幕間 ~愛猫・ミドリさん~

「関川先生、書き上げたんですね! さっそく読ませていただきました!」

「あ、ああ。まぁね。短編だったから」


「それにあの北乃家サーガの続きなんですね!」

「まぁね。彼らのことは私が一番知っているから」


 なんて答えたのだが、用はキャラクターを考える時間と、物語の背景を考える時間がなかったからだ。

 まぁ参加した方なら分かると思うのだが、と に か く 、スケジュールがタイトなのだ。

 クイズの早押しみたいに閃いたらとにかくボタンを押す、で一気に書き上げねばならないのだ。

 もうあの編集部の連中、頭がおかしいとしか思えない。


「……あの、関川先生。また心の声が漏れてますよ」

「ん? ああ、そうだったか。気にしないでくれ。それよりどうだった?」


 私はゴクリと唾を飲み込み膝の上の『ミドリさん』のノドを撫でる。

 そうそう。ミドリさんの紹介がまだだった。

 彼女は耳の先から尻尾の先まで真っ黒いネコである。

 よく『ミドリの黒髪』という表現があると思うのだが、彼女の毛は実に見事な黒なのでミドリさんなのだ。

 どうにも甘えん坊の性格で、私の肩の上を遊び場に、膝の上を寝床にしている。


 ちなみに彼女とは一年前に公園で出会って、そのままこのマンションまでついてきたので、そのまま一緒に暮らしている。

 そんな馴れ初めであるが、まぁよくある話だろう。


「うーん、もう一つですね。やっぱりブランクの影響がありますねぇ」

「あ。やっぱりそうだったか……」


 ミドリさんが心配そうにジッと私を見つめてくる。

 大丈夫。心配しなくても。というのを伝えるためにふかふかの耳の後ろを撫でてやる。ミドリさんは目を細め、それから催促するように頭をこすりつけてくる。

 ホント可愛くてきれいな猫だ。その顔も、手も足も長い尻尾も。


「でも今回は仕方ないですね。あのお題、編集の私から見てもかなり意味不明でしたからね」

「はは。そんなこと言っちゃっていいの?」


「内緒にしてくださいね、ふふ。でも心の声に乱入するシーンは面白かったです」

「アレはね、ア〇ロとシ〇アが戦ってるときにラ〇ァが乱入するところから取ったんだよね、コメディーにしたけど」


 電話口の向こうから聞こえてくる沈黙。


「ああ、そんな話しても分からないよね。まぁ今回はリハビリということで。それより次のお題は?」

「えっとですね……」

「なんか言いづらそうだね」

「はい。わたしとしてもこのお題はまた微妙かなぁと」

「まぁいつものことだけど。で?」

「次のお題は『最高のお祭り』です」

「……また微妙だね。第一印象で何も浮かんでこない」

「お祭りってところがポイントですね、きっと」

「最高の、という言葉を付けた意図が分からないんだけどね」

「そこは先生の想像力を自由に羽ばたかせるのです!」


 それから彼女はまたしてもあの言葉をつづけた。


「……とにかく、頑張ってくださいなっ!」


 その声とその言い方。

 私の記憶に共振するものがあった。


 そう。それはあのバーグさんの声だ。

 かつて何度も聞いたあのバーグさんの声。

 似ているにもほどがある。


「まさか、キミは執筆AI、なんてことはないよね?」

 恐る恐る聞いてみる。


「まさか。いくらカクヨムでもまだ開発には成功してないです。わたしは生身の人間ですよ。じゃ、次の作品も楽しみにしています!」

 

 それで通話は終わった。

 なにか腑に落ちないものはある。

 なにかが隠されている気がする。


 だがそれもこのお題小説を書き上げた時に明らかになるに違いない。

 ちょうど前回がそうだったように。


 気付くとまたもやミドリさんが私をジッと見つめていた。

 おお、すまない。今度は顎の下を撫でてやる。

 違う事を考えていたから、きっとヤキモチを焼いたのだろう。

 大丈夫、大丈夫。私はキミにぞっこんなんだから。


「ま。とにかく書き続けるしかないな」


 ということで書き上げたのが……


 ものすごく苦労して書き上げたのが……


『コモリ君プロポーズ事件・前夜祭』である。

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