故郷の事件

第51話

 一か月が経った。あの日、王との会談にて、俺はレイラ達が賭けで手に入れた十億を使って城壁の修繕費を払い、二度と俺たちに関わらないことを約束させて、事は終わった。勿論、レイラとミフィアは解放されて、今日も今日とて、のんびり暮らしている。


 クエストには、最近あまり行っていない。宿屋でベッドのカビになっているわけではないが、行ったとしても、ゴブリンやスライムといった、初歩級のザコクエストばかりだ。金があるので問題はないが。いくら残っているかというと、四億だ。修繕費で四億を使い、ウェルミンにお礼と村の復興費用として二億渡した。


 そもそも、なぜ俺がそんなことをしているかというと、金があるからではない。いや、金がなけりゃそら稼がないと生きていけないから、クエストには向かうが。実際のことを言うと、俺の体を案じての現状だ。一か月前、こんな一幕があった——


「——レンさんは、しばらくの間クエストは禁止ですね。具体的には、一か月ほど」


「……ミナさんたちの住んでた世界と、こっちの世界とでは時間の流れが違って、こっちの一か月は七日間を示すんだよ」


「嘘は通じませんよ。私たちとて、何年間もこっちで暮らしてるんです。時間の数え方が一週間が七日、一か月が約三十日なことくらい、承知の上ですよ」


「ちぇっ」


「そもそもあなたは、現在貧血状態なんです。本当のことを言えば、できる限り動いちゃダメなんですよ。でも、こうして運動を許可してるんですから、少しは自分の身を考えた行動をしてください。分かりましたか?」


「はぁい……」


 こうして、現在はミナと呼ぶようになった宮薙美奈の説得により、一か月間の運動禁止を命じられたのだ。その理由は、まあ察しが付くだろう。ジュンとの決闘の際の大量出血だ。


 そしてやっとこさ一か月が経ったのだ。その間、腕が鈍らないように特訓は軽くしていたものの、恐らく今の俺では大猿ですら危ないだろう。いや、レベル一の時点で危ないが。


「……クエスト行きたいけど、何故か動く気が出ない」


 現在、黒色の“パーカー”という服を着ている俺は、宿のベッドのカビになっていた。


「長い間ゴロゴロしてたら、そりゃそうなるよ。ほら、簡単なのから受けて、感覚取り戻すよ」


「簡単なのなら、いっつもやってるじゃん。けど、今日は宿にいた方がいいと俺の野生の感が告げている……!」


「はいはい。レンはがっつり人間の文明に染まってるから、野生じゃないよ。ほら、起きた起きた」


「だから、宿にいた方がいいんだって。果報は寝て待て、ってジュンも言ってただろ?」


 あれから、ミナは色々と手を尽くして、ジュンの笑顔を取り戻そうと奮闘した。その甲斐あってか、最近は少しずつ笑顔の増えてきたジュンには、“二ホン”という国のことについて、色々と教えてもらったのだ。


「はぁ……そういうのって、あまり信じないほうがいいと思うよ」


 そんな時だった。俺らの部屋の外——つまるところ、この宿の廊下なのだが、そこから足音が聞こえてきた。それは落ち着いたものとはかけ離れ、慌ただしくこちらに近寄ってくるもので——


『レン様、レイラ様、ミフィア様、おられますかっ!?』


 俺らは三人で顔を見合わせる。ベッドに寝転んだ俺、それを引きずり降ろそうとするレイラ、そして、エルを甲斐甲斐しく世話するミフィアだ。


 外から聞こえてきた声は甲高く、泣き叫ぶようだった。まあまず、間違いなく女性であろう。男があの声を出そうものなら、子供であるか声帯が異常であるか。


「なんですか」


 俺が若干嫌そうな顔をして出向くと、少女は涙と鼻水で汚した顔で、俺を見上げた。


「あ、あの……お話が、あるんです」



 俺らは、一応話を聞こうと、その少女を中に入れた。銀髪、と言いたいところだが、どちらかというと真っ白だろう。そしてそれは、染めたものではなく生来のもの。眉と睫毛も白く、肌も服までもが白い。それだけ白が揃うと、唯一色のある金色の目が目立つというもの。


