第338幕 真の勇者

 ヘルガの喚び出した機械仕掛けの腕は、最初は見掛け倒しの物かと思っていたが……すぐにそれは間違いだったと悟らされた。その大きさでは考えられない程の速度で俺を握り潰そうと攻撃を仕掛けてきた。『身体強化』の魔方陣がなければ、あっという間に捕まっていたかも知れない。ルーシーの方が心配でちらっと様子を見てみると……彼女はかなり遠くまで離れてるようだった。それでも物陰に隠れていない辺りは、ヘルガの『空間』の魔方陣で喚び出される重火器を警戒しているというわけだろう。


「よそ見なんて……随分余裕じゃない……!」


 ヘルガは俺に向かって憎々しげに言葉を吐くと、自らは空間を移動してどこかに行ってしまった。


 一瞬、逃げたか? と思ったが、あの機械の腕は相変わらず俺を掴もうとしてきたり、殴ろうとしてきたりしている。遠くから観戦する訳でもないだろうに、一体何故……? と思った時、どこからか殺気を感じた気がした。そのまま勘に従って『防御』『強固』の魔方陣を展開すると、丁度そこに何かの衝撃が伝わってきた。


「これは……弾か?」


 最初は何が飛んできたのかわからなかったが、何度もその攻撃を防ぎ続けてようやくその攻撃の正体を推測することが出来た。ヘルガの主だった武器は銃で、それ以外の攻撃は魔方陣でもあまりしない。そして消えた彼女と様々な角度から縦横無尽に飛んでくる攻撃……。

 恐らく、『空間』の魔方陣を使って狙撃銃を喚び出しているのだろう。それも機械の腕の邪魔にならないように計算されて飛ばしてきている。


「……厄介だな」


 今は俺の方も避けられているが、これが彼女の本気なのだとしたら、ここから俺の動きも計算に入れて、より精確にこちらを狙ってくるはずだ。それはわかっている……のだが、弾丸が飛んでくる方向はばらばらで、同じところから攻撃してくる事はほとんどない。『空間』を駆使した彼女の動きについていくのは俺にも不可能に近い。なら……まずはこの腕をなんとかしないとな……!


 速攻で組み立てるのは『神』『焔』『剣』のいつもの魔方陣。これで生み出した神焔の剣でその腕を切り落としてやろうと思ったのだが――


「そう簡単にはやらせてくれないか」


 俺の魔方陣が発動したと同時に、腕を喚び出していた魔方陣が閉じ、それと同時に腕も姿を消す。一気に視界が開けたが、向こうは完全にこちらの動きを読んで行動している。やりにくいことこの上ない。


「くっ……!」

「ふふっ、焦ってる。でも、これだけじゃないから」


 突如後ろから声が聞こえた。それと同時に飛び退くと、俺の首があった付近に鋭い一撃が飛んできた。


「ヘルガ……!」

「言ったでしょう? もう貴方を侮らない……!」


 俺が詰め寄ったと同時に『空間』の魔方陣で別の場所に移動してしまう。それと同時に再び機械の腕が姿を表し、俺の行動を制限させてくる。


「なるほど。これがお前の本気か……なら、俺も全力で応えないとな……!」


 時に慎重に。時に大胆に攻撃を仕掛けてくる彼女は、ある意味正しく勇者なのかもしれない。一度敗北した相手に果敢に挑戦していく姿は、真に勇気ある者なのかもな。


 神焔の剣は発動しても腕を引っ込められてしまう。そうなったらただ魔力を消費しただけになる。だが、剣が出現してから消したところを見ると、こちらの起動式マジックコードは見えていないようだ。突くならそこしかない。ヘルガの攻めを回避しながら、新しい起動式マジックコードを構築していく。必要なのはあの機械の腕を止めるか破壊する程の威力を持つ魔方陣。そして恐らくゴーレムと同じように並大抵の攻撃ではびくともしない事を考える。


「喰らえっ!」


 構築したのは『神』『風』『斬』と『神』『雷』『突』の二種類。どちらも発動した後の速度を重視した攻撃に仕上げている。片や吹き荒れる風が刃を作り、片や紫電が槍のように飛び出す。姿が見えないから顔もわからないが、ヘルガにとって予想外の攻撃をしたはずだ。


 当たるかどうか冷や汗ものだったが、現実は簡単に機械の腕を貫き、破壊した……のだが、それを見計らったように腕は『空間』に消え、俺の頭上に出現した。

 迎撃用の魔方陣を使っている最中、嫌な予感がして飛び退くと、何かが通り抜ける音がした。


「ちっ……実に入念な事だ」


 俺の位置が壊れた腕の落下地点からズレないように調整しながら攻撃を加えてきてるのだから大した腕だ。防御関連の魔方陣がいくら強固でも、落下物の衝撃を完全に殺すのは無理だ。ならば――


「早く動けば問題はない……!!」


 迷う事なく『神』『風』と『神』『速』の二種類の魔方陣を展開した。どんな銃弾も風の影響を受ける。追い風なら飛距離が伸びるし、横風が吹けば逸れる。それは、遠距離であればあるほど強く受ける……!


 物凄い勢いで吹き荒れる風の中を迷わず走り抜ける。途中で銃弾が掠めたり、直撃しそうなものを防いだり……なんとかその射撃地点まで向かっても、そこには彼女の姿はどこにもなくて、足踏みをすることに。


 ――これは、かなり手強い。


 純粋な力による押しではなく、技術や知識を活かした戦い方。はっきり言って、今まで戦ってきたどんな相手よりも遥かに強い。そして……そんな相手と戦える事に喜びを感じている自分がいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る