第366幕 勇者の策謀

「貴方は……よくもこんな事を……!」


 恐ろしい形相で睨むヘルガを相手に俺は不思議と落ち着いていた。幾度となく戦った彼女は、手強い……いや、下手をしたら俺じゃ勝てない程の敵だろう。


 本当なら緊張するとか……少なくとも何かあるだろう。こんなに落ち着いた気持ちで彼女の前に立つなんて、初めてのことかも知れない。


「よくもцарьのゴーレムを……! царьの兵士を!」

「だからどうした。これは戦争だろうが!」


 多分、ロンギルス皇帝の事を言ってるんだと思う。一方的な暴論を捲し立てて『空間』の魔方陣から銃を取り出して攻撃してくるのはやり過ぎだと思う。話をしたいのか殺したいのか……恨み言を撒き散らしたいんだろうな。


 それにしても、随分子供じみた言いがかりだ。自分たちは散々やってきておきながら、いざこちらが攻めてくると烈火の如く怒りだす。今までいいようにされていた俺たちの反旗が見過ごせないのか……どちらにせよ、やることは一つだ。


「ヘルガァァァ!」

「私の名前を、気安く呼ぶな!」


 色んな属性の『弾』の魔方陣を発動させ、ヘルガに立て続けに浴びせかける。それを彼女は『空間』の魔方陣で呼び出した銃で次々と迎撃していく。傍から見たら銃対魔法のようにも見える。その嵐のただ中にいる俺は……こっそり『英』の魔方陣を構築していく。ヘルガに見られないように小さく、緻密に構成していく。


 それは上手くいっているようで、彼女は俺のこの行動を見てはいないようだ。いや、怒りに身を任せていると言った方が正しいのかも。


「ちっ……ちょこまかと……! 鬱陶しい男!」

「そりゃ光栄だな! なんなら、もっとうざったくしてやるよ!」


 発動させるのは『水』『鎖』の魔方陣。冷たい水が鎖となってヘルガと絡みつこうとするが、それを見逃してくれる程優しくはなかったようだ。『弾』に混じって『鎖』が飛んでくるのを嫌がった彼女は、魔方陣で銃を召喚しながら遠ざかっていく。


「力を付けた途端、粋がるような男は嫌いよ」


 魔方陣の展開が少しずつ素早くなっているのがわかる。これだけ多種多様な銃を次々と撃ち出してくるのは、流石ヘルガだと言えるだろう。それでもまだ怒りに適当に魔方陣をバラまける程度には、余裕があるようだ。


「どうしたヘルガ!? お前の実力ってのは、その程度なのか?」

「安い挑発ね……。でも乗ってあげる。私を本気にさせたことを後悔しながら死になさい!」


 俺の挑発に乗ったヘルガは、それまでとは別に巨大な腕を召喚してきた。


「なっ……。腕が……こんなのありかよ」

「よそ見してる暇、ないんじゃない!?」


 まさかあんな鋼鉄の両腕が出てくるなんて思いもしなかったものだから、少し呆けてしまった。その隙を突くように巨大な腕がこちらに迫ってくる。自分よりも巨大な腕が襲い掛かってくる光景ってのは、恐ろしいものがある。あんなものにぶん殴られたら並――というか普通は死ぬ。そんなものが勢いよく向かってくるんだからな。


「ちっ、負けるかよ……!」


 大丈夫だ。気持ちは落ち着いている。『防御』の魔方陣では多分防ぎきれないだろう。ならば――


「これでどうだ……!」


 今まで準備していた『英』『刃』の魔方陣をここで発動させ、『英』『身体』の魔方陣で強化されている自分の力を振り絞るようにその鋼鉄の腕を切り咲いた。


「う、そ……」


 今度はヘルガが呆けるような声を出す番だった。今度は俺が……その隙を突く!


「ヘェルガアアアァァァァッッ!」


 鋼鉄の腕を斬り裂いた勢いでヘルガへとの距離を一気に詰め寄って、全力の一撃を繰り出した。流石のヘルガも……と思っていたが、そこはやはりシアロルの勇者。『空間』の魔方陣を使って回避してきた。

 浅い手応えが手の中に残り、周囲の様子を探る。すると、俺の後方で気配を感じ、振り向きざまに一閃を繰り出す。


「……くっ」


 短いうめき声と何かに当たった音。改めてヘルガの方に向き直ると、彼女は結構離れた位置にいた。どうやらナイフか何かを投げられたようだな。わき腹を抑えて苦々しいものを見る目をこっちに向けながら、幾分か冷静に戻った顔をしていた。怒りに我を忘れていた方がこっちも何かとやりやすかったのだけれど……。


「少しは目、覚めたようだな」

「……おかげさまでね」


 心の奥底に疼く恐怖を揺さぶるような気がするほどの静かな声音だ。少し息苦しそうな様子だけれど、全く隙がない。この様子じゃ、二度目は中々与えてもらえなさそうだ。


「はぁ……私がただ怒りに任せて戦ったと思ったでしょ?」

「どういうことだ?」

「ほんの少しの緩みがあれば良かった。それを引き出すのが私の役目だった」


 ヘルガの様子がおかしい。それじゃあまるで……今までの行動が全て演技だったかのよう――


「全てはцарьの為に。あの御方の役に立つためなら、どんな汚名も喜んで被る。それが……私の存在意義」


 嫌な予感がして身をよじった瞬間、俺の身体の中に何かが入り込むような鈍い痛みが襲い掛かってきた。


「な……ぐっ……」


 一体何が起こった? 俺の身体は……どうなってしまったんだ?

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