第368幕 遅れてきた援軍
俺の目の前でスパルナとヘルガの戦いが激しく繰り広げられていた。だけど……圧倒的にスパルナの方が不利だった。ヘルガが一番殺したいのは俺だ。スパルナが少しでも離れようものなら、容赦なく動けない俺の方を狙ってくる。
「くそっ……俺が戦えさえすれば……!」
背中からは血が流れて、自分の魔方陣のせいであちこちがズタボロ。ヘルガとの戦いでも傷ついていたことがあって、かなり酷い状況だ。二人が戦っている間に適当な布を当てて巻いているおかげで、出血の方は多少はマシになったとはいえ、少し身体を休めなければ満足に動かすことは出来なさそうだ。
「スパ……ルナ! このままだと、負ける! 俺の事は……気に、するな!」
「で、でも……」
「お前の、兄貴は……そんなに頼りないかよ」
俺は出来るだけ格好つけるように笑いを浮かべた。スパルナの前だけでは……俺は格好良くて頼れるお兄ちゃんでいたかったからな。かなり無理をしてでも笑って、あいつには全力で戦って欲しかった。
「……お兄ちゃん。ぼく……必ず勝つから」
鳥の姿の時はどんな顔をしているかわからないけれど、穏やかに力強い声に、俺は頷いた。
それと同時にスパルナはヘルガに向かって襲い掛かってきた。彼女はそれを好機と捉えたのか、俺に向かって複数の魔方陣を展開してきた。
「……はっ、その程度で……この俺が、やれると……思うな!」
対抗するように『英』『炎』『弾』の三つの
「ちっ、死にぞこないめ……」
ヘルガの愚痴る声が聞こえてきたが、すぐにスパルナの攻撃が飛んでいった。続いて魔方陣で呼び出された銃が再び俺の身体を貫こうと弾丸を放ってくるけれど、それを
「悪いが……まだ死ぬつもりはないんでね」
二人の戦いに割り込むことは出来ないけど、自分の身を守ることぐらいは出来る。……けど、ちょっと分が悪そうだ。
ヘルガとスパルナの戦いもそうだけど、城門からまたゴーレムが現れたのが見えた。俺たちの陣営には銀狼騎士団はそんなに多くない。その中でも対応出来るのが何人いるか……。
このままじゃ……グランセスト軍は……。
嫌な想像が頭の中によぎって、なんとか立ち上がるけれど、まだちょっと身体がふらつく。魔方陣の威力が強すぎたせいだろうが、この際贅沢は――
「……なんだ?」
その事に気付いたのはヘルガたちの戦いから視線を逸らして、後方の様子を窺っていた時だった。兵士たちの前線がこちらの方に少しずつ下がってきていた。シアロル兵の中には都市の方に撤退しようとしている者たちまで出ていて、俺が想像していたこととは真逆の事が現実として起きていた。
「一体何が起きている?」
戦っていた二人もこの事に気付いたのか、戦いの激しさが薄れているように思えた。
「撤退! 撤退ー!」
「なっ……!」
伝令兵だと思われるその男がシアロルの軍勢に撤退の指示を出している事にヘルガは驚いている様子だった。それもそうだ。俺たちが戦ってるのは帝都クワドリスの目の前とも言っていい場所だ。ここから帝都の中に逃げたって、なんの解決もしない。それがわかっているから、彼女も納得しきれていない表情をしていた。
「何を言っている! 誰の命令で撤退の指示など……!」
スパルナと戦っていることも忘れて、ヘルガは伝令兵の一人を捕まえて食って掛かっていた。自分のところの勇者がいきなり服を掴んできたのだから、当然なんだけど、彼はかなり困惑しているようだった。
もめ事の気配を感じ取ったスパルナは、向こうの情報を聞くために攻撃を中断しているみたいだ。我が義弟ながら良い判断だと思う。
「イギランス軍は奇襲に失敗しました。現在、ジパーニグ・アリッカルと魔人の混成軍が帝都の方へと侵攻してきております。このままここで兵を消耗しては……!」
「うるさい! そんな雑魚。いくら集まったところで蹴散らせば――!」
「ロンギルス皇帝陛下もお認めになられております!」
その一言でヘルガは兵士の服から手を放して、ギリギリと歯を食いしばっていた。どうやら、向こうには援軍が来てくれているようだ。兄貴がどうなったか気になるけれど、まずはこっちだ。
「……帰るなら、さっさと帰ってくれないか? それ、とも。お前だけ一人残るのか?」
「……覚えておきなさい。貴方は必ず私が殺すっ!」
ヘルガは吐き捨てるようにそれだけ言って、伝令の兵士と一緒に引き上げていった。
「行かせて良かったの?」
「ああ」
あそこでヘルガを追い詰めればもしかしたらロンギルス皇帝が出張ってくるかもしれない。だけど、そうなったら俺もスパルナも不利に追い込まれてしまうだろう。兄貴がいない以上、あまり無茶はしたくなかった。
「スパルナ。上、乗せてくれないか?」
「うん! 追撃は兵士の魔人たちに任せて、早く帰ろう?」
ヘルガを仕留められなかったのは悔しいけれど、エンデハルト王がどんな事をしてくるかがわかった。それだけでも収穫としておくべきだろう。なんとかスパルナの背中に乗った俺は、そう結論付けて一旦下がることにしたのだった――
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