第十二節 人の国・裏の世界 セイル編

第200幕 酷寒の帝国

 二年の月日――俺とスパルナは魔物を倒すという激しい修行を積んで、今シアロル帝国の土地を歩いている。


「さ、さ……寒いぃぃ……」


 ……んだけど、どうにも緊張感に欠けるのはスパルナがもこもこなコートを身にまとって身体を震わせているからだろう。


「ね、ねぇお兄ちゃん。も、元の姿に戻っていい?」

「町についたらもう少し暖かいやつを買ってやるから、辛抱してくれ」


 スパルナは魔方陣で人の姿を取ることが出来るけど、彼は鳥の姿の方を本体だと認識しているようだ。

 あの姿は彼にとって非常に暖かいらしく、このシアロルにやってきてからはしきりにそう呟いていた。


 ……だけど、その気持ちもわかる。

 今までのどの地域とも違って、雪が降り積もって――てか吹雪いてるし、俺自身相当寒い。

 ま、俺の方はシアロルに入ってすぐに買った防寒着でなんとか凌げてるけどな。


 年中寒いらしいこの土地は、雪が降るだけで凍るような冷たさが襲うって聞いたことはあったけどし、首都近辺は国境に近いところよりもずっと寒いとは聞いていたけど……まさかここまでとは思いもしなかった。

 スパルナは丸まって俺を風避けの盾にしているようだけど、それに文句を言うのを可哀想だし……仕方がないな。


 しっかし……このシアロル帝国に来てから、真新しいものが多くて困る。

 道は他の国とは違ってかなり整備されていて、鎧馬には凍らないように工夫されているのだとか。

 通りすがりにみるそれらは、馬車の内部に冷気が入らないようにしている……と聞いているけど、それは多分魔方陣のおかげだろう。


 このシアロルは、イギランスやジパーニグなどの人の国にはまったくない特筆を持っている。

 それは魔方陣の事を嫌悪していないという点だ。


 まるでこの国だけが他とは隔絶されているようにも思えるくらいだ。

 正確には俺たちが戦闘で使うような――自身で組み立て、展開する魔方陣は他の国と同様に『邪神の法』だと言われているのだけど、物に刻まれている魔方陣は別物のように扱われている。


 シアロルでは本も発行されていて、それによると帝国の技術により浄化した魔方陣を用いているのだとか。

 彼らはそれを『浄化陣』と呼んでいて、日常に組み込んでいるほどだ。


 要は魔方陣に新しい名称をつけて、さぞ自分たちが『邪神』の力を清め、生まれ変わらせたかアピールしているってわけだ。

 随分と御大層なことだが、利便性も考えると悪くないと思う。


 なんだかんだ言って、明かりや火を魔方陣で出すのは便利が良いからな。

 シアロルの歴史は浄化陣と共に歩んだ歴史とも言われているほど……なのだが、戦闘などは相変わらず詠唱魔法を用いているというどこかちぐはぐな印象を与えてくれる。


「お、おにー、ちゃん……まだ?」

「もう少しの辛抱だから待てって」


 寒がっているスパルナをなだめながら俺は帝都への道を向かって――ようやくそこが見えてきた。


「ほら、もう見えてきたぞ。

 あそこがシアロルの帝都――クワドリスだ」


 城壁に囲まれたそこは、どこか物々しい要塞のようにも見える。

 帝都は相当広いが、それでもシアロルの国民が全て入りきれるほど大きいわけじゃない。

 だから他の国の首都とは違ってクワドリスを中心に町がちらほらと存在している、というわけだ。


 とは言え、ようやく遠くに見えるようになっただけで、到着するにはまだ時間がかかるだろう。


「スパルナ。

 近くに町があるから、今日はそこで一泊するぞ」

「う、ううううん」


 肯定してるのか否定してるのかわからないような声をあげながら寒そうにしているスパルナの様子にため息をついて、そっと彼の背中に『暖』の起動式マジックコードの魔方陣を展開する。


「さむ……は、ふぅぅぅ……」


 寒さで震えていたスパルナは魔方陣が発動してしばらくすると、楽園にでもいるかのような情けない声を出した。


「お兄ちゃん、魔力使って大丈夫なの?」

「これから戦うこともそうそうないだろうし、これくらいなら大丈夫だから安心しろ」

「ふぁーい」


 そのまま暖かそうにしているスパルナを見ると、今の俺の状態が一層寒く感じる。

 このシアロルの寒さも問題だが、今の俺は極力魔力の消費を抑えるように動いている。


 もちろん、二年前よりずっと魔方陣の扱いには慣れてきたものなんだが……それでもここは敵地で、どれくらい戦い続けることになるかわかったもんじゃない。


 スパルナ自身に使わせる手もあるけど、人になるにも鳥になるにも魔力を使うのだから下手に消費させるのも悪い、という訳だ。


「ここに、ぼくたちを地下に閉じ込めた人たちがいるんだよね……」


 得体の知れない、恐ろしいものを見るような目でスパルナはクワドリスの外観を眺めながら歩いている。


 彼も、だけど……俺もきっと似たようなことを考えてるだろう。


 くずはの記憶を弄って、さらに色々と暗躍しているラグズエルがこの土地にいる――。

 そう考えただけで思い出したくもない記憶を掘り返されるような痛みすら覚える。


「……怖くなったか?」


 だけど、そんな一時の恐怖を振り払って、スパルナに向かって微笑んでみせた。

 ここまで来て怖がってる場合じゃない。


 終わらせるって誓ったなら、俺も最後まで頑張らなくてはならない。


「……ううん。

 お兄ちゃんと一緒なら平気だよ。がんばろーね」


 スパルナが子ども特有の無邪気な笑みを浮かべて差し出した手を、しっかりと握って……シアロルの白の大地を歩き続ける。


 僅かに残された手がかりの、微かな残滓を追って。

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