第208幕 皇帝との対話

 ロンギルス皇帝が入ってきた瞬間、今まであったどこか緩んだ空気が一気に冷えていくのがわかった。

 その表情は冷静というか……冷徹な感じすらする。


「久方ぶり……とでも言っておこうか」


 どうやら向こうは俺の事を覚えているようで、対面に座るような形で彼は俺を見据えていた。

 なんでシアロルの最高権力者と向かい合って座らなきゃならないのかと思ったが、そもそも彼はなんでわざわざここに来たのだろうか?


 ヘルガに連れてこられた時は、無理矢理にでも謁見の間に引きずり出されるのかと思った。

 実際はしばらくの間軟禁された挙げ句、無理やり着せ替えられ、どこかわからない一室に連れてこられたって訳だ。


 なんだかやけに高待遇を受けているような気がするけど……一体彼らの目的は何なんだろうか?


「そう緊張せずとも良い。

 ここでの生活はどうであった? 外に出すことは出来なかったが、それ以外に不自由なことはあったか?」


 俺たちの緊張など全く気にしてないような質問をしてくるけど、ほぼ無理やり連れてきてよく言うな。


「……ええ、おかげさまで」

「そうか」


 短く呟く皇帝の考えが全く読めない。

 非常に居心地悪く感じるけれど、それはスパルナの方も同じで……視線がどこか変なところをさまよっていた。

 皇帝はそれだけ呟くと、腕を組んだまま黙ってしまった。


 なんとも言えない空気が場を支配して……このままじゃまずいと考えた俺は、思い切って彼に質問してみることにした。


「なんで……俺たちをここに連れてきたんですか?」


 一応ここでタメ口を聞いて即刻処刑みたいなことになられてもごめんだ。


「くくっ、なに。

 君たちがあれを退けてきたみたいだからな。

 興味が湧いてきたというのが本音だ」


 にやりと笑う皇帝だけど、その仕草一つだけしてもさまになっている。

 カーターも似たような笑い方をしてたと思うけど、あれは完全に小物だ。


 彼にはなんというか……風格を感じると言えばいいのだろうか。


「あれ……というのは、ラグズエルのことか?」

「あれには我らも扱いに困っておったのだ。

 どうにもこちらの指示を聞かずに自身の考えで動く節があってな」


 口の端だけを少しあげる冷たい笑いを浮かべる皇帝は、自ら魔人の領域で活動していたラグズエルと自身に関わりがある事を告白しているように見えた。


 だけど、なんでそんな事を?

 俺も別になにか確証があってここに来たわけじゃない。


 あのいかにも怪しい文書にやたらと目についた単語が『シアロル』だっただけでわけで、唯一の手がかりだとも思えたからだ。


 それがこうも容易に解答を得られるなんて思っても見なくて……不気味になってきたほどだ。


「くっ、くくっ……不思議かな? わざわざ教えた、その理由がわからないと?」


 口だけが笑っていて、目も顔も全く笑っていない。

 ただその冷たい視線が俺の価値を見定めるかのように向けられている。


「え、ええ。貴方がたからすれば、ラグズエルを退けた俺は敵のはずです。

 それなのに、なぜそう親切に教えてくれたのかがわかりません」

「ふん、簡単に言えばあれの報告を受けた時に興味が湧いたのだよ。

 生きた氷の狼、雷の虎……そして水の龍。

 どれも既存の魔方陣ではあり得ないものだ」


 皇帝の目には初めて冷めたものではなく、興味深いものを見るような色が宿った。

 彼は愉しげにその目を細められている。


「それは……」

「貴様は見たのであろう? 白い世界にいる男の姿を」

「男……?」


 皇帝の言う白い世界には確かに行ったことがある。

 だけれど、そこにいたのは『少年』だったはずだ。


 俺が不思議そうにしていたことに少しおかしいもの見るかのように眉をひそめている。


「……会ったのではないのか?」

「俺は……」


『少年に会った』と言いそうになった口を慌てて閉じた。

 なにも馬鹿正直に言うことが全てなわけじゃない。

 皇帝が俺に色々と聞きたがっているように、俺だってこの男には教えて欲しいことがある。


 しばらく互いににらみ合いのように見つめ続けることになった。


「……先には言いたくない、か。

 良かろう。ならば貴様の望むことを教えてやろうではないか。

 もっとも、それでどんな罪を負うことになろうとも……それは貴様が招いたことではあるがな」


 ふふっと意味ありげに笑う皇帝の顔がやけに印象に残る。

 はっきりと言われた『罪』という言葉。


 それがいやに肩にのっかかってくるような気もするけど……それでも俺は知りたいと思った。

 知ることが罪だというのであれば、何も知らないというのもまた罪なはずだ。


「ふん、覚悟だけは一端というわけか……ついてこい」


 俺の目を見て鼻を鳴らすとロンギルス皇帝は立ち上がり、あごでしゃくるようにこっちに来いと指示を出してきた。

 スパルナは会話に付いてこれずに何も言わないまま不安な表情で俺と皇帝を交互に見るんだけれど、どうすればいいのかと困っている様子だった。


「わかりました」


 俺はスパルナになるべく優しい笑顔を浮かべて、皇帝に続く形で立ち上がった。

 知りたいことを教えてくれるというのなら、望むところだ。


 なんだって受け止めてやる。

 その覚悟くらい、持っているさ。

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