第93話

スカルドラゴンの剣をポーチから取り出し、鞘を剣帯に装着してから柄を握って剣を抜き取る。これで、既に熟練度千を超えた二刀流スキルが発動する。


今から相手する敵は、悪鬼オーガの上位種である、悪鬼王オーガ・ロードだ。今まで相手にしたことない敵ではあるが、使う武器が判明している今、苦戦を強いられる可能性は低いと考えてもいいだろう。


「三人とも、行けるか?」


悪鬼共に捕らわれそうになって無駄に体力を消費した三人に聞くが、それぞれの言葉で問題ないと告げる。エルに関しては何処にいるのか、第六感で大体場所は掴んでいるが、姿が見えないからよく分からない。


「行くぞ」


森から抜けて、草すらも生えていない平地に姿を見せる。森の中では感じなかった微風が、俺の未だに切っていない長い前髪を揺らした。かと思った。


「っぁ……ぅ」


後ろでそんな小さな声が聞こえたと思った瞬間、後ろに視線を向けた。その光景を見て、俺は正直恐怖した。


レイラとエミの首を両手で締め、左足でミフィアの背中を踏みつけて行動を塞いでいる、二メートルを超える身長の、灰色の長い髪を持った黒鬼の姿だった。


「あの一瞬で……⁉︎」


微風は、本当は微風ではなかったのだ。あの黒悪鬼が横を通り抜けた時に起きた風だったのだ。


助けようにも、もし黒悪鬼がレイラ達を盾にすれば、迂闊には攻撃できない。そう思っていた。


しかし、黒悪鬼はレイラとエミを木へと投げつけ、ミフィアを同じ方向に蹴り飛ばした後、腰に横向きに刺した鞘から、一本の長刀を抜き取ったのだ。レイラ達は、蹲って痛みに耐えてはいるが、気を失っていることも、勿論死んでもいない。無理すれば戦うことも出来るだろう。


「どういうつもりだ……」


「……出来る限り、苦しめてお前らを殺すためだ」


低く嗄れた声だ。本当にそう言ったかも分からない。でも、喋ることのできる相手なら、俺は必ずすることがある。


「人間を二度と傷つけないなら、今は見逃すけど、どうする?」


「……お前らを殺すのは、俺の唯一の楽しみだ。だから、殺す」


つまりは、俺の要求など論外だということか。


レイラ達はまだまともに動けそうにもない。だから、今は俺一人で戦わなければならない。


二本の剣を構えると、黒悪鬼もその巨大な刀を両手で構えた。片刃の曲刀の剣先を俺に向けて、そのまま突進して来るのだろう。一本で弾ければいいだろうが、やはりここは確実性のためにも、二本で止めるべきだろう。


同時に地面を蹴り、俺は黒悪鬼の刀を姿勢を屈めて躱し、二本の剣で軌道を変えさせるべく、スキルは発動させずに刀の側面に刃を打ち据えた。しかし──


「っぁ……⁉︎」


両手に多大な負荷がかかり、そして、打ち据えをしたはずの俺の剣が、弾き返された。黒悪鬼の刀の軌道は、一ミリたりともズレていない。


バカな……という思いが、俺の中を覆い尽くす。


大剣でなかったとはいえ、大きめの刀であることは変わりない。最初の通りに行けば、勝つつもりだった。


しかし、現実はこのザマだ。レベル一で攻撃力がないとはいえ、かつてホワイトコングと戦った時と比べて、筋力も熟練度も間違いなく桁外れに強くなっているはずだ。


なのに、突き攻撃の軌道すらも変えることが出来ない──つまり、斬撃を受け止めることなど、到底無理だということだ。


あまりにも大きすぎる戦力の差に恐怖を僅かに覚える。


今まで何回もそういう相手と渡り合った。ブラックバックに土蜘蛛、今では仲間であるが、宮薙潤、それに魔王軍の使者。何度もあまりの強さに絶望してきたにも関わらず、今になってまだ克服出来ていないのだ。レベル一という現実が、俺を弱くしているのだろうか? いや、そんなのは言い訳でしかない。弱いから強くあろうとするのに、自分の心にも勝てない奴が、更に上の敵に勝てるわけもないのだから。


