#23 優しい鼓動


 コイツに勝てるとは思えない。なら、せめてこの場から逃げる方法を考えるしかない。

 大天使の翼でミアとミルクを抱えて全速力で距離をとってヨロシク号でぶっ飛ばせば……


 幸い、ネロのやつに移動手段はなさそうだ。それも俺の勝手な思い込みかも知れないが……


 残りMPは半分、まだいける。



「まだいける、と、思ってねーよな? あぁ?」




「速いっ!?」




 一瞬で距離を詰めてきたネロの拳が俺の腹部を打った。強烈な痛みと共に意識が飛びそうになる。

 たった一撃、それだけで俺のHPは三割弱削られる。つまり、数発喰らうだけで勝負が決まってしまうってことか。


 俺は大天使の翼を広げ跳躍。距離をとりスキルを選ぶ。これだ!


「リジェネレーション!」


 スキル【リジェネレーション】

 光属性の上位回復魔法の一つで一定ごとに体力を回復する所謂持続回復系のスキルだ。

 これで常に回復効果を得られる。この状態なら何とかやり合えるかも知れない!


 俺はアダマスブレードを両手で構え攻勢に出た。距離を詰めながら一気にそれを振り下ろす!

 しかし難儀なことにネロの後方にある魔法陣がシールドの役割までこなし白刃を弾く。

 それならと俺は形状変化を応用して側面からの攻撃を試みた。だが、無数のシールドがことごとく白刃を弾き返してしまう。


 くっそ、何だよこりゃ!? どうしろってんだ?


 それでも攻撃の手を休めずに連撃を繰り出し隙を伺っていると、一瞬、シールドの動きに乱れが生じたのが見えた。

 俺はそのチャンスを逃さず、アダマスブレードを突く!


「伸びろぉぉっ!」


「……なっ!?」


 刀身が伸び、シールドの間を通り抜けた白刃がネロの右頰に傷をつける。

 その瞬間、ネロはシールドを前方に固め衝撃波を放った。それをまともに全身で受けた俺は見事に吹き飛ばされた。


 激しく地面を転がっているのが回転する視界で伺える。やがてそれは止まり、回っていた目が元に戻ってくる。リジェネレーションの効果で致命傷を受けてもすぐに立ち直れるのは助かる。


 俺は立ち上がり再びアダマスブレードを構えた。しかしその瞬間、激痛が走る。


「っ!!」


 声にならない声が意思に反して漏れる。


 俺の手のひらを貫いたのは漆黒の粒子砲、アダマスブレードはくうを切り回転しながら後方へ弾き飛ばされ地面に突き刺さる。


「シロさまっ! 危ないっ!」


 ミルクが俺の前で手を広げる。


「邪魔だ妖精! 諸共、消し炭にしてやろうか? くくっ、この粒子砲を一つにまとめて撃つと、どうなると思う?」


「あ…」とチーノは目を逸らす。


 俺は一瞬の隙を見てミルクを握りしめ、思いっきり振りかぶり、そして全力で遠くに投げた。

 ミルクは綺麗な帆を描き今季最高の飛距離をマークする。


 それはそうと……こりゃヤバいな。

 後ろにはミアがいる。受け止めるしかないか。


「馬鹿かお前? この後に及んでその後ろにあるものを守ろうとしてるのか? 何があるか知らねーがよ~、格好つけてんじゃねーよ! 死ねぇっ!」


 収束された漆黒の粒子砲が迫る。俺はライトウォールを発動させた、しかし.


「ぐあぁっ!!!!」


 呆気なくライトウォールは粉砕、蒸発する。



 駄目だ……視界が……真っ赤、に……


 空が、か、何、か……が砕けっ……



「……ア……逃げ……」



 声が出ない……


 ライトシールドが砕け散りミアの姿が露わになる。ミアは瀕死の俺を見て駆けつけてきた。しかし視界がボヤけて、殆ど見えない……


 頼むから逃げてくれ……


「シロ! シロ!? しっかりして! シロ!」


 視界が薄っすら暗い。声が遠くで聞こえる。

 俺、ここで死ぬ……のか……


 ミア……何してるんだ。いいから逃げろ……お前の敵う相手じゃないのはわかるだろ……


 俺の目の前で両手を広げて立ち塞がるミアの姿がボンヤリと見える。


 俺はその姿を見た後の記憶がない。


 俺は、死んだ。


 絶対守ってやると約束した瞬間、同じ転移者の手によって、


 無様に殺された。






 ……


 ……


 ……空が……見える? それに、謎の球体が二つ……月? いやいや、月がこんな近くにあるわけないし……だとしたら。


 そもそもなんだ……地面ってこんなに柔らかかったかな? もっとこう、ジャリジャリしてて。


 手で触れた感じもフワフワだ……いや、プニプニと言った方がしっくりくるかな?


「ちょ……シロ〜?」


「……え?」


「あ、あんまり色んなところ触らないで欲しいし……くすぐったいし。」


 ミア……? それに……


「シロさまぁっ!」


 ミルク……


 と、言うことは。この柔らかな地面はミアの太ももで……この球体は……って


「うわっ……な、何故に膝枕を!? ミアレアさん!?」


「きゃ、いきなり起き上がらないし!」


 どうやら俺は生きているようだ。そうか、ジョブアビリティのおかげか。確か戦闘中、一度だけ自動復活出来るんだっけ。

 だとして、あのネロとかいう奴がそのまま見逃すとは思えないんだが……


 俺が首を傾げているとミルクが事の経緯を説明してくれた。


 俺が死んだ後、ミアが俺の前に立ち塞がった。そこまでは俺も記憶にある。


 その後、ネロは攻撃をやめたらしい。そして妖精チーノと共にその場からすぐに去った。

 ミルクが言うには、その時のネロの様子が明らかにおかしかったようだ。


 ミアの命がけの気持ちがネロに伝わったのか、


 それとも、興醒めして帰ってしまったか、


 どちらかといえば後者だろうな。


「情けない……俺、ミアを守るって言ったばかりだってのに。ごめんな。」


「そんな事ないし。シロはミアを守ってくれてたし! だから、そんな顔しなくてもいい、し。」


 ミアは顔を真っ赤にして小さく呟く。そして俯いた俺をそっと抱きしめてくれた。

 ミアの身体はあたたかい。ミアの心臓の音が聞こえる。少しだけ、はやい鼓動。


 ……優しい、鼓動。


 俺、慰められてるじゃねーか……っ……



「ミ、ア……」







 


 次に目が覚めた時には朝が訪れていた。

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