第229幕 カフェでのひととき……?

 俺とヘンリーはカフェにある室外の席に着いて、互いに向かい合うように座っている。


「グレリアさんは紅茶でよろしいですか?」

「……ああ」


 正直なんでもいいというか、何を選んでもあまり変わらないだろう。

 俺が警戒するように固い表情で返事をすると、ヘンリーは困ったような笑顔を見せてきた。


「もう少し警戒心を解いていただけませんか? せっかくのお茶会なのですから」

「無理なことぐらいわかってるだろう。俺とお前は敵同士なのだから」


 むしろこうやってのんびりとお茶してることの方が何かの間違いだと思うくらいなのに、和やかに話し合いなんね出来るわけがないだろう。


 ヘンリーは苦笑いをしながら店員に注文していた。

 その後は紅茶が届くまで互いに一言も発することなく、少しの間なんとも言えない雰囲気に包まれる。


 やがて注文された紅茶二つが俺たちの目の前にそれぞれ置かれ、ヘンリーはそれに静かに口を付けていた。

 その所作はどことなく洗練されていて、普段から飲み慣れている様子だった。


「さて、いつまでも黙ったままでは意味がありませんね。

 グレリアさんはこの国の戦力を調べにきたのでしょう?」

「さてな。ここを攻撃しに来たかもしれないぞ?」


 わざと攻撃的な笑みを浮かべてヘンリーを揺さぶろうとしたのだけれど、肝心の本人はいたって冷静。

 涼しい顔でこちらを見ている。


「でしたら当にしているはずです。ヘルガさんとの戦い……あれほどの実力者ならば、詠唱魔法止まりの人の兵士がどれだけ集まっても無意味でしょう。

 グレリアさん一人が散発的な攻撃を繰り返すだけでこちらは疲弊してしまいます」


 それは流石に言い過ぎだとは思うけどな。

 俺だって人の子。魔力にも体力にも限界がある。

 疲れてしまえば能力を発揮することは出来ないし、腹だって減るさ。


 まぁ、心理的圧力が掛かるというなら理解出来るけどな。

 何度も広範囲に効果を及ぼす魔方陣を使われれば弱気になる奴だって出てくるってことだ。


「生憎、俺は戦わない者にまで危害を加えるつもりはない。そっちが向かって来ないのに、こっちが打って出る必要もないだろ?」

「だからこそですよ。大方貴方は目を引くための陽動。本命は別にいるのでしょう。

 ……安心してください。私はこの国の勇者ですが、貴方の邪魔をするつもりは全くありません。命大事に、です」


 バレない訳がなかったが、早い段階でヘンリーに知られてしまった。

 思わず口封じをした方がいいか? と思案していると、少し慌てたように何も言うつもりはないと返してきたという訳だ。


 こちらとしてはその方がありがたいのだが……勇者としては最悪だろうな。


「それはこの国の勇者としてどうなんだ? 話だけしか聞いてないが国民にも随分慕われているようだし、お前も結構精力的に活動していたじゃないか」

「随分色々と調べてるみたいではないですか。嫌われるよりは好かれる方が遥かに良い……そういうことですよ。確かに本格的な戦争になれば多かれ少なかれ被害は出るでしょう? 私は自分がなんでも出来るなどとという愚かな幻想を抱いていないだけです」


 片手で受け皿を持ち上げながら優雅にカップを口元に持っていくヘンリーは、実に冷静に……淡々と話していた。

 愚かな幻想とはっきりと切り捨てるところが彼らしい。

 その全てに賛成するつもりはないが、彼の言葉は少なからず正しい。感情や想いとは別のところで動いている……ある意味理性で自身をコントロール出来ている者の思考だろう。俺には到底不可能な話ではあるがな。


「意外ですね。貴方のような方ならば、私の言動や行動に批判をしてもおかしくないはずですが……」


 ヘンリーがそうであるように、俺の方も落ち着いて紅茶を飲んでいることがよほど意外だったのだろう。

 不思議なものを見るような目をこちらに向けていた。

 ……まあ、彼がそういう風に感じるのも無理からぬ話だろう。俺はエセルカを取り戻しに行くためにわざわざアリッカルに行き、城に潜入した上にソフィアと戦った。

 さらにそのままジパーニグに行ってヘルガとも一戦交えてるんだからな。良くも悪くも感情で動く男……そう理解されてるってわけだ。


「確かに俺にはお前みたいな考えは出来ない。だけどな、俺みたいな考え方しか出来ない奴だけじゃ世界は動かないって事も十分に知っている。弱さを武器にする者もいれば、賢しらな物言いをして狡い考え方をする奴だっている。そういうの全部含めて世界ってやつだろ?」

「清濁併せ持つからこそ……綺麗も汚いも全てまとめて一つのあり方だと、そういうのですか?」

「もちろん、俺だってその中の一つだ。感情的に動くこともある。

 だけどな……綺麗なもの、美しいものだけ集めたってそれは嘘くさいだけだ」


 世界はそんなに綺麗事ばかりで出来ているわけじゃあない。

 みんなに慕われる俺がいて、誰かと敵対している俺がいて……その手が血に塗れている俺がいる。


 それをわかっているからこそ、感情的になったとしても考えながら動くことが出来る。

 ……友や仲間や誰かを、守りたいと思うことが出来るんだと思う。

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