第383幕 英雄の登場
「……くっ、駄目、です。開きませんね」
『結界』の魔方陣を発動されている扉はびくともせず、ルッセルが『隠蔽』を切ってまで発動させた『身体強化』でも全く動く事はなかった。
「参ったな……」
このままだと兵士たちがここに来るかもしれない。かと言って如何にも怪しげなこの扉を見逃せる訳もない。
今も必死に開けようとしてるルッセルは、諦めたように息を整えている。
「はぁ、はぁ……どうしましょう?」
「仕方ないな。ルッセル、敵が来ないかどうか見張っててくれないか?」
「わ、わかりました!」
幸い敵が来る方向は一つしかないから見張るのは楽だろう。ルッセルが後ろに注意を向けている間に、改めてその扉を観察してみる。
恐らく……俺が『身体強化』や『神』『力』の魔方陣を使ってもルッセルと同じ結果に終わってしまうだろう。扉に付けられている指を引っ掛ける場所が憎らしく感じるくらいだ。
「さて、どうするか……」
ルッセルに聞こえないほどの小声で呟きながら、この扉を破る方法を考える。アスクード王が使っていた
静かに魔方陣を構築していく。初めて組むそれに神経を集中させながら、魔力を注いでいく。
これが戦場なら間違いなく自殺行為だろう。ルッセルでもなんとか出来る程度の敵ならまだしも、大勢で押しかけられたらまず彼は助けられないだろうな。
構築するのは『古』『神』『斬』の三つ。初めて組む二つ以上の
それを抜き放った剣――バルブランに纏わせるように展開していき、その力を内包させる。カタカタと悲鳴か……あるいは喜びに鳴くような音が響き、発動された力は全てバルブランに集約していく。
「行くぞっ……!」
構築が終わり、バルブランを思いっきり振り下ろした瞬間――圧倒的な力の脈動を感じた。『結界』と激しくぶつかり合いながら火花を散らし、轟音を立てながら一瞬だけ均衡する。しかし、それもすぐに終わり……清らかにさえ思えるほどの涼しげな音と共に魔方陣ごと扉を含んだ周辺を破壊した。
……やはり、思った通りだ。今まで『神』『斬』で構築された魔方陣よりも明らかに威力が違った。
これは多分……『古』を入れたことによって、力の根源がよりはっきりとしたからだろう。この世界を創った神の力の一旦を借り受けているのだから、このくらいの芸当は出来て当然と言えるだろう。
煙によって視界が遮られていたが、それが晴れて目に映ったのは、ヘルガとロンギルス皇帝。そして……何故かそこにいるセイルと傍らで倒れているスパルナの姿だった。一瞬何が起こっていたのかわからなかったが、周囲の状況で大体の推測はついた。スパルナが……死んでいるであろう事も。
セイルはスパルナの事を本当の弟のように思って接していた節があった。若干甘やかし気味だった程に。
だからこそ、義弟の死に少なからず動揺したはずだ。ここが戦場でなかったら、まず涙を流し、悲観に暮れてもおかしくはない。
「あ、兄貴……」
セイルの奴、なんて情けない声を出しているんだか。しかし、それでも勇気をもって戦いに挑もうとしているその姿勢は感心する。よくぞ、投げ出さずに戦おうとした。
「セイル……待たせたな」
だから、敢えて助けに来たように言ってやった。スパルナを失って悲しんでいる彼に向けて、俺の精一杯の励ましだった。一瞬、複雑そうな顔をしていたけれど、大体考えていることは予想出来る。大方、もう少し早く来てくれたら……そう思っていたのだろう。
「グレリア様!」
扉を壊した音を聞きつけたのか、ルッセルが驚いたような顔で駆けつけてきて、ロンギルス皇帝やヘルガ、セイルと順番に顔を見ていった。
「こ、これは……?」
「……グレリア」
ルッセルの声を遮るように、ヘルガが地獄の底から湧いてきそうな声で俺を睨んでいた。後ろの方でセイルと向かい合うように立っているロンギルス皇帝は、愉快そうに笑っていた。
「くっくっくっ、グレリア、エンデハルトには……その様子だと、出会ったみたいだな」
「ああ。なぜあの男にあんな約束をさせた?」
「今、それは重要ではなかろう。この場で必要な事……それは――」
ぶん、と剣を一度だけ振って、俺に剣先を突き付ける。なるほど、確かにそうだ。ここで必要な事なんて一つしかない。それはすなわち――
「「戦う事。それだけ(……か)」」
「くくくっ、わかっているではないか」
「ルッセル。セイルをサポートしろ。俺は……」
ちらり、とヘルガの方を見る。彼女の視線はずっと俺を見つめて離さない。俺と戦いたい――そういう感情がひしひしと伝わってくるほどだ。
「俺は、ヘルガの相手をする」
「わかりました!」
ルッセルは元気の良い声を出して、足早にセイルのところへと向かっていった。
「……グレリア。今までの借り、まとめて返してあげる……!」
「いいだろう。かかってこい」
ヘルガは敵意むき出して笑いながら、魔方陣を一斉に展開してきた。様々な銃が俺に銃口を向けて――知らず知らず、俺も笑みを向けていた。
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