幕間 悲しき運命
ルーシー・オルティスはイギランスの街道を歩いていた。側には誰もおらず、ただ平穏な光景が彼女の目の前に広がっていた。
「誰もいない……わたくし、一人、ですか」
改めて確認するような呟きがルーシーの口から溢れる。彼女は地下都市の喧騒を思い出しているようだった。自らが済んでいた時代よりも発達した技術。進んだ科学。誰もが思い描いた未来がそこにあった気がしたからだろう。
ラグズエルによる仕置を受けた彼女に待っていた未来の世界。それを守るために剣を振るう皇帝や各国の王……。その一方で思い出されるのはグレリアやシエラとの思い出。ラグズエルはあえて、ルーシーの記憶を奪わなかったのだ。
いつでも奪える……。その恐怖を彼女の身に刻みつけるために、敢えての行動だった。そしてそれはルーシーの心を縛る鎖になって、彼女は未だにそこから抜け出せずにいた。ずるずると引きずられていくように時間だけが経過し……ルーシーは今ここを歩くことに至っていた。
「……なんだか、とっても虚しく見えますわ。もうすぐ死ぬと……わかっているからかも知れませんわね」
ルーシーが思い出していたのは最近の戦争のことだった。人と魔人の戦争は膠着し、打開策として投入された戦車や戦闘機(攻撃機とも呼ばれている)を投入してもなお、互いに一歩も退かずに苛烈な攻防を繰り広げる状態が続いていた。
その中で投入されたゴーレムリンクの存在。人の意識をゴーレムに移し、自由自在に操るという画期的な技術が開発・実戦試験が行われ、一瞬だけ人の側が優位にたった。だが、それも……再来した魔人の英雄『グレリア』によって阻まれた。その英雄はたった一人で試験投入されたゴーレムを次々と破壊し、人の軍勢を次々と葬っていった。彼が現れた戦場は瞬く間に制圧され、滅ぼされていった。
最古の英雄に壊滅状態に追い込まれた人の陣営は、『勇者』を求めた。そして……ロンギルス皇帝・エンデハルト王の命により、ルーシーが件の英雄を退治する栄誉ある戦いを行うことになった。その見返り……とでも言うかのように、ラグズエルに仕置を受けて以降付けられていた監視を外され、自由に過ごし、戦場へと向かう権利を与えられた……というのが事の顛末だった。
その事を、ルーシーは誰よりも思う受け止めていた。勇者の出陣に高揚した兵士たちの誰よりも。
これが通常の戦場であれば、ルーシーに勝ち目はあっただろう。しかし、相手は本当の『英雄』。彼女にそんな役割は全く期待されていなかった。はっきりと『死ね』とはっきり言われたのに等しい。
(この月日が全て夢であるのでしたら……どんなに良かった事でしょうか)
ヘルガの『空間』を使って送られなかったのは、ロンギルス皇帝の最後の慈悲であり、冷酷だった。自らの死に場所へ歩いていけと宣言されたのだから。
一歩踏み締めるたびに徐々に湧き上がって来る恐怖は、確実にルーシーの身を侵食してゆく。逃げ出す場所もなく、あったとしてもそこに行けばヘルガに連れ戻されるだろう。
(お父様……お母様。あの頃に戻りたい……)
無理矢理連れてこられ、訳も分からず物事を教えられ……今に至って彼女に湧き上がってきたのは、どうしようもない郷愁。母の温もりと、父の厳しくも優しいそれを思い出し、涙が溢れそうになる。
それは正しく勇者――『勇なき者』の哀れな姿だった。
――
「……とうとう、着きましたわね」
日に日に溢れそうになっていく恐怖に身がすくみそうになりながら歩き続け……とうとうルーシーはその場所――イギランスとグランセストとの国境へと辿り着いた。
大地にはクレーターと呼ぶのもおこがましい何かが出来ており、焦土と言うには生温い光景が広がっていた。地獄でもここよりは優しいだろう。
「ルーシー様……!」
「勇者様がいらしたぞ!」
そんな場所でも、辛うじて生き残っていた者がいた。絶望に影を落とし、死の瞬間を待つ者。彼らの目には希望の光が差し込んできたが、ルーシーにとっては苦痛でしかなかった。
「……どうなっているのですか?」
「はっ、英雄グレリアと名乗る敵は、こちらに無条件の降伏を提案してきました。我らはアンヒュルと交渉することはしない、と伝えましたところ――」
(こうなった……ということですわね)
たった一人の男の要求を拒んだだけで起きた悲劇。ルーシーはそれを再確認したと同時に身体の震えを押さえ付けるように肩を抱いた。
そこに見え隠れする圧倒的な力。彼女如きでは遠く及ばない深淵があったからだ。
「ここまでやるなんて……」
「……なるほど、お前の方が来た、というわけか」
ルーシーの呟きをかき消すように、低く暗い声が響き渡る。彼女が恐る恐るそちらの方を向くと、最初に飛び込んできたのは鮮やかな黄を帯びた赤に、夕焼けのような目。銀色の鎧が眩しく輝くが、戦場において剣も盾も持っていないその姿は、この場所にいる誰にも異様に思える程だった。
懐かしき友人との邂逅。それは、残酷なまでに現実として焼き付けられるのだった――。
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