第91話

ベリル村を発ち、三日目の昼間、俺たちは央都へと到着した。


「レン、起きて」


体を揺すられて飛んでいた意識を現実に戻す。薄く目を開けて、しばらくの間光に慣れるまで待ってから完全に目を開くと、目の前には央都の大きな門、そして隣には俺の肩に手を置くレイラが座っていた。


「ああ、着いたのか」


「うん。よく寝てたね」


「疲れてたのかな……まあ、着いたならいいや。入ろう」


レイラの「うん」という返事を聞いて、城門の門番を探す。しかし、門番はどこにもいない。


かと思うと、唐突に目の前の大きな門が内側に開きだした。


「……なんだ?」


違和感を覚えたのだが、しかし央都に限ってそんなことはあるまい。ここには騎士団の隊長である宮薙兄妹がいるのだ。例え使者が攻め込もうとも、そう簡単には敗れまい。


しかし、その俺の予想は、門が開ききったと同時に裏切られた。


殺気を感じた途端に体を折り曲げて、竜車から飛び降りる。頭の上を剣が通り過ぎ、毛先がパッと散る。


「殺せぇっ‼︎」


聞き覚えのない声だ。しかし、その声は本当の殺意を孕んでおり、その切っ先は間違いなく俺だ。無数の央都の住民が、俺へと武器を向けている。


「な……なんなんだ⁉︎」


声を荒げて問いかける。しかし、返答はない。


「こいつを殺せば、世界は救われるんだ! やってしまえ‼︎」


さっきの声が再び響き、おー‼︎ という掛け声までもが央都の地面を揺らす。


背中の黒剣を抜いた俺は、人々を傷つけぬよう、慎重に武器だけを破壊していく。


数十の武器を破壊した時、俺に向けて魔法が飛んできた。炎属性の上級魔法が飛来し、間一髪のところで避ける。そして、周囲の人までも巻き込んで、小爆発を巻き起こした。


その魔法を放ったのは、俺の視線の先にいる金色の髪を輝かしている──レイラだった。


「……殺す」


レイラの小さな口から溢れたその言葉に、俺は絶望を覚えた。


かと思った瞬間だった。俺は僅かな空気の匂いの変化を感じとり、体を大きく、後ろに倒れる勢いで逸らした。その上を、音速の剣が通り過ぎる。ミフィアだ。


腰から落ち、その痛みに耐えて立ち上がる。そして、今度は俺の背後で、先ほどのレイラの魔法でダメージを受けたはずの冒険者が、無傷の状態で俺へと各々の武器を持って駆け寄ってきた。恐らく、エミが回復させたのだろう。


「……っ⁉︎」


終わりの時を感じた──のだが、その終わりの時は来なかった。目の前に白銀に光り輝く鱗が舞い降り、冒険者を首で弾き返したのだ。


「エル……っ!」


そう、俺の娘のような存在である、エルだった。そして、今の俺にとって唯一の仲間。


グルルルという鳴き声に俺は触発されて、反射的にその背中に飛び乗る。そして飛び上がる。


「とにかく、今は逃げるんだ!」


原因不明だが、マリオネットの能力すら弾き返したレイラまでもがあんなことになっているのだ。ある種の現実味のなさを感じながら、俺はエルに任せて央都から逃げた。


そして、エルの右の翼が消滅した。血が噴き出し、地面に向けて落下していく。


「なにが……⁉︎」


空に鉄の輝きを見た俺は、即座にその光に向けて剣を盾にする。


コンマ数秒後、衝撃が剣に襲い掛かり、落ち行くエルの背中から、更に落ちていった。


なんとか姿勢を整えて両足で着地し、次の攻撃に備える。


「よう、忌み子」


その声は、俺の背後から掛けられたもので、何度も聞いてきた低い声だった。勿論、その正体は、“転生者”であるジュンだ。


「いみご……?」


「お前が生きているだけで、この世界は壊れていく。悪いが、お前には死んでもらう」


「……え?」


喘ぐような声を漏らした途端、胸の真ん中を冷たい何かが貫いた。そして、それが引き抜かれた瞬間、意識がふっと遠退き──



「──っぁ⁉︎」


跳ね起きた俺は、即座に剣で刺された心臓部に手を触れる。しかし、そこに傷はなく、ぬめりとした血も付かず、父さんのチェストプレートに触れただけだった。


「夢……」


勢いよく跳ね起きたせいか、肩に頭を乗せていたらしいレイラが、ガゴッという音と「だっ」っという鈍い声を出して目を覚ましたが、さっきの夢が頭から離れず、俺はそっちに気を向けることはできなかった。


