第299幕 相応しくない王

「くっ……兵士ども! 奴を殺せ! 必ず仕留めろ!!」


 中身のない馬鹿みたいな命令に付き合わされる兵士どもも哀れだな。


「遅い」


 今の俺は身体強化にほとんど魔力を回していない。切れる都度、『神』『速』の魔方陣を掛け続けて自身の最速状態を維持しているというわけだ。もちろん、身体には相当な負担を強いる。だが、今の俺にはなんとも心地良い負担だ。


 後はこれで『グラムレーヴァ』並の剣があれば言う事ないのだが……流石にそれは望み過ぎだろう。今はただ、己の拳を刃と変えるのみ。


「ひっ……はやっ……」


『神』『拳』『剣』の魔方陣を右手に宿し、一閃する度に兵士は崩れ落ちていく。


「くっ……何をやっておる……!」


 苛立つアスクード王の『結界』の魔方陣は、範囲が狭くなるにつれより強固になっていく。それを自らの拳でぶち壊すのは、ある種の快感だろう。

 だが、そう時間を掛けてはいられない。いつ奴らの視線がシエラとヘンリーに向かうかわかったものじゃないからな。


 次々と兵士たちを仕留めていくが、アスクード王の手勢はかなり多い。一人でちまちまと仕留めていくのは時間がかかる。……が、あの『結界』を最小限の力で突き破りながら攻撃するには、この方法が一番だ。


狼狽うろたえるな! 奴らの戦力はたった一人! 畳み掛け、疲労を誘え!」


 ようやくまともな事を言ったが、その前に――


「一人だけとは……みくびられたものですね!」

「私たち一人じゃ太刀打ち出来なくても……二人でなら!」


 ――思考を中断させたのは、ヘンリーとシエラの魔方陣による攻撃だった。……全く、あまり無茶しないで欲しいものだと思ったが、悪くはない。後ろから支えられてるのも存外良いものだ。


「ちっ……虫けらめ……! 兵士ども! 奴らから先に……!」

「させると思うか? 頭を働かせろよ」


 挑発しながら移動しているヘンリーたちの方を向こうとしている兵士たちを魔方陣で焼き尽くしてやる。

 最初はアスクード王の『結界』に色々と手を焼くものだと思っていたが、壁のように防御面を広くしていると、案外脆い。恐らく狭い範囲なら更に厚くなるだろうが、基本的に『結界』『壁』の起動式マジックコードで運用している以上、そういう心配もないだろう。

 ……というか、軍として戦っているなら、一対一になるような状況は避けるべきだと思うのだけれど、やはりそこでも知恵の浅さが露見する結果になっている。


「ちっ……忌々しい過去の亡霊如きが……!」

「それに体良くやられているお前はなんなんだろうな?」

「黙れぃ!」


 剣の切っ先を突きつけ、射殺すように俺を見るアスクード王の視線には恐ろしさをまるで感じない。兵隊という衣を剥がされ、怯え惑う小動物のようだ。


 俺たちが互いに視線を交わしている間にも一度覆された形勢は更に広がっていく。今まで『完全な防御』だと思っていたものが崩れ去り、痛みを知った。命は奪われるものであり、死戦を繰り広げているのだと肌で感じてしまった。何十・何百と兵士がいても、恐怖に縛られた者たちに為し得る事は何もない。


狼狽うろたえるなぁぁぁっ!!」


 兵士たちに怒声を浴びせ一喝したアスクード王に視線が集まる。『拡声』の魔方陣を使ったおかげもあったか、全員の動きを止めるほどの効果はあったようだ。


「貴様たち、何をやっている!? それでも栄えあるアリッカルの猛者共か!? 情けない奴らめ、ここまでお膳立てしてやって……それでもこの程度の役目を満足にこなす事も出来んのかぁっ!」

「……役割をこなせていないのは貴方――いいや、お前だろう?」

「なにぃ……?」


 俺の言葉が不満だったのか、突きつけた剣先をちらつかせて脅しをかけてきた。吠える事で自分を大きく見せようとする矮小な男――それがアスクード王の正体か。

 数年前にイギランスで見たあの凛々しい姿の欠片もない無残な姿に、内心の失望を隠せない。


「お前の魔方陣が打ち崩されるからそういう事になるんだ。随分自分の防御に自信があったようだが……こうなってしまったら、並大抵の事じゃ兵士たちの士気は戻らないぞ。一番上である王が冷静さを欠いていれば尚更な事だ」

「……うるさい」

「絶対の安全。そんなありもしない幻想の中での戦いしか想定していなかった結果だ。兵士たちの死は、アスクード王……全部お前の責任だ!」

「黙れぇぇぇぇっ!!」


 同じように『拡声』の魔方陣で煽るように声を張り上げると、アスクード王は遮るように剣を振るってきた。それを避けながら兵士たちの表情を見ると、彼らの士気は戻るどころか更に下がっているのがわかる。

 中には戦意を失ってない者もそれなりにいるが、十分に二人で対処出来る範囲内だ。

 ……正直なところ、ここまで出来るとは思っていなかった。それだけ、安心度が高かったという訳だろうが。


「お前は……王に相応しくない!」


 小心者の王も間違ってはいない。だけど、戦場にやってきて怒鳴り散らすだけの者を王と呼ぶ事は出来ない。

 たった三人にここまで良いようにされたアスクード王は、自らの手でそれを払拭するしかない。最早、自らの手で俺を討たなければ、彼に明日はない。それが向こうにも理解できたのだろう。アスクード王は荒ぶる息を整え、静かに俺を睨んでいた。

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