第十九節・機械兵と最後の勇者編
第325幕 旅立つ前
ナッチャイスに向かおうとした俺たちは、まさか国ごと消滅しているとは思わず、長く足止めを喰らっていた。勇者である
ジパーニグでそうやってくすぶってる間に、事態は更に悪化していくように、グランセストの情報が入った。
「突如現れた戦車部隊に苦戦している……?」
「はい。そういう情報がこちらには入ってきております」
「そんな……いきなりなんで……?」
ロイウスが資料を片手に説明してくれているが、にわかには信じられなかった。シエラも同じようで、戸惑うような声を上げている。
今の今までまともに侵攻してこなかった彼らが、なぜ今更になってグランセストを攻めてくる? 残された国はシアロルとイギランスのみ。残りの三カ国は俺たちの手に落ちていたり、国ごと消滅させられたりでまともな戦力は残ってないはずだ。
それを踏まえて考えられるなら……ヘルガの能力が関係しているのかも知れない。彼女は『空間』の
もしヘルガが動いた……ということは、シアロルも本気を出してきたのかも知れない。今までは五カ国での包囲網が敷かれていた。それが破れた今、ようやく重い腰を上げたと考えれば説明もつく。
「グレファ、一度戻ったほうがいいんじゃない?」
「……そうだな。このままここにいても仕方ないし、祖国が攻め込まれているのなら、なおさら戻った方がいいだろう」
ちらっとロイウスの方に視線を受けると、彼は頷いて資料を見るのをやめ、俺たちとまっすぐ向き合う。
「でしたら、馬車の用意をしましょうか?」
「大丈夫だ。そこいらの馬よりも、自分で走ったほうが速い」
「……そうですか。発つのは明日ですか?」
「そうなるな」
返答する前に、一度視線で尋ねるようにシエラに向けると、彼女もそれに賛同するように頷いていた。
「わかりました。でしたらせめて、今日一日はゆっくりしてください」
「ありがとう」
あまりゆっくりするような気分でもないが、せっかくロイウスがそういうのだから、少しは気持ちを落ち着かせた方が良いかもしれない。いよいよこれが最後の戦いになる。そんな気がするからこそ、焦らずに心落ち着ける時間があった方が良い。
「……少し、外に出てくる」
「あ、だったら私も――」
「いや、ちょっと一人になりたいんだ」
「……そっか。わかった。いってらっしゃい」
シエラがついてこようとするのをやんわりと断って、俺は一人で城の外に出た。少し……行きたい場所があったからだ。
――
『身体強化』の魔方陣を使って向かった先は、アストリカ学園だった。ルエンジャの街に足を踏み入れ、先を歩く俺を誰も気にしない。
ただ、魔人がこの国に来ていることは知っているのだろう。中にはどうにも落ち着かない者もいるみたいだ。
街の中は、やはりあまり変わっていない。俺が良く知る光景に新しいものが多少加わってる程度だ。鎧馬も相変わらずいて……思わず郷愁の念に駆られそうになる。
そんな気持ちを胸に抱いたまま、街の中を歩く。見慣れた街だけど、誰も俺の事を知らない。
「ま、当然か」
ジパーニグで俺たちを覚えてる者は吉田を残して誰もいない。その事実を改めて噛み締めながら、初めてエセルカと出会ったアストリカ学園に辿り着いた。今は建物の中で授業をしてるのか、誰の姿も見えない。むしろ好都合だと色んな所を歩き回った。シエラと出会った花畑や、セイルとの思い出がある場所……今思い返せば、吉田との一件以外は楽しい思い出ばかりが残っている。クルスィとかは今も教師を続けているのだろうか? 少し振り返れば、色々と懐かしさがこみ上げてくる。
ゆっくりとルエンジャの街並みを見て回って、昔は偶に訪れていた食堂で食事を取って……俺はこの町を後にした。ここに来たのは別れのつもりだった。
多分、もうこういう事はしないだろう。ジパーニグに訪れることすら無いかも知れない。本当は生まれ故郷にも戻りたかったのだけれど……流石に一日ゆっくりと見て回る時間は取れなかったろう。
感傷に浸るのは、今日だけで十分だ。本来なら、そんな事をする権利すら俺にはない。数々の
「だけど、止まるわけにはいかないんだ……」
自分にそう言い聞かせるように口の中でそっと呟く。
戦いの幕を降ろす。それが結果的に人と魔人の両方の為になるはずだ。
――
次の日。俺とシエラは準備を整えてウキョウの都を出た。アリッカルを出たときとは違って、二人だけの旅、というのはいささか寂しいものがあるな。
「グレリア、昨日はどこに行ってたの?」
「……秘密だ」
「えー! 秘密にされると余計に気になるんだけど!」
「ははっ」
頬を膨らませたり、ちょっかい掛けてきたり……どうにか聞き出そうとしているシエラを無視して、グランセストへ帰る。
流石にルエンジャで感傷に浸っていたなんて……恥ずかしくて言えないからな。
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