第239幕 侵攻する者たち

 ジパーニグ・アリッカルの両軍がグランセストから撤退してどれくらいの時間が経っただろうか……。

 少なくとも俺の身体が完治する程度の時間はあった。火傷の方も『治癒』の魔方陣でゆっくりと身体を癒やしてもらったおかげで目立たない程度で済んだ。

 自分や誰かの身体を治療するのはあまり得意じゃないからな。


 シグゼスが率いていた軍は首都アッテルヒアへと戻り、彼自身は報告で忙しそうにしていた。

 その間、俺はエセルカが色々と世話を焼いてくれたりして大変だったけどな。


 あの後、グランセストは完全に警戒態勢に移行した。

 要所である町や食料生産地である村には警備隊が増兵され、防衛力を高めながら必ず一人は走れるように軽装で足の速い者が在留することになった。


 ジパーニグ・アリッカルと攻めて来たのだ。これから残りの三国が攻めてこない保障がどこにもない以上、自然とそちらの方にも兵士を割かなければならなくなり……結果、グランセストの軍勢を挙げてイギランスに侵攻する計画は白紙に戻さざるを得なかった。


 いくら銀狼騎士団が強力であっても、あの魔方陣を気軽に発動できる盾の存在はこちらにとって脅威だったということだ。

 おまけにジパーニグでも吉田が所有していた。ということは他にも所有者がいてもおかしくない。


 少しずつ明らかになってくる敵の戦力の存在に嫌な予感を覚えながらも、俺たちはわずかな安寧を享受していた――


 ――


 それはある晴れた日のことだった。あまりの陽気に今日もまた平和に過ごせるかと思っていたのだが……それを破ったのはボロボロの状態で城に辿り着いた一人の兵士だった。


 唐突にやってきた彼は、今にも崩れ落ちそうな身体を他の兵士に支えられながらミルティナ女王に謁見したのだとか。

 その必死でやってきた兵士は、シアロル軍が北の方面から攻めてきたということ。

 そして……魔人の誰もが見たことがないであろうゴーレムを使っていたということだった。


 それのせいで北で彼が守っていた町はほぼ制圧され、そこに住んでいた魔人たちは全てを捨てて逃げ出すことしか出来なかったそうだ。

 兵士たちもほぼ全滅。辛うじて伝令としてこのアッテルヒアへ向かう彼だけが逃げることになったのだが、それでも弾幕を掻い潜りながらの逃走で、いくつかの弾をその身に受けながらもなんとかこの事をミルティナ女王に伝えなければ……! という思いでここまでその身を引きずってきたらしい。


 なんとも国想いの男のなのだが、どんなゴーレムなのかを報告しようとしたところで彼は力尽き、倒れ伏してしまった。

 元々かなり酷い傷を負っていたのに無理をして報告をしたからだろう。辛うじて一命は取り留めたらしいが、未だに意識は戻っていないのだとか。


 この報告を受けてミルティナ女王は早速部隊を編成して北に進軍することを決めた。

 あくまで隊に留めたのは万が一イギランスなどの国からも侵攻を受けたら? という考えがちらついたからだろう。

 その代わり、北に行くことになったのは俺、シグゼスに加えて銀狼騎士団の騎士が三人に兵士たちということになった。


 シグゼスは指揮官としての実績も高く、引き際を誤ることもない。そういう意味で女王から信頼を受けているそうだから、選ばれるのは当然だろう。騎士三人と兵士は全てシグゼスの指揮下に入ることになり、俺は単体で遊撃することになった。

 扱える魔方陣の強力さや広範囲の攻撃に巻き込まれる恐れを極力排除した結果、らしい。


 エセルカは寂しがっていたが、こればかりはミルティナ女王の命令だ。国に属している以上、それは守らなければならない。


「必ず帰ってくる。だから心配するな」

「……うん。帰ってきたらご飯一緒に食べようね?」

「わかった」


 たったそれだけの会話をしただけで、俺たちは別れ、シエラやくずはとも少しだけ話をした後、シグゼスや兵士たちと共に北に向かうのだった――



 ――


「随分歩いてきたけど、まだ接敵しないようだな」


 ぼやくように呟いたのは金髪に青い目の男――カッシェ・エンデュウと呼ばれる銀狼騎士団の一人だった。

 彼は俺よりも少し背が低く、ちょっと子どもっぽい顔つきの男で、今はうんざりしたような顔をしている。


「気を抜くな。どんな敵かもわからないのだから」


 そしてそんなカッシェと話をしているのは薄緑色の髪と目をしたロンド・インディランス。

 もう一人の騎士団員である茶色の髪に同じ色の目のデュロ・リシェンドはシグゼスの補佐に就いていた。

 全員、俺よりも先輩であり、シグゼスもある程度の実力は備わっていると認めている三人だった。


「グレファは今回の敵、どう思う? ゴーレムって言ってもうすのろなんじゃないのか?」

「わかりませんが……少なくともこちらの兵士があれだけの傷を負ってまで報告に来たんですから、警戒しておいた方が良いのではないですか?」


 少し油断しているようなカッシェに気を引き締めろというように非難の目を向けるのだけれど、肝心のカッシェはどこ吹く風。自分の実力によほど自信があるようだ。


 周囲にもそんな空気が移りかけたその時、先行していた斥候兵からの伝令が届いた。

 シアロル軍がこちらの方に向かっているということだった。


 俺たちの方にも緊張感が伝わり、身構えながら向かっていく。

 やがて、見えてきたのは大勢の兵士らしき姿と……それよりも大柄なゴーレムの姿だった。

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