そして、俺は自分の心に負けている。このままでは、何度も危惧してきた全滅も免れない。いつも、どうやって乗り越えてきたんだ──


『オーガが復活してる! 三人に伝えてっ‼︎』


頭の中に響いた幼い声。それは、最近何度も俺を助けてくれた、小さな、時には大きな俺の娘のような存在──


「エル……」


恐らく彼女は今、虫のように小さな生き物の姿になって、身を隠しているのだろう。


『早くっ!』


その急かしを受けて、俺は半反射的に叫んだ。


「三人とも、後ろに気を付けろっ!」


声が届いた瞬間、あの中で一番反応速度の速いミフィアが動いた。まだ痛むであろう体を駆使して、仲間を守ろうとしているのだ。


──何回、俺は同じ過ちを繰り返すつもりか。


弱いからこそ、仲間がいるんじゃないか。いつも、支えてくれてるじゃないか。


守るって、お互いに約束したんだ。リーダーとして、俺が自分に負けてどうするんだ。


──エル、俺が注意を引きつけるから、その間に頼む。向こうは三人で何とかなるはずだ。


『分かった』


強くそう思考することにより、エルにテレパシーとして伝え、そしてエルの言葉がテレパシーとして返ってくる。


クエストはもう受けた。今更引き下がれない。なら、死なない程度に、死ぬ気で戦うまでだ。


自分に勝って、二度と負けないために強くなる。今までも、これからもそうだ。これから先も、レベル一の俺にとっては全ての相手が強いのだから、こんなことは度々起こる。その度にこんなことになっていては、死が近付くだけだ。


極限の集中力の中、どう対抗するかを考える。


あの攻撃は例え自分に勝ったとしても、受けられないだろう。それくらい、圧倒的だ。しかし、避けることは出来る。避けて攻撃の、ヒットアンドアウェイを続けて、エルの攻撃の隙を作れば──


そこまでをコンマ二秒で決め、地面を蹴った。


振り下ろされる刀を右に避け、黒剣で黒悪鬼に突き攻撃を仕掛ける。


しかし、その分厚い筋肉を破ることは出来なかった。しかし、これは想定の範囲内だ。ブラックバックで一度経験しているから、慌てる必要はない。


一度バックステップで距離を取り、黒悪鬼がこちらに体の向きを変え始めた瞬間、再び地面を蹴る。


「せあっ!」


黒悪鬼の背中に回り込みながら、白剣でもう一度さっき突き攻撃をした脇腹を、今度は左から右への薙ぎ払いで斬りかかる。


しかし、結果はさっきと変わらない。


距離を取って、今度は正面に体当たりをするかのように直進する。剣は、構えていない。


「……っゥラ‼︎」


理由は簡単だ。注目を俺に引きつけるため。そして、黒悪鬼の背後──俺の視線の先には、カナブンの姿があり、次の瞬間くるりと小さな光る体を前転させて、


「グルラァッ!」


黒悪鬼をも上回る巨体が、白銀の鱗を輝かせながら、黒悪鬼の頭を噛みちぎった。


それを見届けた俺は、勢いを殺さずに流れのまま、斜め左前へと重心をずらして、黒悪鬼の背後で止まった。その反対側では、ドラゴンの姿となったエルがその蜥蜴とかげのような口から、黒悪鬼の頭を地面に落としていた。


しかし、これで終わりだとは思わない。


視界の右端に捉えているレイラ達は、一先ひとまずオーガ共を倒したらしいが、間違いなくあのオーガ達は一度死んだ奴らだった。つまり、ゾンビ化だ。そしてそれは、このオーガロードにも起こりうる現象で……


「────っ⁉︎」


第六感を使わずとも感じ取れそうな気配を感じ、二本の剣を即座に身体の右側で交差させる。


次の瞬間には、猛烈な衝撃に吹き飛ばされ、魔物の巣となっている崖へと背中から突撃した。


「がっ……!」


背中を打ち据えた痛みに耐えながら、視界を持ち上げる。左手で頭を首に、向きを合わせて引っ付けた黒悪鬼は、動きは多少鈍いようにも思えるが、一度死んだとは思わせない動きで立ち上がった。


