#17 旅の目的



 ミアの正体は魔王の娘だった。


 


 この世界における魔王、

 【ルシュガル=ザンダリオン】の娘だ。






 ……


「シロ? お腹空いたし!」


「お、おはようミア……って、起きて来たと思えば飯か。お前ってやつは。」


 ミアは長い髪を鏡の前で入念にとかしながら起きた俺に向かって空腹を訴えてくる。

 いつも丁寧に髪をとかしているわりにはてっぺんのアホ毛はなおらないのね。


 とりあえず下の階に降りようか。


 リビングのテーブルを囲む俺達の前に、次々と料理が運ばれてくる。運んでくるのはバスターだ。


 と、いうことは、この料理は。


「へっ、凄いだろ自分の妹ミランは! この街でも一番の料理上手なんだぜ?

 あ、ナタリアには言うなよ? 怒られるから。

 ミランは命の恩人であるシロッちに手料理を振る舞いたいってよ!」


 あの歳で、良く出来た妹なんだな、ミランって。昨日のナタリアの出してくれた料理も美味かったが、期待してもいいのかな。


 それに比べてミアは。


「お腹空いたし!」


 はい、そうですか。


 それにしても美味そうだ。朝からボリュームたっぷり過ぎるくらいだが、ミアがいればなんて事ないだろうな。

 なんと、ミルク用のミニサイズ料理まで…ミランは絶対にいい嫁さんになれる。


 料理が全て運ばれてきて、皆で食卓を囲む。

 こんな朝も悪くない。向こうじゃゆっくり朝食を食べる余裕なんてなかったしな。


 どれどれ、お味の方は……?


 一口、口に入れた瞬間、ソレが美味いとわかる。なんだこの優しい味は!

 これも、これもっ、マジで美味いっ!

 ミアもミルクも夢中で食べてる。いや、その気持ちわかるぞ! だって美味いんだよマジで!


 餌を与えられた家畜のようにがっつく俺達を見てミランは恥ずかしそうにクスッと笑い尻尾をゆっくりと振る。


「お兄ちゃん? 美味しい?」


「最っ高に美味いです!」


「やったぁ! これで胃袋を掴んだも同然だね!」



 ……ん?


 そ、それはそうと、その笑顔は反則だ!

 何だか意味深なこと言ってるけどお兄ちゃんは気にしないぜ!


 あ、なんだこの視線?


 俺の両サイドから突き刺さるような視線を感じるんだが。気にしない、お兄ちゃんは気にしない。



 ……


 楽しい朝食を終え、俺はヨロシク号のガソリンを補給していた。ガソリンはオーロベルディ鉱山から大量に持ってきたから安心だな。


 ヨロシク号も満足そうだ。


 少し汚れてるし、ついでに洗車してやるかな。確かこの辺りに水道が、……あった。


 俺がそそくさと洗車の準備をしているとバスターがやってきた。

 何やらフラフラだが、鬼ごっこにでも付き合わされて逃げてきたってところか。


「シロッち~……も、もう限界っ」


 やはりそうか。

 しかし、いいタイミングで来てくれたな。


「いいところに来たな、暇なら洗車を手伝ってくれよ? バケツとか、あと、スポンジみたいな物があれば助かるんだが。」


「マ、マジっすか先輩!?」


「マジっすよ、後輩。」


 こうして俺は貴重な戦力を補充した。


 ……


 山を越え、森を抜け、草原、荒野を走り抜け、汚れに汚れていたあの軽バンが……


 なんということでしょう!


 真っ白なボディ! 透き通るようなフロントガラスに輝くホイール!

 更に内装までピッカピカ!


 と、まぁ、綺麗になったヨロシク号。


「ありがとな、バスター! おかげでコイツも喜んでる。いやぁ、それにしてもいい天気だな。」


「……だなぁ! って、全くシロッちは人使いが荒いぜ……と、なぁ、シロッち?」


 バスターは空を見上げながら言った。


「どうした?」


「やっぱ、行っちまうんだよな?」


「そう、だな。俺にはやる事があるしな。」


「やる事?」


「あぁ。」




 俺はミアとの出会いとこれまでの経緯を簡単に話した。ミアが魔王の娘ということだけは伏せて。


「迷子……その上、記憶喪失かよ。ミアッちのやつ。シロッち、自分はミランや子供達の為にもここから離れる事は出来ないんだけどよ、

 な、何でも言ってくれよ? 自分に出来ることなら手伝うぜ! だから、頼ってくれよな?」


「バスター、ありがとな。」


 俺はバスターと固く握手を交わした。うん、実に暑苦しい。だが、まぁ、

 こんなのも悪くない、かな。


 それにしてもこの世界、思ったより平和だよな。魔王のいる世界ならもっと魔物や魔族みたいなのがいるかと思ったが、脅威になるほどの魔物も今のところ邪龍しか見てないな。

 道中、ちらほらと魔物は見るがヨロシク号で突っ切ってるのもあり殆ど脅威にならないし。


 ちょっと探りを入れてみるか。


「バスター、魔王って知ってるか?」


「ん? あー、魔王ザンダリオンか? 知ってるも何も有名人じゃないかよ?」


 は? 有名人だと!?


「魔王ザンダリオンって言やぁ、人間やその他の種族との争いをやめて、【人魔不可侵協定】を結んだ初の魔王だぜ?

 協定が結ばれてから二百年、魔族がこちら側を攻撃したって話は聞かないし、大した魔王だよな!」


 人魔不可侵協定…?


 つまり、この世界において、魔王は脅威ではないのか?

 

 え、でも……

 その魔王を倒すのがゴッドゲームの目的、所謂クリア条件なんだよな。


 DJアルマの言葉を思い返してみる。


「何ちゃらを持て余した神々の遊び、ですね!」


 遊び。

 ゲーム感覚でミアの父親を殺せって言ってんのか……あの神を名乗るやつらは。何の為に?

 冗談じゃないぞ。

 そんな事出来るわけないだろ。



「シロッち? どしたの深妙な顔して? こわい顔が更にこわくなってるぜ?」


「なっ、放っとけっての!」


 すると後ろからあの三人の声が聞こえてくる。バスターの尻尾がビクン! と反応したのに驚き、俺までついビクついてしまった。



「シロさまぁ!」

「シロ! 今度はシロが鬼だし?」

「お兄ちゃんお兄ちゃんっ! 鬼ごっこ!」


「は、はは……」

「お、おぉ、マジっすか、妹達よ」



「「「マジっすよ、お兄ちゃん達!」」」



 この後、日が暮れるまで鬼ごっこに付き合わされたのは、もはや言うまでもないだろう。



 ……


 その夜、俺は床で寝転びながら昼間バスターが話していたことを繰り返し脳内で再生していた。

 複雑な気分だ。


 ゴッドゲーム、それに何の意味がある。

 いや、神々の遊びって言ってるくらいだから意味なんてないのかも知れない。


 クリア条件は魔王討伐。


 他のプレイヤー達は願いを叶える為に魔王を倒そうとしているかも知れない。それなら、


 止めないと。



 俺の旅の目的は決まった。


 ミアを魔王に返す。




 俺は……ゴッドゲームを止める。

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