第287幕 原初を操る力

 圧倒されながらも必死に喰らい付いていく俺は、一度距離を取って魔方陣を発動させた。『雷』『生』『霧』の三つの文字で起動式マジックコードを構築して、クリムホルン王に襲い掛からせるように解き放つ。


「ふん、小賢しい」


 クリムホルン王はあっさりと回避してこっちに迫ってくる。霧が彼に追いつくよりもこっちくる方が速い……!

 刃を合わせている間に霧が追いつき、俺たち諸共包み込もうとした瞬間、慌てて魔方陣を解除した。


「無様だな」

「なに……!?」

原初の起動式オリジンコードもその程度の扱われ方では哀れというもの。ただ魔方陣として発動しているだけでは、何の意味もなし!」


 クリムホルン王は魔方陣を展開してきた。だけど……その起動式マジックコードの文字がよく読めない。これは……異世界の言葉か。


「存分に見せてやろう。我が真髄を……!」


 魔方陣を発動と同時に……空中からもう一人のクリムホルン王が姿を現して、俺に向かって刀を振るう。


「な、に……っ!?」


 それを弾き返したと同時に本物のクリムホルン王が体勢を低く保ったまま襲いかかってくる。魔方陣で再び氷の盾を出現させて、出来る限り後ろに跳躍する。


「甘い」


 それを見越したかのように魔方陣が発動し、上空から現れた偽物のクリムホルン王が刀を振り下ろしてくる……。

 鮮やかな連携を見せつけながら、徐々に俺を追い詰めていく。対抗するように魔方陣で氷の狼を生み出したら、いつの間にかその隣に偽物が出現して一刀に斬り伏せてくる。恐ろしいまでの正確さ。とても衰え始めてきた男の剣じゃない。


「くそっ……頼んだ!」


 一人で彼を相手にする事なんて不可能に近い。魔方陣で炎の鳥を喚び出しながら、更に雷の虎・水の龍を現出させる。炎の鳥はあっけなくクリムホルン王の偽物に斬られ、その姿を散らすが、残りの二匹は無傷で残ってくれている。


「やっぱり……! その魔方陣は一体喚ぶので精一杯なんだな」

「それがどうした? したり顔をするのはまだ早い。だから貴様は青いのだ」


 走り出した雷の虎を本物が斬り伏せている間に水の龍に偽物が向かって行く。俺は絶えず魔方陣を構築して属性の獣たちを喚び出しながらクリムホルン王に向かって攻勢を仕掛けていく。本当はこんな消耗品のような使い方はしたくない。短い間であっても、獣たち彼らも一つの生命なんだ。でも……今だけは許してくれ。俺は……どうしてもこいつを討たなければならない!


「なるほど。物量で来るか。確かに私の原初の起動式オリジンコードには限界がある。複数出現させれば魔力の消耗も激しい。長期戦すら不可能だろう。だが――」


 ほんのわずかな一瞬、それは起こった。俺が召喚した獣たち全てに刀が突き立てられ、瞬時に消えていった。……俺が喚び出したみんなと共に。


「う、そ……だろ……?」

「刹那の瞬間に全て斬り伏せれば、なんの問題もない」


 涼しげな顔で見下ろすように言葉を投げかけるクリムホルン王に、俺は深い絶望を覚えた。


 ――勝てない。


 これだけの力の差を感じたのはヘルガ以来だった。スパルナは今も軍官たちと戦っている。援護は期待出来ないし、あの子が来るまで俺が保つかも怪しい。


「ふん、諦めたか。所詮貴様はこの程度。力の使い方もわからぬ未熟者よ」


 勝敗は決したというようにゆっくりとクリムホルン王はこっちに歩み寄ってくる。それすら遅く見えて――色んな思い出が頭の中を駆け巡る。


 ――俺は、ここで死ぬのか? こんなところで。何も出来ず……何も、果たせず……!


 誰にも負けないように必死に鍛錬を積んできたつもりだった。それを全て否定された虚しさ。からっぽになっていくようにさえ感じる心。それでも――


「…….だからどうした?」

「む?」


 ――それでも、そんな絶望、嫌と言うほど味わった。


 兄貴……グレリアを助けることも出来ずにジパーニグ逃げ帰った。アリッカルでカーターに打ちのめされて、ヘルガに心を砕かれた。グランセストでくずはの記憶をラグズエルに奪われ、虚無感を味わった。


「何度心を砕かれても……ズタボロになっても……! 最後まで立っていた者こそが真の勝者だ! 俺は……例え無力でも立ち上がる事をやめない!」


 ぎゅっとグラムレーヴァを強く握る。兄貴に託された意思。くずはと交わした約束。それらを守らずに死ぬ事なんて……したくない!


 心に火を灯す。誰にも近づけさせはしない。俺の身体全てを使って……どれだけ傷付くことになろうとも、勝利をこの手に!


「うおおおおお!!」


 身体強化を限界を超えて掛けまくる。身体中が異常な痛みに支配されて、全身に異様な感覚が伝わっていく。初めてヘルガと戦った時――最後の攻防をした時と同じような状態だ。命を削っていくような音が聞こえていく。これは俺の最後の切り札。限界を突破して全てを置き去りにする力……と言えば良いけど、要は今この時に命を賭けてるって事だ。炎が燃え尽きれば、何日目を覚ますかわからない。それでも、今ここで使わなければ彼には勝てない。


「……いいだろう。その状態がどこまで保つか、見ものだな」


 クリムホルン王は俺がやった事を一瞬で見抜いて、嘲笑いながら構える。その動きに一切の隙はない。相変わらず希望が見えないけれど――それでも俺はこの手で掴み取って見せる。未来をこの手に……!

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