第54話

 央都騎士団隊長兄妹と、レア度の高い武器を大量に持ったウェルミンの登場で、村の士気は格段に上がった。それにおいても、俺達は感謝されたが、俺はそれを素直に受け入れることの出来る状態ではなかった。


 俺らも戦闘用の服に着替え、武器の状態をウェルミンに見てもらい、大丈夫と言われたところで、既に時間が遅くなり、夕食だと言われた。


 みんなあまり食べていなかったのか、俺らの持っていた食材を半分ほど出すと、大いに喜んでいた。


 そして、夕食を食べ終え、水は貴重だからと風呂には入らず、今日の見張りは誰がするかについて、現在話し合っていた。


「今日の見張りは、俺がやる」


「だ、だが」


 俺の意見に、ケイルを含む村民組が反対していた。


「いいんだ。……どうせ、今日は寝れやしない」


「……分かった。じゃあ、任せる」


 こうして、俺の見張りが決まり、俺は領主宅の前に張られた、簡易テントに入っていた。隣には、レイラもいる。


「……災難だね」


「……ホントだよ。でも、俺らも戦力としては結構なものになるはずだ。ただ……一か月の休暇が痛いな」


 一か月の間、全く戦ってなかったわけではないが、やはりこれまでと比べると、だいぶ落ちぶれただろう。


「大丈夫だよ。ミナとジュンも来てくれたし、ウェルも武器を用意してくれたし」


「……それで勝てるなら、苦労はしないな」


 一応、後から参加した三人にも、現状を伝えてある。敵が巨大な蜘蛛と聞いて、ジュンは“土蜘蛛”と仮定しておいた。


「そういえば、レンって“土蜘蛛”って聞いた時、ちょっと驚いてたよね? あれ、なんだったの?」


「……父さんの魔物ノート、今まで何度もお世話になっただろ?」


「うん。レンがその内容を覚えててくれたおかげで、結構有利に戦えたよね」


「ああ……でも、そのノートの中に、何ページかだけ情報が記載されてないページがあったんだ」


「つまり、そのうちの一つが、“土蜘蛛”だってこと……?」


「ああ。だから、攻略法が現状はない……その書かれてない魔物っていうのが、ほとんどが滅多に会えない、もしくは戦うことも困難、って感じの奴なんだ。例えば、エルの種類“クリスタルドラゴン”。そいつらは、存在自体が少なく、見つけることも困難だろ? 他にも、“ヤマタノオロチ”とか、“ガシャドクロ”とかだ。確か、こいつらはジュン曰く、“二ホン”の妖怪に分類されるんだろうな。希少種、もしくは激強だ」


「……確かに、その二体は相当凶悪って聞いたことはある。それと同列に見るとすれば、確かに厳しいかも……“土蜘蛛”も“二ホン”の妖怪って言ってたよね?」


「ああ……」


 “二ホン”の妖怪で弱い魔物も、いないわけではない。“カマイタチ”や“化け猫”辺りは、その辺でも見かけるし、コツさえつかめば簡単に倒せる。


「……今まで以上に、厳しくなるかもね」


「……同感だ」


 テントの外、南の方からは、ずっと破壊の音や、シャーとかワオーンとか、魔物の鳴き声が響いてくる。


「……父さん、母さん」


 寂しさもある。でも、それ以上に、怒りが強い。母さんを殺され、父さんの墓を荒らされたのだ。これを怒らずしてなんだといえよう。


「……レンはさ、親のこと、好きなんだね、すっごく」


「……まあな。特訓はきつかったけど、その分強くなれたし、色んな人に尊敬される親は、自慢だったし、俺自身も尊敬してた。たまに喧嘩はしても、嫌いになることはないよ」


「…………いいなぁ」


 レイラは、親に見放された様なものだ。俺と出会った当時から、親は忙しくてレイラの遊び相手どころか、話し相手にすらならなかったのだ。


「俺からすれば、お前の方が羨ましいよ。まだ生きてるだけ……死んだら、もう、実際に会うことはできないんだ。夢の中とか、幻聴幻覚とか、記憶の中とか……そんなの、一時的な処置にしかならない。綺麗事だ」


 それでも、その綺麗事を頼ってしまうのも、人間の性なんだろうけど。


「まだ起きてたか」


「……ジュンか」


 テントの入り口がめくられ、いつものコートを着たジュンが姿を見せた。


「どうした?」


「いや、様子を見に来ただけだ。先に呼びかけた方がよかったか?」


「気にすんな。何もなかったから」


「そうか。それで、今回はどうなりそうだ?」


「それは、俺に意見を求めてるってことでいいんだな……多分、今回の戦いは厳しいと思う。敵の“土蜘蛛”は、並大抵の攻撃は弾くはずだ。それこそ神器でもなきゃ、結構厳しいだろうな。それに、魔法耐性も強いと思う」


「そうか……意見、ありがとな」


「なんで俺に?」


「今まで色んな魔物を倒してきたのなら、それなりに知識はあるだろうと思ってのことだ」


「そっか。そっちは、どう思ってる?」


「ほぼ同意見だ……俺もレベルだけで言えば、引けを取らないが、やはり神器を持っていないからな……」


「俺の剣も、神器級のお墨付きだけど、何かが足りないっていう半端ものだからな。レベル面でも、俺は役に立てるか微妙だ」


 今回の戦い、逃げるべきだとは思う。なんせ、ジュンですら厳しいと言っているのだ。最近は“転生者”の人数が減ってきたとも言われてるし。


「……とにかく、見張りは任せとけ。朝になったら他の奴と交代すんだろ?」


「そのはずだ……——っ!」


「なんだっ!?」


 巨大な気配が近寄ってきている。間違いなく、魔物の気配。それも、並大抵ではない。


 俺たち三人は、急いでテントから出る。その瞬間、頭上から瓦礫が落ちてきた。


「「「——っ!?」」」


 その場をバックステップで離れる。瓦礫の正体は領主宅、そして、破壊の根源は——目の前の、高さ五メートル、全長で言えば、十五メートルには及ぶ、巨大な蜘蛛だった。


「……なんだよ、こいつ」


 俺が呟く中、領主宅の中からは、悲鳴が聞こえてきた。


「せあっ!」


 俺たちが固まる中、いち早く自我を取り戻したらしいジュンが斬りかかる。しかし、その剣はいともたやすく、持ち上げられた前脚に防がれる。


「嘘だろ、おい……」


 今度は、“ルミナスカリバー”を発動させての攻撃だ。しかし、その攻撃もまったく意を成さない。


「勝ち目が、なさすぎる……——っ!」


 “土蜘蛛”にジュンが押される中、南からは、続々と魔物が押し寄せてきていた。屋敷からは、「早く治療をっ!」「お母さーんっ!」などの声が響いていた。もしかしたら、さっきので死傷者も出た可能性がある。


「レン様! 無事ですかっ!?」


 エルを抱いて出てきたミフィアが、俺に話しかける。しかし、俺は既に、周囲のことが眼中になかった。怒りが俺を包み込み、意識を遠のける。


「《エクスプロージョン》ッ!」


 どこからともなく響いた声の後、“土蜘蛛”を爆発が襲う。しかし、それもダメージを与えない。


 ポーチから二本の剣を抜き取り、鞘ごと背中の剣帯に装着する。そして、同時に剣を抜き去る。


「れ、レン……?」


 レイラの声も届かず、俺は地面を蹴った。


 上空に浮きあがった俺の眼は、紅く光の尾を引いた。

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