第十四節 奸計の時・セイル編

第244幕 救い出した者

 俺がシアロルから無事に脱出してグランセストの……魔人の領土へと引き返してから少なくとも二十日以上は時が過ぎていたと思う。

 辛うじて脱出することが出来た後、上手く潜伏することが出来たんだけど……服装や持ち物は地下都市で手に入れたものばかりだったから、こちらの服を手に入れるまで、怪しい人物として何度か衛兵に突き出されそうになったけどな。

 スパルナはまた女の子っぽい服を着せられそうになったけど、流石にここでもそれは可哀想だと適当に男の子が着てそうなのを見繕ってやった。……まあ、それでも男装した女の子に見えなくもないんだけどさ。


 その後はしばらくは動かないほうが良いだろうと思って情報収集に専念したのだけれど、先日のジパーニグとアリッカルの侵攻。今までそんな事なかったのに急に行われた進軍。

 シアロルのロンギルス皇帝は今やっている戦争は全て自分たちが仕組んだことだと言っていた。ということは……これも彼らの導き出したものだというのか?


 それとも……時折行う大規模な戦争。それが今正に行われているというわけか? わからないが、魔人の村の宿屋の一室に泊まっていた俺たちはどうするか判断に迷っていた。


「お兄ちゃん、どうするの?」

「どうしようかなぁ……」


 ロンギルス皇帝の考えには賛同出来ない。彼らは人の事も魔人の事も自分たちの思い通りに出来ると勘違いしてる。だからと言って、グランセストを助けるというのも違うような気がするんだ。

 あっちが嫌いだからこっちに加勢するって、まるで子どもの理屈のように思えたからな。


 ……まあ、あそこにはグレリアもいるし、くずはやシエラ、エセルカと……俺の幼馴染たちがいる。

 それだけでも戦う理由は十分なのかもしれない。


「スパルナはどうしたい?」

「ぼくはお兄ちゃんのやりたいようにやればいいと思うよ。お兄ちゃんと一緒に行くっていうのが、ぼくの意思だもん」


 こういう事を言ってくれるから思わず頭撫でたくなる。

 スパルナをそれに期待してるのか、じーっと伺うようにこっちを見るもんだからついつい手が伸びて、頭にぽふっと乗せてしまった。


「えへへ」


 結局その日は、スパルナに癒やされただけで、結論が出ないまま過ごしてしまった。

 一夜を過ごし、朝。味気ないスープと少々固いパンを口にして、俺たちは別の町へと向かうことにした。

 スパルナがもう少し美味しいものを食べたいと駄々をこねたのだ。


「だってー……甘いの食べたいんだもん……」


 とかぽつんと呟いて、訴えかけるような目をされたら答えないわけにはいかない。

 だけどスパルナ……そういうのは男のお前が言うもんじゃない。だから女の子みたいだと言われるんだ。

 このままの方がなんか妹が出来たみたいだし、可愛いから無理に変える必要はないけど、もう少し男らしくあって欲しいというのが本音だ。


 というわけで俺は大きな鳥の姿になったスパルナの背に乗って空を飛んで向かう事にした……んだが、その最中でスパルナが変な事を言い出した。


「お兄ちゃん、あそこに血だらけの人がいるよ。魔人かもしれないけど」

「あそこってどこだ?」


 身を乗り出すようにして下を見るけど、どうにもわからない。

 というか、俺は鳥形態のスパルナのように目が良い訳でもないし、無理ないんだけど。


「あそこだよ、ほら」

「……いや、わかんないからちょっと降りてみてくれ。出来れば少し離れてな」

「わかったー」


 スパルナは返事をすると、一旦大きく旋回してから徐々に地面へと降下していってくれた。

 急を要するのであれば、すぐにでもその人物のところに向かった方がいいのだろうけど、スパルナがいつもの調子だったからそこまでではないだろうと判断した。


 下手にスパルナの変身を見られたら確実にあらぬ誤解を受けるからな。

 鳥の姿になったと同時に服が脱げ……ても結局着せることになるから意味はないか。どうせなら一体化したり、そういう時だけどっか別の場所に移して、元に戻ったら服も一緒に戻ってくる……みたいな便利のいいものはないもんだろうか。


 ないものにそんな事思ってもどうしようもないんだけどな。


 ――


 スパルナがいった『あそこ』から少し離れたところに下りた俺たちは、彼に服を着せてからその地点へと向かった。

 途中で引きずるような血の跡を見つけ、それを辿るように進むと……岩と樹の間の空間になっていてる場所まで行くことになった。


「……誰だっけ? 彼は」


 そこには確かに血だらけの男が意識を失って倒れていた。俺も見覚えがあるその姿は、辛うじて生きている様子で……今すぐに治療すればなんとか助ける事ができそうだった。

 濃い茶色の髪の男で、丸い眼鏡にはヒビが入っている。確かヒュルマの国で会った事があったはずなんだけど……一体誰だっけか。


 一回くらいしか会ったことないし、声も掛けた覚えがないから忘れるのも無理ないか。とりあえず治療してから改めて話を聞こう。

 そう判断して、静かに『生』『命』『治』の三つの起動式マジックコードで魔方陣を構築する。即傷を癒やしたいのであれば、これの方が手っ取り早いからだ。


 幸い、腕がないとか身体に穴が空いて景色が見えるとかじゃなかったからそんなに魔力を消費することもなかった。まだ意識を取り戻してないようだし、しばらくはここに留まることになりそうだな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る