やはり、ゾンビ化が起きたのだ。落ちたはずの首も、完治とは言わないが落ちない程度にはくっついている。


そして、立ち上がった黒悪鬼は、ゆっくりとレイラ達を見据え、それに気付いたミフィアが庇うべく剣を前に構える。脚も唇も、俺からはあまり分からないが、確実に震えていた。それは、蘇ったという異常な現象が立て続けに起きたことへの恐怖か。はたまた、ミフィアの師である俺が圧倒される敵を目の前にする恐怖か……。


どちらにしろ、今のミフィアではあいつの攻撃は防げない。


痛む身体に鞭打ち、地面を蹴った俺は、横薙ぎにミフィアを斬ろうとする黒悪鬼と、それを受け止めようとするミフィアの間に飛び込み、二本の剣を縦に立てて、その攻撃を受けた。ダメージに関しては、父さんのチェストプレートの防御力アップを信じて、我慢しよう。


そして、木を二本折り倒しながら吹き飛んだ俺とミフィアは、三番目の木に衝突して空中の移動を終了した。


地面に膝をつき、剣で体を支える俺は、後ろでへたり込んでいるミフィアに、頭ごと視線を向ける。


「ミフィア……」


大丈夫か、という問いかけの前に、


「だい、じょぶ……二人、が」


自分のことよりも、仲間を優先する。今となっては忘れてしまいそうだが、奴隷であるはずの彼女ですらこうやって、恐怖に立ち向かおうとしているのだ。


それなのに、俺がこんなことでどうする。


「後は任せろ……ミフィアは、ここで少し休んでてくれ。オーガ倒して、疲れただろ」


「まだ、戦える……けど、その方がレンが戦いやすいなら、そうする」


呼び捨てなのも、奴隷ということを忘れさせる要因かな、などと考えながら、俺は吹き飛ぶ際も、木にぶつかる際も離さなかった二本の剣のうち、黒剣を、体を捻って横に向きそうになるまで引く。


渦巻く風が剣に纏い、腰を落とすと不思議と力が湧いてくる。不可視な、剣技という力もあるだろうが、これは恐らく──決意の力だろう。何度も何度も繰り返し思ってきた、仲間を守るという決意。これを最後に、二度と恐れることなどないように。


「らあああぁぁ────ッ‼︎」


雄叫びを上げながら、光っていないはずの剣を、緑の軌跡を残しながら地面を蹴り、前へと突き出す。


声を聞いて気付いた二人が、それぞれ左右に避け、反応の間に合わなかった黒悪鬼の鳩尾に突き刺さる。


そして、剣技の効果により、黒悪鬼は後ろへと吹き飛び、バランスを保とうと両足を千鳥足のようにふらつかせながら下がっていく。


そこを、後ろで待ち構えていたエルが、待っていましたとでもいうように──実際言ったかもしれない──その太い尻尾をしならせながら、黒悪鬼の背中を強打した。


今度は前にたたらを踏んだ黒悪鬼の、刀を持つ右腕に向けて、俺は片手剣単発垂直斬り、“レングス”を発動させる。


あわよくば斬り落としたいところだが、最悪骨を砕く、ヒビを入れるだけでもいい。とにかく、あの強烈な攻撃を防がなければならない。


「ラァッ‼︎」


気合と共に朱色に光る剣を振り下ろし、黒悪鬼の肩を斬り落とした。うん、なんか斬り落とせた。


そのまま意識を左手の白剣に移動させ、“ルミナスカリバー”を発動させる。


まずは左から右へと水平斬り、そして左腕も斬り落とすべく、左斜め上への斬撃。肘から下が地面へと落ちる最中、小さなステップで背後に回り、こっそりと唱えていた魔法を発動させる。


「《フレイムソード》」


並行詠唱という技術だが、集中を二分させる必要があるため、使うのはなかなかに難しい。だが、成功してしまえばこっちのものだ。“ルミナスカリバー”で威力を底上げし、“フレイムソード”でリーチを伸ばした白剣で、背後から黒悪鬼の左脇腹から右肩口にかけて、斜めに斬り上げた。


そして、ゆっくりと切り口から血を滲み出しながら、切り口から上の部分が、地面に滑り落ちた。


二度と動くことはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

永久凍結レベル一冒険者──魔王の討伐向かいます! flaiy @flaiy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