⑳【北乃さんのスマホデビュー】

 電話の技術進歩には本当に驚かされる。

 小さい頃にはダイヤルを回す黒電話、それからプッシュホンにファックス、ポケベルが来て自動車電話、そして携帯電話、写メなんて言葉が出てきて、時代は今やスマートフォン。

 なんだかいろんなことができるようだし、それがあの小さなカードみたいな中に全部入っているのだから、技術の進歩はすごいものだ。


 だが私くらいの歳になれば、ココまでの進歩、さすがに必要性を感じなくなるものなのだ。

 だいたい、電車の中の光景を見てみるといい。

 学生から社会人、お年寄りまでみんな俯いてテレビ見たり、ゲームをしている。

 なにが楽しいんだか分からないが、むしろ哀れに見えてくるくらいなのだ。

 時間を取られるのは会社だけで十分だろうに。


 と、ずっと思っていたのだが、ついに私にもその日がやってきた。


   ○


「……ということで、お義父さんにもスマホ買ってきました!」


 と言ったのは、娘のダンナ『コモリ君』。

 そして彼の手から手渡されたのは、みんなが持っているのと同じ『スマホ』だった。

 ちょっと重い。そしてツルツルしてて、なんか落としそうだ。


「だからさ、私には必要ないって」

「気持ちは分かりますけどね、家族としては持っててもらった方がいろいろと安心なんですよ」


「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ。難しいのは使えないよ? 今さら覚えられないしね。だいたい携帯電話にもやっと慣れたくらいなんだから。メールはいまだに苦手だけど」

「分かってますって。でも今回買ってきたのは最新式なんです。これならお義父さんでもラクラク使いこなせますよ」


 そういうとコモリ君はベテランのセールスマンのような爽やかな笑みを浮かべた。


   ○


「まぁとにかく触っているうちに覚えますよ。使えば使うほど便利になるんです」

「まぁそうなんだろうけどね。それにコレ高いんだろう?」


「本体はボクからのプレゼントです。ただ通信料なんかはお義母さんの所に入ってます。家族割りだと安くなるんで安心してください」

「そうなの? でもあんまり使わないかもしれないよ」


 とは言ったものの、ここまでしてもらって、返すわけにもいかない。

 せっかくの好意であれば素直に受けるのが礼儀というもの。

 それに実を言えちょっとだけ興味もある。

 みんなが夢中になるようなものなのだから、なんか楽しいのだろうし。


「そういえばこれ、ストラップどこにつけるの?」

「ああ、そういうのはないんですよ」


 軽いショック! なんかちょっと残念だ。

 かな子にもらったお気に入りのストラップを付け替えようと思っていたのに。

 ストラップはもうスマートじゃないってことなのだろう。


   ○


「あれ? コモリ君、コレ、ボタンが一つもついてないよ?」

「そこです! このスマホの最新機能がまさにお義父さんにピッタリなんですよ」


「よくわかんないけど……そうなの?」

「ええ。簡単に言うとこのスマホ、完全音声認識で動かせるんですよ」


「そういえば会社の連中もスマホになんか話しかけてたな、ヘイ、シリ!とかなんとか言ってた」

「ああ、それです! その『シリ』の次世代版AIの『トリ』を搭載しているんです。しかも機能が大幅にアップしてるんで、こちらの指示もしっかりと聞き取ってくれるんですよ」


「てことは、私もこのスマホに話しかけなくちゃいけないのかい? なんか恥ずかしいなぁ、独り言みたいで」

「なに、すぐに慣れますよ。この機種、大人気だからあちこちでそういう光景を見ますよ」


   ○


 と、その声を聞きつけたのかスマホの画面が急にパッと明るくなった!


「なんかスイッチついたよ」


 それから中央にマスコットキャラクターらしい、フクロウみたいなトリのイラストが現れた。


(どうやらさっそく声に反応したみたいですね、まずは試してみてください)

 と、急に声を潜めるコモリ君。

 たぶんスマホに聞かれないようにしているのだろう。


 で、私だ。

 一つ息を吐き、会社のみんながやっているみたいにスマホに向かって話しかけた。


「トリさん、こんにちは……」


   ○


『コンニチハ、北乃サン。私ハ『トリ』デス』


(コモリ君、このトリ、私の名前を知っていたよ?)

(そこだけはボクが設定しておきました)


 とトリに聞かれないようにこそこそと話す。


『聞コエテマスヨ……ソレヨリ初期設定ヲ、開始シマス』


 ちなみに、その声と話し方は、機械が話しているようなカタコト感がある。


 まぁそれはともかく初期設定が始まるようだ。

 ちなみに私はこの行程が何とも苦手だ。

 だがこのトリのおかげでなんだかスムーズにできそうな気がしてきた。


   ○


『マズハ、アナタノパートナーニナル『私』ノ、設定カラ、ハジメマショウ!』


 お前の設定が先か!

