⑭【編集会議と庭と拡散した種】

「ダメだわ、完全に煮詰まっちゃった……」


 北乃君の義母である『ハナさん』はA4のノートをパタリと閉じてそう言った。

 閉じられたノートには人気作『好きって言えないキミとボク』の膨大なメモが書かれていた。

 ……書かれていたのだが、真ん中あたりのページを最後に白紙のままになっている。


 ちなみにハナさんは有名な少女漫画家である。


   ○


「ちょっと長くなっちゃったもんねぇ」


 そう言ったのは『ハナさん』の娘の『かな子』。

 これまでのハナさんの作品はたいていこの二人の話しの中で作られてきていた。


 親子ではあるが、ハナさんにとって娘のかな子は、若い読者の反応が常に分かる最強の読者であり、よき助言者でもあった。


「やっぱり読者さんは飽きてきたかしらね?」

「そろそろ、だよね。幼馴染同士でもいい加減すれ違ってばっかりだし」


「そうよね、連載も五年になるけど、実際に経過したのは3か月……」

「ちょっと詰め込みすぎたよね」


 はぁぁ、と二人で大きくため息をついた。




   ※※※


『好きって言えないキミとボク』

 ~あらすじ①~


 主人公「京一」は都内の高校に通う寡黙な美少年。

 何事にも淡白で、口癖は「別に……どうでもいい」。


 彼には幼馴染「ハルミ」という幼馴染がいる。

 春美はかなりハッちゃけた美少女で、その勝気な性格に周りは手を焼いている。


 何かと水と油の二人なのだが、実は小さい頃から思いあっている。

 さて、そんな二人が春から同じ高校に通うようになった。


 そこに現れたのは「芳春」というこれまた美少年。

 こちらは優等生タイプなのだが、妙に暗い影があった。


   ※※※




「そうそう、この芳春君の暗い影、この伏線が未回収だったのよね」

 と言ったのはかな子。

 それから自分のノートを取り出し、ささっとそれをメモした。


「そうだった。でもやっぱり暗い影って大事だからね」

「能天気なキャラクターは少年漫画しか通用しないしね」


 うんうん。と二人でうなずく。




   ※※※


『好きって言えないキミとボク』

 ~あらすじ②~


 芳春はハルミに一目ぼれし、書道大会で堂々の告白。

 彼の書いた『春美に一直線』の書はコンクールで賞をとり、全校的に知られることとなる。

 大胆な告白への驚きと、ノリのいい性格、そして京一への当てつけ的に交際をスタートさせる春美。


 春美は京一に交際宣言したものの、彼はいつもの通りクールに『別に……』というだけだった。


 そんな京一に一人の女性が近づいてくる。ドイツからの帰国子女にしてツインテールの美少女『笑子』である。


 あまりに積極的な笑子の勢いに押され、だんだんと心を開いてゆく京一。京一はよく笑うようになり、クラスの人気も上がってゆく。


 しかし京一も春美も気付いていなかったが、笑子と芳春にはつながりがあったのだ……


   ※※※




「で、このつながりってなんだっけ?」

 とかな子。

 すっかり冷たくなったコーヒーを飲みほし、お代わりを頼んだ。


「わたしにはミルクティーを。この二人も幼馴染なんだけど、実は兄と妹で血のつながりがあるの」

 とハナさん。それからクッキーを一口。


   ○


 ちなみにここは地元にある洒落た喫茶店。

 アンティークを基調とした店内は、落ち着いた雰囲気だ。

 二人はいつものように窓際の席に座り、イングリッシュガーデンを眺めながら思考を巡らせている。


   ○


「その、血のつながりのトコってまだ書いてないよね?」

「ええ。匂わせて終わり」


「ここもまた未回収の伏線ってことね」

「そうだった」



   ※※※


『好きって言えないキミとボク』

 ~あらすじ③~


 それぞれの交際をスタートさせた京一と春美。

 だが二人の交際は順調にはいかない。


 毎週毎週、別の怪人が現れるヒーローもののように、さまざまな美少年と美少女が二人の前に現れる。

 そんなゲストキャラクターとくっついたり離れたりを繰り返しながら、いつのまにかハーレムが出来上がってゆく。

 さらにハーレムの中では春美と京一をめぐって熾烈な戦いが水面下で行われている。


 そんな戦いや駆け引きにはまるで気付かない二人。

 というのも二人が気になるのは、やはりお互いだからだ。

 だが、取り巻きが多すぎて、さらに彼らの持ち込む事件が多すぎて、二人の距離はさらに離れてゆく……


   ※※※




「もう、何人出てるんだっけ?」

「京一クンで5人、春美ちゃんサイドで6人」


 それから二人でキャラクターを書き出し、彼らにそれぞれ仕掛けてある伏線を確認する。


「さらに、京一と春美が姉と弟だった、っていうフェイクの伏線があったよね?」

「そうそう、それもなかなかきっかけがなくてまだ未回収」


「その事実を知っているのが……誰だったっけ?」

「えっと……ハルミちゃんの三番目の彼氏候補の「夏雄君」


「あー、そうだった。いたわ、ナツオ」

「ナツオと絡みのある女子キャラクターもいたわよね?」


「えーっと通称「姫」の……あー、今ちょっと思い出せない」

「多すぎだったね」


 二人はまた大きくため息をついた。




   ※※※


『好きって言えないキミとボク』

 ~あらすじ④~


 混乱を極める二人の関係。

 だがそんな中、突然京一がケガをしてしまう。

 真っ先に駆けつけたのは春美。


 そして二人は互いへの想いを再確認することになる。

 出来ることなら、あの頃の二人に戻りたい。


 だがそんな二人に最大の試練が訪れる。

 それは……


   ※※※




「……というところで先週終わったのよね」

「うん。確かに煮詰まっちゃったね」


「この状況を一気にひっくり返すような展開」

「さらに伏線の回収がぴたりとはまるような展開」


「そんな都合のいいモノ」

「ないよねぇ」


 またしても二人でため息をつく。


 と、かな子のお腹が小さく鳴った。

 ついで、ハナさんのお腹も。


   ○


「母さん、お昼も食べていこっか?」

「そうしましょう。まだ時間がかかりそうだもんね」


 それから二人でマスターにナポリタンをオーダーする。

 ちなみにここのナポリタンは定番にして懐かしい味のする人気メニューだ。


「それにしても、今回は伏線張りすぎたね」

「そうね、種を蒔きすぎたわ」


 二人で窓の向こうのイングリッシュガーデンに目をやる。

 ここのマスターが毎日毎日、丹精込めて育ててきた美しい庭。


   ○


 と、マスターがナポリタンを運んでくる。

 

 黄色を基調にしたアンティークの食器に、赤も鮮やかなナポリタン。

 それはテーブルの上でふわりと湯気をたて、トマトケチャップの甘酸っぱい香りが立ち上る。


 ミニトレーには削りたてのパルメザンチーズと自家製のタバスコ。


「今日はまたずいぶんと熱心ですね」

 と笑顔のマスター。


「どうも話がうまくまとまらなくてね」

「種を蒔きすぎたみたいなのよね」


 とマスターは少し目を細め、窓の向こうの庭をまぶしそうに眺めた。


「私の庭も一緒です。種は拡散したままにしちゃいけませんね」



 終わり

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