第73話

風呂を出た後、着替えを終えていたヴィレルと共にレイラ達に"魔法破壊"について説明を終えて、昼食を食べてその日は自由行動にした。といっても、国内をブラついたのは俺一人だったが。


そして一晩がすぎた。その日も結局レイラ達と寝たのだが、妙に落ち着いて仕方がなかったのは言っていない。恥ずかしいし。


「さて、今日ヤマタノオロチを討伐に向かうが、覚悟は出来たかの?」


「俺は大丈夫……だと思う。昨日は二人だったから守る意識が強くて問題なかったけど、今回は分からないから……」


「安心せい。危ないと思ったのなら妾が対策を考える。場合によっては引けばいい話じゃ」


「ありがとな」


「うむ……他の者はよいな?」


全員がそれぞれの表情で頷く。レイラは一度姿を見ているからか緊張気味で、ミフィアとエミ、ミナはやる気に満ち、ジュンは相変わらず無愛想だ。エルもクルルと鳴いてやる気の意思を見せる。


「では、滝までは妾が転移を使う。レン坊はなるべく高火力の魔法を畳み掛けろ。他の者はレン坊の攻撃が当たるタイミングで攻撃を向ける。よいな」


全員が頷くが、俺は少し首を捻った。ヴィレルには何か作戦があるはずだったのだが、それについての話が出なかったからだ。


すると、ヴィレルが俺に近付いてきて、耳元で囁いた。


「すまんな。昨日の昼に言ったやつじゃが、間に合わなんだ。いつもなら八時間で終わるんじゃが……戦闘中に完了するやもしれんから、それまでは今言ったやつで対抗するぞ」


レイラ達に明日の朝に行くと宣言してしまった手前、ここで引き下がるわけにはいかなかったらしい。


「わかった」


俺も小さく頷いて返し、ヴィレルが離れていった。


そして、もう一度元の場所に戻る。みんなの視線がヴィレルに集まり、


「今回の戦いは厳しいものになる。そして、この戦いの要はレン坊じゃ。絶対に守り抜くぞ」


守り抜くって……姿見えないし攻撃も当たらないのに、どうやって。


「レン坊を押し飛ばしてでも守るんじゃ。レン坊はヤマタノオロチの攻撃に加え、指示も飛ばしてくれ。パーティーのリーダーをしているなら難しくはないじゃろう?」


「ゔ……ま、まあ、やれるだけやってみるよ」


パーティーと言っても、俺の仲間は四人といっぴきで、そこに更に三人も加わるとまともに指示が出せるか分からない。レイラに微妙な指示と言われるくらいだし。


「では、ゆくとしよう……不意打ちが来るやもしれんから、ミナとレイラは防壁魔法を張っておいてくれ」


二人が頷き、かなりの速さで詠唱を終える。そして、俺らをレイラの風の防壁と、ミナの火の防壁が俺らを包んだ。


「では、魔法陣から出るでないぞ。……《テレポート》!」


浮遊感が俺らを襲い、周囲の景色がぐにゃりと歪んだ。



目を開けると、そこは昨日となんら変わらない滝の上側だった。理由は不明だが、滝の周囲には木々は存在せず、戦うのには十分過ぎる空間がある。滝の素となる川を右側に、俺たちは転移をした。


「……どうじゃ、おるか?」


「……あ、ああ」


やはり、意識して動揺は隠しているつもりだが、心の内の恐怖までは消し去れないのか、膝が震えだした。その理由はもちろん、諸悪の根源たるヤマタノオロチが目の前にいるからだ。


ヤマタノオロチの姿をしっかりと見るのはこれで三回目だと思うが、やはり恐怖を消すのは無理なようだ。合計十六に及ぶ縦に割れた瞳孔に睨まれるだけで、呼吸すら危ういくらいに身体が強張る。


「……無理なら下がるぞ。お主が動かぬのでは、この戦いは無意味じゃからな」


「い、いや……ふぅ……大丈夫だ。なんとか、耐えれる」


大きく深呼吸をして、心を落ち着かせる。これで落ち着けるほど人間は単純ではないが、さっきよりは幾分かマシだ。


「攻撃が来たら、指示を飛ばすんじゃぞ。妾らはバラけてお主の攻撃と指示に全て従う」


「わ、分かった……」


俺にそんな重責を果たせるのか──そんな弱気な疑念が湧くが、強引に心の奥底に封じ込める。


ヴィレルが離れていくのを横目で確かめると、その移動を一つの首──白色の瞳の中にある黒い瞳孔が、ヴィレルを首ごと追いかける。


「ヴィレル、突進行くぞ‼︎」


それを聞いたヴィレルが、咄嗟に空に飛び上がる。背中には蝙蝠を思わせる翼が生えていた。本当にヴァンパイアなんだな、と思わされるが、それは既に知っていたことだ。戦いに集中するべくその感嘆を押し込み、周囲に視線を巡らせる。


やはり皆には見えていないらしい。この戦いで重要なのは俺だというのは理解しているが、もう一人重要な役割がいる。


「エミはエルに乗って上空を旋回! 攻撃は必要最低限に抑えろ! エルも攻撃はしなくていいから、回避に専念してくれっ!」


そう、俺の妹であるエミである。理由は簡単で、この場で一番回復魔法を使いこなしているうえに、聖魔術を得意とするジョブについているからだ。エルはヤマタノオロチの姿を見れるから、回避に専念させれば基本的に攻撃は当たらないだろう。