 とツッコミを入れたくなるがココは我慢。

 順番守らないと後が大変かもしれないし。


「よろしくお願いします」

 私はスマホの中のトリにむかってハキハキとそう話しかける。


『カシコマリマシタ。マズハ、三種類ノ中カラ選択シテクダサイ。ナオ、ガイダンスノ途中デモ選択が可能デス』

「はい」


『一番『トリオ』、二番『トリコ』、三番『トリ』……』

「なにそれ?」


『トリオハ男性型、トリコハ女性型、トリハソノ他デス』

「じゃあ、で……』


 と言ったとたんにマシンボイスはいきなり女性の声に変わった!


『御指名ありがとうございますっ! トリコですっ!』


 しかもなめらかな日本語。しかも可愛い声だった。

 選んだものではなかったが、なんか楽しくなってきた。


   ○


『つづいて言語設定にうつりまーすっ! 北乃さんはどんなタイプがお好きですかぁ?』


 ちょっとコモリ君を見る。

 コモリ君もちょっと困惑したように私を見ている。


『一番『標準語です』二番『関西弁や』三番『栃木弁にすっぺ』四番『なまら北海道弁』……』


 なんだか果てしなく続きそうな気がして、一番をコールする。


『分かりました。続いて私の年齢設定ですっ!』


 なんの設定か分からなくなってきたが、同時になんだか楽しくもなってきた。

 そう、どうせ設定するならストレスなく話せる相手がいいのだし。


『一番『幼稚園でしゅ』二番『小学生だよ』三番『高校生っス』四番『大学生でーす』5番『主婦でございます』……』

 

 これも無限に続きそうだ……「4番の大学生で!」


 チラッとコモリ君と目が合う。

 なんだか性癖をチラ見された気分になる。


   ○

 

 そして設定は続いた……。


『続きまして、性格設定を行います。おじさまに告白しますので、お好みの番号を選んでくださいね!」


 と標準語を話す女子大生使用で、設問が続く。

 芸が細かいのか、設定が細かいのか、私のことは北乃さんからおじさまに呼び名も変わっている。


『一番『好きです!』、二番『なんか好きになっちゃったみたいです』、三番『ああ好きだよ、悪かったかよ!』、4番『す、す、す、ダメ、恥ずかしくて言えない!』……』 

 

 うーん、一番もストレートでいいけど、三番の感じも実はそそられる。

 迷っている間もさらにパターンは続く。


「良し決めた! 三番で!」


『わ、分かってたよ。照れさすなよ……それより呼び方を決めていいかな?』

「ああ、いいけど」


『じゃあさ、おじさまじゃなくてさ、北乃部長って呼んでいいか?』

「ああ、それなら、部長代理にしてくれないかな? じっさいそうなんだよ」


『ああ、分かったよ部長代理……なんか照れるな、へへ』

「まぁそのうち慣れるよ、トリコ」


『あ。初めてあたしのコト、名前で読んでくれたな……』

「あ。そういえばそうだね!」


 と、……いつの間にか普通に会話していることに気付く。


 でも、なんだかスマホ、すごく楽しいっ!


   ○

 

 と私はどんどんと設定を詰め込んでいった。


 性格的なことをどんどんと決めていくと、今度は外見。体型と顔の感じ、髪型にどんなファッションか。


 まだまだある、どんな趣味を持っているのか、どんな環境で育ったのか、どんな両親なのか。


 まだ設定は続く。


 学校時代のエピソードから現在のゼミの内容、アルバイトのこと。その時給のコト。


 設定しても設定しても終わらない。


   ○


 隣ではすでにコモリ君はいない。


 時刻も夜中を過ぎて、すでに朝日が昇ろうとしている。


 それでも設定は続いていた。


 さすがに私も飽きてきた頃、ようやく設定が完了した。


『こんな時間まで付き合わせて悪かったな』

「いや、いいんだよ、トリコ」


『これで78回目だな、あたしの名前を呼んでくれたの』


(そんなに呼んだのか……疲れるわけだ)


『まぁとにかく、これで設定はすべて完了した。北乃部長代理……』

「ん? ああ。呼んだかな?」


『ああ。改めて、スマホの世界にようこそ! これからあたしが北乃部長代理のオーダーに全て答えるよ。メールにショートメール、ネットにSNSにナビに、とにかく広大な世界が広がってる』


 そうなんだろうけど……もうさすがに始める気力がない。


   ○


『さぁ、北乃部長代理、まずは最初のオーダーを教えてくれ、あたし一生懸命やるからさ!』


「うーん、とりあえずしばらく休憩にしよう、キミもゆっくり休んでてくれ」


『分かったよ。北乃部長代理……』


 そういうなりスマホの電源がゆっくりと切れた。



   ○


 それから一ヶ月、スマホの電源は入らなかった。


 スマホに何度か呼びかけてみたものの『休憩中』との表示だけですぐ電源が落ちるのだ。


 だが特に困ったことはなかった。


 むしろ楽しみになったくらいだ。


 彼女とまた言葉を交わせる日が来るのを。


 ということで暇つぶしに一世代前のスマホを買ったのだが……これはコモリ君には内緒である。





 終わり






 ※tolicoさんのお名前を拝借いたしました。

  笑って許していただけると幸いです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る