あの夢は、夢にしては現実的すぎた。央都のすべての人に命を狙われる恐怖、ジュンに刺されたところの痛みは、まだ微かにチリチリと俺を刺激している。


「あれ、もう着くんだ」


レイラの言葉が聞こえ、思考から現実へと戻った俺は、視線を前に向けた。そして、夢と同じように央都の門が近付いてくる。


俺の心の中を、恐怖と焦燥感が占めていった。



央都の中に入るのは、問題なかった。夢と違い、門番はいたし、そこで新しく取り入れた冒険者確認装置──冒険者に渡される腕輪を機械で認証し、本人と照らし合わせるものらしい──というものを利用して、難なく通れた。そして、央都に入ってからも、なにも問題は起きていない。


「……考え過ぎか」


誰にも聞こえないように、小さく口の中で呟いた。


数分、エルの引く竜車に揺られながら、夢のことを考えていた。今となってはクリスタルドラゴンの引く竜車も多くの人に知られて、拝められはされども、騒ぎになるようなことはない。


「お、にいちゃんじゃないか」


どこかで聞いたようなバリトンボイスを聞き流し、再び思考の湖にはまりこもうとする──が、次に聞こえた同じ声が、それを妨げた。


「無視とはどうなんだ、レン」


「……俺?」


「そうだ、あんただよ。久しぶりだな」


エルの進行を止めて、必死に目の前のガタイのいい男のことを脳内検索し、数十秒たっぷりかけてやっとのことで思い出した。


「もしかして、奴隷屋の?」


「そうだ。やっと思い出しやがったか」


確かに、ミフィアの父親的存在であり、かなりの期間の間世話になった割には、俺も思い出すのに時間がかかった気がする。


「なんだ、前より成長したんじゃないか?」


「そりゃあ、成長期だからな……」


俺は奴隷屋──グレーブスが夢のように襲ってこないことを確認し、一度溜息を吐いてから話に戻った。


「楽ではないけど、それなりに楽しくやってるよ、俺らは」


「そうか。ミフィアも元気そうで何よりだ」


「当然だ。約束したからな……それで、何しにきてたんだ? スレーブからここまでじゃ、結構日にちかかるだろ」


「ああ……魔王軍が攻めてきたのは、最前線で使者を二人倒したお前さんなら知ってるだろ? それで、王から戦闘に向いた奴隷を買いたいと依頼を受けてな。ちょうど来てたってわけだ。今は、その奴隷が壊した檻を売ろうかと思って、散策中だ」


グレーブスがドンと背後で叩いたものを覗くと、長さ五メートルはあるんじゃないかと思わせるほどに長い鉄の棒だった。


「……これは、なかなかに邪魔だな」


細長いので、一応俺のポーチには入るのだが、それ以外では相当邪魔になるだろう。


「そうだな。せっかくだ。貰っていかないか? 鍛冶屋に売って剣にでも変えてもらおうと思ったが、お前さんの方がいい扱い方を思いつきそうだからな」


「いや、そんな長いの使い道なんか……」


と、呟いてみたものの、グレーブスの意見には一理ある。戦闘は、主に自分の武器や魔法、事によっては素手で戦うが、時には周囲や自分の武器以外の所持品を活用する──そういう応用的な技術も必要となるのだ。だから、絶対に使わないということは、今の状況ではありえない。


「……分かった。俺は別に移動に邪魔になることはないから、貰っておくよ」


「そうしてくれると助かる」


グレーブスが交渉をしていたらしい店員に「やっぱなし」と伝えたのをその鉄棒を見ながら聴いた俺は、一つ聞いてみる事にした。


「……なぁ、おっさん」


「おっさん呼びされるほど歳食ったつもりはないんだがな……」


「何か、俺に関しての噂って流れてないか? 例えば、──俺の存在が世界を滅ぼす、とか」


聞いててただの中二病にも思えたが、どうしても聞かずにはいられなかった。なにせ、夢のようなことが起きては困るのだ。


「いや、そんな話は聞かないな。意外と噂ごとには耳を傾けてるんだ、そんな噂はないぜ。ただ、使者討伐の話ならよく聞くけどな」


あいも変わらず頭にタオルを巻いたグレーブスは、片頬を吊り上げて笑みを作る。


「そっか……まあ、そうだよな。ありがと」


気にし過ぎ、か。やっぱり。


「最近、また使者の噂が出てるらしいからな。頑張れよ、勇者様」


「ゆ、勇者ぁ?」


そして、俺が直した台車から鉄棒を降ろしたグレーブスは、央都の何処へと姿を消した。


「……俺、そんな風に呼ばれてるのか」


六本の鉄棒をポーチにしまい、竜車に戻る。そこではレイラ達がガールズトークを繰り広げており、若干いづらさを感じながら、エルを進ませた。

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