⑨【おめでとう、という地雷の話】
○
その日、珍しく妻の『かな子』がおめかしをして出かけて行った。
普段はほとんど化粧をしないだけに、目元口元がバッチリとしてすごく美人な感じだ。
「今日は気合入ってるね」
「母さんの大事な日だからね。化粧ぐらいがんばらなくちゃ。ねぇバッグと靴の色の合わせ、おかしくない?」
「いいんじゃないかな、おかしくないよ」
ホントはよくわからないが、そう答える。
「そっか。じゃ、今日はあたしたち遅くなるから、好きに食べててね」
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
ボクはそう言って妻を送り出した。
△
その日、すごく珍しいことに妻の『三奈』がワンピースを着ていた。それも娘のサクヤとほとんどお揃いのかわいいワンピースだ。普段は二人ともジャージ姿だから、すごくオシャレに見える。
「珍しいね、すごく似合ってるよ」
「あー、はいはい。アタシはジャージの方がいいんだけど、おばあちゃんがね」
「そっか。今日はあの日だね、パーティー」
「そ。あなた出前でも食べててよ、今日は特別お寿司でもいいわよ。あたしたちだけ豪華じゃ悪いから」
「わかった。サクヤも気を付けるんだよ。楽しんでおいで」
「ハーイ!」
僕はそう言って奥さんと娘を送り出した。
□
その日も愛妻『ハナ』は綺麗に着飾っていた。
私は彼女の服装、髪型、メイク、バックに靴と上から下まで眺める。
今日も完璧だ。彼女は自分をきちんと見せることに関して真面目だし、なによりオシャレを楽しんでいる。歳をとるごとにこういう姿勢は失われていくものだが、彼女はいつもちゃんとしている。
本当は娘たちにも見習ってほしいんだけど、まぁ周りが言うことではない。
「どお?」
「今日も完璧だよ。すごくよく似合ってる」
「ありがと。じゃ行ってくるわね、良かったら北乃君とコモリ君を夕飯に誘ってあげてね」
「そのつもりだよ。行ってらっしゃい」
私はそう言って家内を送り出した。
○
……とにかくこうして四人の女性たちがそれぞれの家から出かけて行った。
○
目的は義母の『ハナさん』の受賞記念パーティーだ。
まぁそれ自体は大して珍しくはない。
ハナさんは、出版すれば大ヒットの超売れっ子の漫画家である。
しかし今回は漫画界でも一・二を争う、権威のある賞で、会場も一流ホテル、なんとテレビ局まで来ているという話だった。
○
それはさておき、しばらくして『お義父さん』からショートメールがきた。
もちろん晩御飯のお誘いだった。高くはないが餃子の美味しい中華屋さんで一杯やろうという話になった。
ボクはそれをコモリ君に伝え、ほどなくして三人で店に合流した。
○
「まずはウチの美女たちに」
「そしてかわいい娘たちに」
「かんぱーいっ!」
なんて感じでさっそくジョッキを傾けた。
プハーっと一息ついたところで運ばれるのが、綺麗な焼き目のついた餃子。
しかもここの餃子、ニンニクが効いていてまためちゃくちゃ旨いのだ。
○
「イヤー、最高ですね、餃子とビール」
「はふはふっ、この熱いと冷たいのがね、交互にね」
「パリッってこのこうばしさが、もう。で、トロリと出てくるこのうまさは一体なんなんでしょうね……」
瞬く間に一皿を食べ終え、それぞれ追加の一皿とジョッキを追加する。
お酒もまわり、楽しい話題と、ニンニク臭を気にしなくていい気軽さに、ボクたちは大いに食べ、大いに飲んだ。
こうして楽しい時間は瞬く間に過ぎていった……
○
過ぎて行ったのだが……
なんとそこに妻たちが帰還したのである。
○
「あれ、ずいぶん早いね」
とボク。
「まぁね。実はサクヤちゃんが落ち込んじゃって……」
「え?っと……」
といったきり言葉が続かない。
というのも落ち込む理由がよく分からなかったからだ。
○
そのサクヤちゃんはドレスの裾を掴んで、口をへの字に曲げ、じっとうつむいたままである。
年長さんらしいかわいいドレス姿だ。髪の毛もかわいく結んである。
こんなにかわいい格好しているのに泣く理由なんかあるんだろうか?
○
「会場でね、プリンセスコンテストっていうのがあったのよ。来場者の女の子から選ぶのよ」
と言ったのはお義母さん。でもなんか困ったような言い方だ。
「そうか選ばれなくて悲しかったのか……」
コモリ君がそう言って頭を撫でようとしたが、思いのほか強い勢いでパシッとはたかれた。
○
「そうじゃないのよ、選ばれちゃったのよ」
なにが問題かは分からないが、それならいいコトじゃないのか?
○
「良かったじゃないか、おめでとう!」
と言ったのはお義父さん。
うん。とにかくおめでとうだよな、めでたいことだし。
「サクヤちゃん、おめでとう」
「おめでとうサクヤ」
ボクたちはそれぞれお祝いの言葉を口にした。
が、それが地雷だった。
○
「ちっともめでたくなんかないもん! あたし、もうジャージじゃ、おそと歩けない! だって、だってプリンセスになっちゃったんだもーんっ!」
○
そう言ってまたうわーん、と、もうこの世の終わりだとばかりに泣き出してしまったのだった。
その剣幕にボクたち大人はなすすべもなく、ただただ黙って見ていることしできなかった。
○
「もう、毎日ドレスを着せてあげるしかないね、コモリ君」
ボクはそっとコモリ君に告げる。
「そんな、いくらかかると……」
「プリンセスのご所望じゃさからえないよ。ボクも三奈にはそうしてた」
ボクはしみじみとそう告げる。
「まったくだ。私もかな子にはそうしてきた。次はキミの番だね」
お義父さんもそっとコモリ君の肩を叩いた。
終わり
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