第206幕 人質になったスパルナ
「お、お兄ちゃん……」
ヘルガの後ろでぐるぐる巻きにされているスパルナは、どこか諦めたような表情を浮かべていた。
彼なりに精一杯やったようだが、やはりヘルガ相手では分が悪かったのだろう。
「安心しろスパルナ。すぐになんとかしてやるからな」
「……うん」
元気づけるようにスパルナに笑顔を向けると、彼も少しは安心したのだろう。
笑みを浮かべてこちらのやることを見守ることにしたようだ。
「私を倒すつもり? 随分と威勢が良いね」
悠長に俺とスパルナのやり取りを聞いていたヘルガは、あくまで無表情のままだ。
「こっちに人質がいるの、わかってる?」
「あんたは戦いにそういう事を持ち込まない性格だろう?」
ヘルガは他の勇者とは明らかに違う。
実力もだけれど、纏っている雰囲気も……。
絶対的な強者の立ち位置にいるからこそ、彼女は人質を取るような事はしない。
さっきのようにルーシーを助ける為に割り込むような不意打ちはすることはあっても、他のことはまず無いと言える。
最初の戦いでも、エセルカやくずはを釘付けにして連携を妨害したり、死角からの攻撃はしてきたけどそれくらいだからな。
「……そうね」
彼女は一度深いため息をついた後、その無表情を崩した。
そこにはあまりやる気が感じられず、気怠げな様子だ。
「でも、やりたくないことをやらないといけない時がある。
今がその時。で、どうする?」
ちらっとスパルナの方に目を向けるヘルガの表情は――本気の視線そのものだった。
相変わらず立ってこちらを見下ろしているだけだけど……ヘルガの攻撃はなにもない空間に魔方陣を展開して、銃を出現させるのが基本だ。
つまりあんなに隙だらけの状態でも俺を死角から射撃したり、スパルナの頭を撃ち抜くことくらいは造作もないというわけだ。
こういう風に言われては、俺の方もどうすることは出来ないだろう。
せっかくこうして再戦の機会に恵まれたのだけれど……ここでスパルナを危険に晒してまで戦いを求めるつもりはない。
俺がグラムレーヴァを鞘に収めると、ヘルガは鼻を一度鳴らして魔方陣を展開する。
自身の足元に展開されたそれを経由して目の前に現れてきたのだけれど……あの魔方陣の
ただ、前にもあれと似た文体を見たことがある。
確かスパルナと初めて出会ったところで見つけた本に載っていたはずだ。
こちらの世界のを含む、複数の言語を組み合わせて暗号化されたあの本にだ。
ということは、ヘルガは自分の世界の文字で
「一応拘束するけど――」
「あんたの能力はわかってる。
離れたところでもスパルナを攻撃出来るってこともな」
今の俺がヘルガと戦って、どれだけ渡るあえるかはわからない……が、スパルナに攻撃する時間くらいは十分にあるだろう。
それをわかっているからこそ、今はただおとなしくしているしかなかった。
スパルナのようにぐるぐる巻にされた俺は、魔方陣でこちら側にきたルーシー、スパルナの二人とともにヘルガに連れて行かれることになってしまった。
「……わたくしは――」
「別になにかすることはない。
安心しなさい」
どこか怯えているようなルーシーを一瞥しただけでさっさと俺たち二人を引っ張ってしまう。
やっぱり、自身の興味を惹かないやつには冷たいんだなぁ……と思っていると、スパルナがどこか申し訳無さそうな顔でちらちらと俺の方を見ていた。
「どうした?」
「えっと……ご、ごめんね。
ぼくのせいでお兄ちゃんまで……」
どうやら自分が理由で俺まで捕まったことを悔やんでいるようだけれど……別にそんなの気にする必要ないんだけどなぁ……。
ここで俺の両腕が自由だったら、適当に頭を撫でて慰めるくらいはしたんだけれど、足ぐらいしか動かせない今の状態じゃどうしようもないな。
「気にするな。俺たちはまだ生きてるし、それなら今の状況でもどうにか出来るさ。
死ななければ……やれることはいくらでもある」
そう、死んでさえいなければ俺たちはまた戦うことが出来る。
その場での敗北が必ずしも失敗じゃないんだ。
俺が笑みを浮かべながら優しく言ってあげると、スパルナも「うん……」と小さく頷いてくれた。
「……呑気なものね。
こういう時、あなたならもっと落ち込むと思ってたのに」
俺たちと一緒に後ろを歩いていたルーシーが呆れたような口調で不思議そうに言ってきた。
確かに一昔前の俺なら、まるでこの世の終わりかのように落ち込んでいたかもしれない。
いや、それ以前に助けようと躍起になって事態を悪くしていたかもしれないだろう。
そう考えたら少しは成長出来たのかもしれない。
「今は今、出来ることをやる。それだけさ」
それだけ言って軽く笑うと、ルーシーはあまり納得出来ないような表情をしていた。
だけどこれ以上何を言っても彼女が満足できるような回答は得られないと判断したのか、ヘルガに城へと連行されている間、ルーシーが再び口を開くことはなかった。
俺は改めて彼女との差を感じながら……どう侵入しようかと考えていた城へと導かれるのだった。
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