「それで、俺らに何の要件なんだ? そもそも、君は一体何者なんだ」


「わ、わたくしは、央都の領主、ケールカバルス王の孫娘の、ミユリスと申します……」


 きた、王の孫娘。そもそも、王は白髪だったが、それは歳のせいだと思ってたのに、まさかの生来ものだとは。それに、あの人は確か、まだ五十かそこらだろう。そこから考えても、このミユリスと名乗る少女はレイラと同じ、もしくはそれ以下くらいか……


(この子、話に聞いたところだと、いま八歳だって)


 レイラが小声で耳元で囁いて教えてくれる。てか、レイラ以下かよ。なのに、身長レイラと二センチくらいしか変わらねえぞ。それでいいのかレイラよ。


「はぁ……本音を言うと、もう王族の人には関わってほしくないんだよ。俺らに何があったか、知らないわけじゃないだろ?」


「は、はい、一か月前のことは、存じております……それを踏まえて、あなた方のパーティーに、クエストを発注したいんです」


「……クエスト?」


「はい……実は、祖父——ケールカバルス王が三日前から寝込んでいられるんです。医師の診察によると、病名は……“腹切り病”」


 ——“腹切り病”。これは、一時的にごく一部の地域で流行った、流行病のようなものである。しかし、その病気はすごく恐ろしいもので、かかった瞬間に余命宣告と同意を意味する。その期間、一か月。そして、この病気が流行った地域こそ、俺らの故郷“マレル村”だ。


「……なんで、今その病気が」


「私たちにも分かりかねます。ただ一つ言えること、それは……王を、祖父を救えるのは、“マレル村”出身である、あなた方だけなんです」


「なんで俺らなんだよ。俺ら以外にも、あの村出身の奴くらいいるだろ」


「はい。確かにおられました。しかし、誰も信じてくれなかったんです、病気のことを……あの病気は十何年も前に名前だけになった、死病だって」


 なんだよその死語みたいな言い方。


「……で、頼みの綱ということで、王城でなんやかんやあった俺らを頼りに来た、ってとこか」


「……はい。どうか、受けていただけませんかっ!? そうしないと、祖父が、おじいちゃんが……っ!」


「レン……」


「……断る」


「そ、そんな……」


 俺の仲間までもが、俺のことを救いのないような目で見る。しかし、俺は別に考えなしに言ったわけではない。


「俺らは冒険者だ。それにクエストを発注するんなら、報酬の提示もなしじゃ、受けれないからな。俺らは金があるとはいえ、一冒険者だ。恩のある人ならまだしも、恨みしかないあんたの爺さんを助けても、俺らは得ゼロだ」


「レン、そんな言い方……」


「そもそも、そっちは俺の命を危うくしたんだ。クエストを受けたいと思うわけがない。あんたらの戦力である、央都騎士団でも派遣したらいいじゃないか」


「……そう、ですよね。ごめんなさい。帰ります……」


 ミユリスは、泣きそうな顔をして出ていった。足取りは重く、背中も縮こまって、だ。


「……レン、あれはどうかと思うよ」


「ん。今回ばかりは、ミフィアも、レン様を否定したい」


「……知ってるよ。俺だって罪悪感がないわけじゃない」


「じゃあ、なんであんなこと……あんな小さな子に、八つ当たりみたいなこと……」


「あんな王、死んじまえばいい」


 二人がハッとする。


「……俺がそんな理由で断ったと思ってるのか? それも否定できないけど、本音は違う。あの村に帰りたくないのもあるけど、それも別の話だ。無理なんだよ、もう」


「無理って、何が……」


「間に合わないんだよ、絶対に」


「なんで? だって、エルを頑張って飛ばせば、村まで三日なんだよ? 往復で一週間だよ? だったら、まだ二十日以上も……」


「一か月っていうのは、言い伝えだ。実際の寿命は……半月」


「……えっ?」


 これを俺が知ったのには、色々と経緯がある。

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