第197幕 生命の起動式
気を失い、苦しむ子どもの前に立ち、俺はゆっくりと魔方陣を起動させる。
それはあの白い空間で手に入れたもう一つの
紡ぐのは『再』『生』『変』の三つ。
発動した瞬間……龍を召喚した時以上の魔力が体中から吸い取られていくのを感じる。
「く、あ……あぁぁ……!」
肉体が、魂が悲鳴を上げる。
骨が軋み、めまいがする。
痛くて苦しくて辛くて……それでも歯を食いしばってそれを堪える。
体中の血が、沸騰しそうで凍りそうな感覚で意識が遠くなったり目覚めたりを繰り返している。
魔力が溢れるように魔方陣に流れ込んでいるのに、肝心のそれは未だに完全な発動を見せない。
「頼む……俺の、魔方陣よ……!」
神経を集中させ、意識の全てを彼と、発動しつつある魔方陣に向ける。
長いような、短いような……そんな時間をどれくらい過ごしただろうか?
近くもあり遠くもある感覚に支配された俺は、完成した魔方陣がとうとう発動した。
初めは淡く輝くようにその子はどんどん強く光を纏っていくのを見届けて……そっと意識を手放した。
――
「――ちゃん、――て」
ずっと遠くから声が聞こえる。
それはどんな場所にあるのかわからないそんな場所の声を、どこかで聞いたことがある。
一体どこだっただろう? そんなに昔の事じゃなかったはずだ。
「――ちゃ……め」
そういえば、俺は結局あの
死にそうだったとはいえ、神様が見ていたらどう思っただろうか?
許されない? それとも、仕方ない?
わからないが、少なくとも人の世からしてみたら……俺は外道だと罵られても文句の言えない行為をしたという自覚だけはある。
あの子にしたことは、他ならぬ罪なのだろう。
「――いちゃん?」
心の奥底で覚醒した俺は、徐々に光の方に意識が浮上していくのを感じる。
それにつれてはっきりと聞こえてくるのはあの牢獄で聞いた男の声。
「お兄ちゃん!」
目を覚ました俺は勢いよく身体を起こして、頭を振り回すように周囲を確認する。
どれくらいの間気を失っていたのかは知らないが、いつの間にか牢獄から別の部屋に移動させられていたようだ。
ちょっと埃っぽいベッドに寝かせられていて、陽の光がちょうど差し込んでいた。
「ここは……?」
「上の部屋の一つだよ。お兄ちゃん、大丈夫?」
あのときの子どもの声が聞こえるけど、どこにもいない。
一瞬失敗したかとも思ったけど、それなら声が聞こえるはずがない。
どこにいるのかと探すように部屋を見回すと、くすくすと笑い声が聞こえてきた。
「ぼくはここ。ここにいるよ」
「……どこだ?」
「そーと、上だよ」
その声のする方――部屋の窓に目を向けると、木の上に鳥がいた。
姿形は小鳥みたいなんだけど、大きさは人の子どもくらいある。
全身が燃えるような赤色で、身体にはところどころ金色が混じっていて……神聖なようにも思える。
その鳥がさえずるように口を開くと、そこから声が聞こえる。
「お兄ちゃん、おはよう」
「お前……アシュロン、か?」
肯定するように頷く彼の姿に、俺は思わず絶句してしまった。
俺の使った魔方陣は、自分と対象の魔力を使って新しく身体を生まれ変わらせるもの……だと思う。
正直なところ、俺も良くわかっていないのだ。
自分に対して使った場合、身体をほとんど元通りに治す効果を発揮していたはずだ。
だからもしかすると……とも思っていたのだけれど、まさかまんま大きな鳥になるとは思っても見なかった。
「どうしたの?」
「いや……」
言葉を失い、自分のしでかしたことに何も言えずにいると……彼は不思議そうな声音で話しかけてきた。
生きていること自体は嬉しいのだが、こんな姿になってしまうなんて……。
もう少しやり方があったんじゃないか? と内心で自分を責め、更に自己嫌悪に陥ってしまう。
「……あ、もしかしてこれ?」
そんな俺の様子を見るように顔を左に右にと軽く回すように傾けていた彼は、何かに気付いたような声を上げた。
木から飛び立ってくるくると回ってから部屋に入ると、身体から強い光を放って、それが彼の前進を包み込む。
あまりの眩しさに思わず目を閉じて……次に開けた時には、そこにはあの牢獄にいた少年が裸で立っていた。
いや……前見たときとは少し違う。
あの時は青い髪に緑の目をしていたはずだ。それなのに今は赤い髪に金色の瞳をしている。
おまけに俺よりはまだ低いけど、身長も随分と伸びているようだ。
それ以上に目につくのは背中に生えている真っ赤な翼と、人間の足には程遠い鳥の足だった。
肝心の右腕には魔方陣が大半消え去っていて、手のひらの一つだけが残っていた。
それも俺に読める
恐らく、この魔方陣で鳥と人の姿を替えているのだろう。
「どう? お兄ちゃんのおかげでぼく、こんなに元気になったんだよ!」
辛気臭い顔をしていた俺を励ますようにくるくると踊るように回る少年はすごく嬉しそうな顔をしていた。
……あんな姿になっても彼は嫌な顔一つしていない。
それなら、俺もいつまでもこんな顔してる場合じゃないよな。
「……いや、そうか。
どっか悪いところはないか?」
「ううん。もうどこも痛くも苦しくもないよ!
ちょっと背中が気になるけどね」
照れるように笑う少年は背中に存在する翼が気になるようで、何度もそれを確かめていた。
それよりも重大な事が一つあるだろうと思うのだけれど……。
一つため息をついて、苦笑いで俺はそれを指摘してやることにした。
「それよりも服を着ろ。
いつまでも裸なのは問題だろう」
「そう? ぼくは開放感あって好きだけどなぁ」
若干嫌そうな顔をしているけど、流石に全裸じゃ俺も込み入った話をしづらい。
結局少年の方が折れる形となり、とりあえず彼が身につけられる服を探すのが先になった。
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