第230幕 別れた後に

 それから俺とヘンリーは何度か会話をかわしてそのカフェで別れた。

 意外にも彼はこの国の戦力や今エンデハルト王がどこにいるかまで詳しく、だ。

 最初は疑いの視線を向けていたのだけれど、ヘンリーはそれに苦笑して――


「犠牲は少ないほうが良いでしょう? ジパーニグやナッチャイスなどでしたら知っていても教える気は全くありませんでしたがね」


 ――と語っていた。

 どうやら彼もなんだかんだ言ってイギランスが……自分のことを慕っているかもしれない人たちが戦火に巻き込まれるのを嫌っていたということだろう。

 もちろん、それだけが理由というわけではないだろうが。


 この男はそれでも自身が損することしかなければ、こういう風に情報を渡しはしないだろうからな。

 どうせ他の二人が調べてくれればわかることだし、嘘なら……可能な限り俺が戦う。それだけだ。


 ある程度情報を貰った後の別れ際。ヘンリーは笑顔を浮かべながら握手を求めてきた。


「健闘を祈りますよ。私としては、貴方でも人の王たちでも……どっちが勝っても別に構いませんしね。

 勝ち馬に乗る。ただそれだけですから」


 かなり彼の人となりがわかるような言葉に俺は苦笑いを浮かべながらその握手に応じ、そのまま別れてしまった。


 まさか勇者の……それもヘンリーとここまで会話するとは思ってもみなかったが、終わってみればかなり有益な時間を過ごせたんじゃないだろうか?

 常に敵対していた彼の事を少しでも知ることができたのは良かったのかもしれない。


 ……さて、今すぐ報告に向かうのが一番なのかもしれないが、ここは少しだけゆっくりと行こう。

 俺は別に完全にヘンリーを信用した訳じゃない。


 彼は自分の命を優先するタイプで、どちらにも行くことが出来るように裏で動くような男だ。

 こちらが有利になる情報を教えてくれることもあれば、不利になるようなことも平気でする。


 そんなどっちつかずの人物の話を全て信じられるわけもない。

 恐らく敵の側でもそれなりの扱いで留まっていることだろう。


 なら……向こうはイギランスが陥落してもいいと。そういうことなのだろうか?

 あるいは彼がこちらに渡してきた情報程度では――。


 実際、有益だった反面、わからなくなった事も増えた。

 俺に出来ることと言えば、相変わらず陽動を続けながら、手に入れた情報を本国に伝えることだろう。


 結局のところそれしかすることのない俺は、少々早めに情報収集を切り上げて、集合予定の場所であるドンウェル付近の町の一つに向かうのだった。



 ――



 こちらの動きをなるべく相手に掴ませないよう、ドンウェルに存在する町や村を転々としていった俺は、最後に向かった町で集合場所に決めていたとある宿屋に向かう。


 これはアウドゥリア団長からもらったイギランス周辺の町にある宿の情報を元に決めたものだ。

 魔人と人なんてのは魔方陣を使うか使わないかぐらいしか違いがないし、潜り込むのも容易いという訳だろう。


「っしゃーい」

「一晩泊まりたいだが」

「あいよー。これ、宿泊プランのメニュー表」


 どこかやる気を感じられない店主は細長い棒を使ってカウンターから少し身を乗り出し、壁の上部に貼られてる一覧表をぺしぺし叩いている。

 ……少しため息が出そうになる接客態度だったが、怒ってここ以外にしても俺が困るだけだ。


 適当にプランを決めてさっさと部屋の鍵を受け取り、部屋のほうに向かう。

 キイキイと鳴る階段を登り、ギシギシとしなる床を進むだけで、この宿屋の質がわかる。


 つまり、集合場所じゃなかったら絶対に選ばない類の店だということだ。

 部屋に向かう最中だけでもはやこれなのだから、肝心の部屋は……なんだか妙に中途半端だったり


 埃がかぶっておらず、なぜかベッドが綺麗にされている意外性以外は本当に適当な感じだ。

 いかにもボロい椅子までご丁寧設置されているが、こんなものを使うことはあるのだろうか?


 部屋自体は俺が一人で寝るにはちょうどいい広さだ。

 左端に置かれているランプに手を取り、火をつけると周囲が一気に明るくなる。ついでに部屋の中央にぶら下げられるように設置されているランタンにも火を灯してある程度の灯りを確保した。


 こういう時、気軽に魔方陣が使えないのは不便だと感じる。

 おまけにこの宿屋の安さに裏付けされた最低限の設備である事も。


 ただ自然に灯された炎は妙に不安げに揺れているように見えて……その不規則さと暖かさ故に安らぎを覚える。

 そんな奇妙な二律背反を抱きながらしばらくの間、その場でのんびりと過ごしていると扉の方にあらノック音が聞こえた。


「誰だ?」

「俺だ。アンダー・キーソンさ。覚えてるだろう?」


 不規則なノックに対して俺は問いかけ、扉の向こうにいるやつはあらかじめ決めておいた答えを口にしてきた。

 一体なんで『アンダー・キーソン』なのかはさておき、結構わかりやすい暗号だ。


 一瞬だけ『探索』の魔方陣を展開して、周囲に変な動きをしてるやつがいないか確かめる。

 扉を開けると、そこには黒いフードを被ったコートの男――ガルディンが腕を組んで立っていた。


「入ってくれ」


 こちらを監視している人物がいないのはわかっているが、いつまでもここで突っ立ってるわけにもいくまい。

 部屋の中に招き入れ……最後の一人であるジェズが来るのを待つことになったんだが、その頃の俺たちはまだ何も知らなかった。

 それを知ることが出来たのはそれからしばらくしてから。ジェズの代わりに現れた人物によってもたらされた。

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