右側から「了解」「グルル」と声と鳴き声が返ってきて、そっちはもうエルに任せることにする。


今度は左に視線を向ける。こっちにはジュンとミナ、レイラがいる。そして、赤い瞳を持つ首が後ろに勢いをつけていて──


「ジュン、ミナ、右に避けろ!」


そう指令を飛ばすと同時に、背中の剣を抜き去って大きく後ろに引く。ヤマタノオロチが動くと同時、緑に輝いて風が纏ったところで地面を蹴る。ジュンとミナは右に移動し、いつの間にやら阿吽の呼吸といえばいいのか、レイラが詠唱を始めている。レイラはジュンとミナに比べてかなり俺の方に寄っているから、攻撃の被害はないだろう。


「らああっ!」


「《スプリンクラーランス》!」


俺の雄叫びとレイラの魔法の声が共鳴する。"トルネードストライク"の剣技を纏った黒剣の剣先がヤマタノオロチの鱗に触れた瞬間、俺の更に右側で水の槍が突き刺さり、鮮血が噴き出した。


俺の剣技とレイラの魔法により突進の方向をずらされた赤い瞳の首は、地面を削りながら止まった。昨日はすり抜けたというのに、今回は地面の上を滑った──理由は俺の能力なのかは分からないが、レイラの魔法で血が出たのなら、間違いなくダメージは与えたはずだ。


「なるほどな、あれがヤマタノオロチか……」


ヴィレルが俺の横にホバリングをして呟く。どうやら、俺の能力で他のみんなにもヤマタノオロチの姿が見えたらしい。


「……成長したんじゃな」


小さく呟かれたヴィレルの言葉は、俺の耳には届かなかった。


「来るぞ!」


俺とヴィレルを狙った攻撃を俺は左に、ヴィレルは上に避けてやり過ごす。しかし攻撃は止まず──


「レイラ、ミフィア、光線が行くぞ! その場所から距離をとれ!」


受け身の状態で指示を飛ばす。そして、ひとつの疑問が浮かぶ。ヤマタノオロチの光線は属性を持つのだから、魔法に属するものではないのか、ならば俺の恩恵スキルで排除はできないのか──と。


そして、ものは試しだという感じに、防壁魔法を詠唱する。


「──《ウインドバリア》‼︎」


レイラとミフィアが後ろに下がって避けようとした瞬間、ヤマタノオロチの光線が放たれ、レイラ達の目前に今俺が放った風防壁が展開し、ヤマタノオロチの光線が触れた途端、光線が消滅した。やはり、あの光線は魔法の類だったらしい。


光線については対処が出来そうだが、全員にバラバラに指示を飛ばすのは中々に難しい。理由は、ヤマタノオロチのどの首が誰を狙っていて、誰がどこにいるかを常に把握しなければならないからだ。


いつもならみんなが俺の指示に加え、個人でこれだと思った動きをしてもらっているが、今回はそうもいかないのだ。全員の命が俺にかかっている。


現状、俺は戦場となっている空間の左端にいる。そこからヤマタノオロチの視線と仲間のそれぞれの場所を見た結果、白の瞳の首がヴィレル、紅の瞳の首がレイラ、蒼の瞳の首がジュン、緑の瞳の首がミフィア、黒の瞳の首がミナ、茶色と黄色の首がエルとエミ、そして、銀の瞳の首が俺。


瞳の色で属性を判断するなら、ヴィレルに光、レイラに炎、ジュンに水、ミフィアに風、ミナに闇、エルとエミに土と雷、俺に無属性がほぼマンツーマンでターゲットしていると考えていいだろう。


そこまでを三秒ほどで判断し、対属性はダメージが増えるという基本が通じることを信じ、攻撃を仕掛け──


「……あれ?」


紅瞳の首は、確かにレイラの魔法で傷を負ったはずだ。なのに、出血はおろか、穴も残っていないし、鱗も再生している。


そして、そこに目がいってしまったせいで、ヴィレル、ジュン、ミナに向かって突進が準備されていることに気付くのが遅れてしまった。


「ヴィレル、ジュン、ミナ突進っ!」


しかし、三人は聞いた瞬間に動いたものの、間に合わず吹き飛ばされ、森の中に姿を消した。


自分の判断ミスで三人を殺してしまった──そんな感情が頭を一瞬占めたが、すぐに頭を振って三人がそんな簡単に死ぬはずがないと決めつけ、行動に出る。


「エミ、交代だ! エルでヤマタノオロチの気を引くから、お前はレイラとミフィアと一緒に三人を探して、ここから離れたところで治療を頼むっ‼︎」


「了解」と声が返ってきて、エルがふわりと地面スレスレで停止、エミが飛び降りて俺が飛び乗り、魔術師二人とミフィアが消えたのを確認の後、エルの首の付け根を叩いて上昇の合図を送る。


「三人とも、生きててくれよ……!」


俺の判断ミスでこうなってしまったのだ。なんとしてでも生きてもらって、この戦いの後で謝らなければならない。例えこれがなにかの合図になろうと、これは俺の責任だから。

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