第318幕 地下都市ロウェルド

 何度も進んだ暗闇を抜けた俺は、再び地下都市へと辿り着いた。あの神経を削るような隠密侵入の後はひたすら暗闇を突き進む作業のような地獄の時間。流石に疲労を覚えもする。いつもならここで「まずは宿を取るか」と俺が言って、スパルナが「うん」とか「そうだね」とか言う場面だが……。


「お兄ちゃん」


 不安げなスパルナの声が、俺の勘が正しいことを教えてくれる。


「どうやら、俺たちがここに来ることは予想済みだったみたいだな」


 俺の言葉と同時に軍服に身を包んだ男たちが路地や近隣にある店の中から現れ、俺たちに銃を突きつけてくる。


「動くな。動くと殺す」

「……やれると思ってるのか? 撃った瞬間、俺がお前らを殺す」


 小剣が銃先に装着されている特殊な銃で俺たちを脅してきているが、それに負けじと睨み返してやる。すると一瞬怯みはしたけど……やはりあまり意味はなかったようだ。その気概は立派なものだと思う。だが、本当に出来ないと思っているのなら、それは間違いだ。


「貴様を連れてこいと命令を受けている」

「誰にだ? この国の王にか?」

「貴様の知る必要はない……と言いたいところだが、こう答えるように本人から言われている。『失った友情は取り戻せない。偽りの記憶を手にお前を待つ』と」


 そんな面倒な暗号文よりもはっきりと目的を言ってくれと思ったけど、すぐに思い直す。

 この男の言っている『失った友情』と『偽りの記憶』……この二つのキーワードで連想する相手なんて一人しかいなかったからだ。


「……わかった。抵抗はしない」

「お兄ちゃん?」


 不安そうに俺の事を見上げるスパルナの頭を優しく撫でて、兵士の案内を受ける事にした。後ろに銃を突きつけられるのはあまり良い気持ちじゃないが、これもあいつに――ラグズエルに会う為だ。


 あいつと会うのはどれくらいぶりになるだろう。こんな状況だけど、知らず気持ちが高ぶってくる。それは多分……俺もあいつと会うのが待ち遠しかったからだろう。


 ――


 案内された場所はロウェルドの中でも一際大きくて立派な建物……の隣にある白い建物だった。地上では考えられないことだけれど、ここでは常識である車に乗せられて、不思議な気持ちを味わった。


 地上ではまだ馬車で……ここまでビュンビュン景色が走り去っていく事もない。それなのに、地下ではこんな風に移動してるんだもんな。


「着いたぞ。降りろ」


 何も言わず黙って降りると、また兵士たちが後ろに付いて、進むように催促される。それは良いが、こうも高圧的だと少し思うところもある。これで行くところがラグズエルのところじゃなかったら徹底的にボコボコにしてやるところだ。


 指示に従って黙々と進んでいくと、やたら広い場所に出た。机どころか、遮蔽物も何もない。広くてまっ平らな空間。あまりにも殺風景なそこに、一人の男が立っていた。


「やあ、久しぶりじゃないか。セイル」

「ラグズエル……お前、やっぱり……!」


 皇帝はこの男の事を信用していないような事を言っていたけど、そんなのがここまで自由なわけがない。


「いつぶりかな。ああ! あのくずはとかいう勇者は元気かい? 相変わらずお前がおんぶにだっこか?」

「貴様……!」

「動くな!」


 くずはを貶めるような発言に、思わず飛びかかってぶん殴りたくなってきたけど、それは後ろの兵士たちが許してくれるわけもなくて……歯痒い思いをしてしまう。


「く……くくっ、くくははははっ! どうした? 何も出来なくて悔しいか? お前はいつもそんな顔をしているなぁ」

「ラグズエル……お前は……!」

「ふふっ、ははは、お前たち、下がっていいぞ」

「し、しかし……」

「下がれ」


 恐ろしい形相でラグズエルは後ろの兵士たちを睨むと、彼らは一瞬怯え、敬礼と共に部屋から出ていってしまった。自由になった俺は腕を軽く動かし……改めてラグズエルを見据える。


「どういうつもりだ?」

「ずっと考えていた。お前と引き分けてから長い間、ずっとな」


 演説するように両手を広げて仰々しい態度を取るラグズエルは、喜びに満ち溢れているようだ。


「お兄ちゃん……」

「お前は離れてろ」


 スパルナは不安そうに俺を見上げて……頷いて少し後ろに下がって俺を見つめていた。


「……奇遇だな。ラグズエル。俺もだ」


 俺も同じように考えていたさ。腹立たしいことだけど、不思議と嬉しくもある。こんな気分、初めてだ。


「だろうね。だから、今度は最後までやろうじゃないか。どっちが優れているか……本当の決着ってやつをさ」


 ラグズエルがゆっくりと剣を抜いて俺に突きつけてきた。それに応えるように俺も『グラムレーヴァ』を抜く。


「スパルナ。絶対に手を出すなよ」

「う、うん。わかった……」


 俺はスパルナを一瞥して、改めてラグズエルに向き直る。


「ずっと、待ち焦がれていた気がする」

「くっ、くくく……ああ、俺もだ。まるで恋してるかのような狂おしいひとときだった。そして……それはようやく実る」

「行くぞ。ラグズエル……!」

「くはっ、来いよセイルゥゥ!」


 吠えるラグズエルに向かって、一直線に駆け出した。あの時の決着を……付ける為に。

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