼きそばの麺。それだけ。
それでも家には豚肉があり、昨日の残ったご飯がある。
「お昼はなにを作るんですか?」
と不思議そうにカタリ。
「ガーリックチャーハン」
ニッと笑って私。そう、休みの日であれば許される食材の一つがニンニクなのだ。
これはもう簡単。
バターとオリーブを多めに、ニンニクを入れて弱火でじっくりと香りをうつし、ニンニクがホクホクになったところでご飯を投入。
仕上げは鍋肌で焦がした醤油でサッと香りづけをして塩コショウで味を調える。
もちろん。うまい。
○
なんて感じで、午後は掃除の時間。
今日はちょっと窓ガラスも拭く。
掃除機を一通りかけて、ゴミ箱のゴミも集める。
それからまた一休み。
夕方になって洗濯物を取り込み、風呂の掃除を簡単に済ませる。
○
そして夜になってきた頃、かな子がようやく居間に姿を見せる。
まだ疲れているように見えるけど、顔色はずいぶんよくなっている。
そしてテーブルに合ったケーキを見つけ、一個をあっという間に食べてしまう。
うん。でもちゃんと食べれるなら明日には回復しているだろう。
○
「あー、美味しかった! やっぱり風邪ひいたときはケーキよね」
「かな子は昔からそうだもんなぁ。カタリもよく覚えておいてね」
「カタリ、せっかくの休みだったのにごめんね。いろいろ大変だったでしょう?」
「それより、かな子さんが大変だったのがよくわかりました」
「でも家事はけっこう楽しかっただろう?」
「北乃さんはなんでもすごく上手だったから、すごく簡単そうだったけど、やっぱり大変な仕事だと思いました」
カタリは本当にいい子だ。
「……二人とも仕事もしながら家事もこなしていて、どんなに疲れていてもちゃんと家事をしていて、僕がこうして楽しく過ごせているのは、北乃さんやかな子さんの尊い犠牲のおかげだと分かりました」
○
が、そこでかな子が言い出した。
「うーん、カタリ、それはちょっと違うなぁ」
「「え?」」
カタリはもちろん、私もつい声を上げた。
カタリ、なんかすごく良いコトを言ったのに!
「私はね、犠牲だなんて思ったことないの。仕事と思ったこともない。あなたはどう?」
「うーん、そう言えば、そんな風に考えなかったな。なんか当たり前すぎて」
かな子はあちゃーという感じで、ちょっと額を押さえた。
○
「家事はね、喜んでもらうためにすることなの。自分のためにすることなのよ」
ちょっと分かりづらい。
それはカタリも同じらしい。
「例えば、ご飯が美味しいと嬉しい、洗濯物がふかふかだと嬉しい、家がきれいだと嬉しい、そんな嬉しいのためにやってるのよ」
「僕も、いつも嬉しいことばっかりです」
「でしょう? でも大事なのはそれを感じ取ること、感謝して受け止めることなの」
私にもかな子がなにを言いたいのか分かってきた。
「そうだなぁ、私もかな子に料理を褒められると嬉しいし、洗い立てのタオルにニコニコしているのを見るのは好きだなぁ」
「つまり、そういうこと。そのために大事なことが何かわかる?」
そういいながら、二つ目のケーキを食べ始める。
それはあっという間になくなる。
○
そしてカタリは考える。
すごく真剣な顔で考える。
これは大事なことだ。
ちゃんと考えること。答えを探すこと。
「相手の気持ちがちゃんとわかること、かな?」
「そう。そのためにはあなたも家事がどういうモノか知ることが大事。相手のことを相手の立場に立って考えることが大事」
うん。そうだ。
私もしみじみとそう思う。
「だからね、カタリ、あなたはそういうことができる大人になりなさい」
○
「はい!」
うん。今日はすごく良い日になった。
「ところでカタリ、今のあなたなら、あたしの考えていることが分かるんじゃない?」
「そうですね」
とちょっと額に人差し指を立てて考える。
「最後のケーキを食べようかどうか迷ってる!」
「あ、当たりよ……」
おわり
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